16 ぬめぬめ!
正規の、あるいは特別のサイズになった巨大の思考は単純化される。
蹴り飛ばしたイソギンチャク怪物は水流に揉まれ、追いかける自分は空中だ。
変身直前の記憶をたぐったてみた。
イソギンチャクは車を壊して、橋を壊して、仲間を危険にさらした。
なにより許せないのは、気になる人間を殺しかけたこと。
倒すには十分な理由。よって敵と認定した。
水にもがく敵を、足の裏できれいに踏みつける。
ぬめぬめ滑る身体から落ちないよう、踏み付け、踏み付け、踏みつける。
触手を握り、ちからまかせにむしり取って、後へと投げる。
くるりと身をよじって逃れようとする敵。
馬乗りになり両脚で挟んで抑え込む。
ふっ…ふぅお~…ぉ~ぉぉぉ…… ブクブク
息の抜けた音とおぼれる音。
このままおぼれさせてやる。
ふと、気が付くと腰まで水に浸かっていた。
河の水があふれた?
ちがう。
抑えていた敵がいない。
消えてしまったのだ。
自分も大きいが怪物も大きい。
5から6メートルの水深など取るに足りないくらいには。
なのに姿が見えない。下流にも上流にもいない。
イソギンチャクは濁る水の中へと消えた?
どうやって?
足元が悪い。水流にとられる。まずは岸にあがろう。
シミターが変身してられる時間も限られる。
河川敷にあがったそのとき、堅い草地がとつぜんくぼんだ。
穴だ。穴ができたのだ。
原因は? 考えるまでもない。
ぶっぶぅおぉお!!
イソギンチャクがとびでて、襲いかかってくる。
頭部の――ぽっかり空いた上部分――口から土砂をまき散らして。
腕でガードして頭を守る。ガラ空きのカラダが土にまみれる。
土砂は、濡れたカラダに満べりなく降りそそぐ。
払いとても、くっついて落ちない。
まずい。光の吸収がさえぎられる。
水で洗い流さないといけない。
イソギンチャクの頭部から触手が生えて。
さっきまで、散々ちぎり取ったのに、触手は数を回復。
にょきにょき。意志あるロープのように延びてきて、捕まってしまった。
河で泥を洗い流したいが、捕まえられて、身動きがとれない。
届いてるのは足だけ。パワーが、でなくなってきた。苦しい。
土を、落とさないと……。
「2度目はありますまい」
有識者と呼ばれてる高齢の学者は口をそろえていったものだ。これまで軽量隕石の発生日数と隕石生物の大きさから推測したもので、世界の誰にとって異論はなかった。見事に外れた。
放置車であふれる堤防道路。斜面の中ほど。薬莢式光線銃をかついだ卯川と恵桐は、顔の筋肉が緩んでいた。駆け付けたときと打って変わって楽勝気分。守護巨人が現れたので、排敵はきまったものと、なかば浮かれたところだ。
いまの札幌には、報道陣が集まってきてる。国内だけでなく世界中からあらゆる取材陣が殺到。彼らが、これを見逃すはすがない。
地上ではカメラを担ぎ、空からはヘリコプター。報道機関の大安売りだ。花火大会かYOSAKOIかと、豊平川は、大いににぎわってる。
守護巨人について、世論の意見は二つに割れた。
救世主という説。怪物の気まぐれという説。
救世主説を挙げているのは高い年齢層。昭和の巨大ヒーロー物で育った世代で、異星の生物に性善説を信じる夢見る人々だ。
ネットを活用する若い世代は反論する。敵を倒したのは気まぐれだと。
言い分はこうだ。
・なにかの思惑が結果として人間に都合よく働いただけ。
・益虫のナナホシテントウは人間のために働いてるわけではない。
SNSのアンケートによれば 7:3 が“気まぐれ”を支持。
ファンタジーの溢れた世代に育ったとは思えないほど冷めている。
攻撃ヘリの件でへそ曲げたかもしれない。卯川のそんな心配を裏切って、守護巨人は現れた。勝ちの決まったプロレス観戦。そんな気分で、闘いをみつめる。ビールがほしい。非番でないのが悔やまれる。
「あいつは仲間だ」
卯川はつぶやき、恵桐もうなづいた。現場で闘ったふたりの実感だ。数に薄められた世間の意見は、どうだっていい。アイツは、支給されたそんな兵器よりも頼りになる。
ライフルから弾倉を引き抜いた。残弾は4発。予備のない少ない攻撃力に涙がでる。
光弾は相当に高価な兵器と言い渡されてる。事実だろう。そもそも予算がしょぼく消耗品の類はなんでも足りない。反面、人の目に止まる制服や、車両、武器装備は最新だ。政府はアピールに金を惜しまない。法案の成功を誇示したくてしかたがないのだ。
耳に差し込んだ通信機が鳴った。相手はまた相崎。
「どしたあチーフ? 話したばかりだろうが。ストーカーにジョブチェンジか?」
いまさっき状況を報告したばかりだというのに。
だいたい、テレビが中継してるのだ。中間報告なんか時間の無駄だ。
『局長から連絡がな。連絡というかうーん』
「歯切れわるいな? なんて言ったんだ局長は。指令か」
『指令……になるのかなこれは。いいか?』
「早く言えよ」
『“あの白いのを退治。可能なら捕獲せよ”』
ライフルに弾倉を戻す手が、停まった。
「……なんつった? もう一回たのむ」
聞きちがいだだろう。ここは騒がしい。ドデカい2体が戦っているのだ。
ライフルを撃ったせいで耳鳴りもある。
『ガーディウスを退治。可能なら捕獲せよ、だ』
騒音でも耳でもなかった。なんのつもりだ。
「あほか! アンタの親友、頭オカシくなったのか」
『わかってるから怒鳴るな。アホもないだろう。仮にも俺はチーフでヤツは局長だ』
「悪かったな言い直すぜ。寝言は寝て言え!」
『寝言か……現場の判断に任せる、とは答えておいたが』
「んなら、わざわざ伝えんな。現場は忙しいんだ。切るぜ」
ガーディウスを討て捕まえろだ、と。なにを考えてやがる。局長は、世界中を視察るフットワークの軽さがあり、机上でなく現場目線で指示する男だ。相崎の既知らしい物分かり良さ。
政治家らしくない態度にも好感をもっていたが、視方をかえる必要があるか。
「がっつり寝むって、地方議員からやり直せっつーんだ」
ぶつくさ口の中で怒ってると、恵桐が、規律正しい早さで顔をむけた。
「チーフはなんて? 恵桐さん」
茶髪のコイツはどんな表情も絵になる。男からみてもかっこいい。
あの巨大が、イケメーンと騒がないのが不思議だ。
「現場は任せた、だとよ」
詳しいことは終わってからだ。今はこれでいい。
「わざわざ? チーフが?」
「わざわざ、だ。アホかって言ってやった」
「了解した。なら援護だな」
「援護? 巨大は河の反対へ逃げたし、者星は……みえないが安全な場所にいるだろ」
「あいつだ」
恵桐の視線の先は、怪物2体の非日常なたたかい。あんな圧倒的な存在に援護なんて、といいかけた。が、ガーディウス挙動はあきらかにおかしい。
「? ガーディウスを」
つかみどころがないイソギンチャクの触手に絡みとられて苦戦してる。誰が見ても劣勢だったが、それだけではない。苦しんでるように見える。顔色が悪いきがするのだ。人と違う生命体の顔色があるとは妙なことだが、なんとなく表情がわかる気がする。
「あいつも、無敵じゃねえんだな」
「だから援護だ。仲間は助けるものだ」




