13 2体目の悪
「オヤジ。毎日毎日山登り。ロープウェイじゃダメなのか。腹減った。のどカラカラ牛乳のみたい」
藻岩山の山道を登り切ったKATUは、目前の展望台をみあげながら空腹と渇きを訴えた。
駐車場を埋める車は少なくなく、その数だけ歩かない人がいるのがうらやましかった。お高そうな黒塗り車では運転手があくびをかみ殺していた。
「オヤジじゃねぇカツ。ハァ、ハァ、街が一望できて空気も健康的。ハァ、な、なにより落ちてくる軽量隕石が丸見えよ。ハァ、あの白デカもハァ見のがさねえぜ。あ、新しい自分を発見できて、ハァ、アニキに感謝してぇくらいだ。ハァ、ハァ」
月島が懸命に説明してくるが、一語ごと一息ごと苦しみすぎて、意味不明。うつろな目でヒザをガクガク震わす骨のういた体は、夜の墓場に出没しそうな風貌である。いっぽうのKATUは、いつものすきっ腹こそかかえているが、真夏というのに涼しげだ。
「みつけても間に合わない。あいつ10分でいなくなるから車でも無理」
「バカだなカツ。ハアハア。ここぁ山だぞ。斜面駆け下りればあっという間じゃねーか」
「なるほど。考えてるんだなオヤジ」
「オヤジ ハァ じゃねぇ ハァ」
KATUは、展望台屋上への階段を一団ずつ上がっていくオヤジの頭脳に感銘をうけた。二人とも忘れている。ここまで、山頂にたどり着くまで月島の足で1時間ちょっとかかってること。麓に着くまではバス・地下鉄・市電の乗り継ぎしてることを。
展望台に上った。
「ち、先客でいっぱいかよ」
「自分でも言ったろ。軽量隕石が丸見えって」
「デートスポットになってたとは。イチャコラしやがって。サチ子でも連れてくっかな」
広いとはいえない展望デッキは20組ほどの人で埋まっていた。月島は、定位置となったいつもの場所にめがけて、一番目立つカップルの横に身体をねじこんだ。30代くらいの二人は、ブランド名は知らないが高そうなスーツに身を包んでる。
「おう? あんたがたデートか。おじゃまするぜ。こっちは仕事なんでな」
観光用展望台から街を眺める仕事たあ、みょうちくりんだ。怒りだす、または、にらみつけて去ってく。そんな態度を予想してた月島だったが。
「かまいませんよ。お仕事ご苦労さまですね」
「お? おぉ。まあな」
思わなずな腰の低さに当て――イチャモンで金をせびる――が外れた。無表情をつくろったファミリーやカップルが数組、あからさまに帰っていったが、その男女は気にする素振りもない。
人が減って広々となった欄干に肘をのせ、タバコに火を点け、軽量隕石をぼんやりと待つ。落下は数分後か、数時間後になるか。時間と退屈の勝負だ。KATUは一歩下がった後ろにいた。聞くともなく、男女の会話が耳にはいる。
「平蔵ちゃん。頃合いだわ」
「我ながら神業だ。エリアから微妙にズラしての落下は。侵入フィールドの突入角度が正確でも大気摩擦次第では浅くも深くも簡単に変わる。海を越えて落とすほうが楽なくらいだ。ライトティアだからこそ可能な芸当だな」
「文句いわない。それもこれも復讐のためじゃない」
「……忘れちゃいないよ」
言葉の少ない女は、感情を映したように眼がぎらついてる。
対する男は、難しい言葉をしゃべりはしても、表の感情は薄かった。
「てめぇカツ! ぼーっとしてんじゃねー! 次のが怪物かもしれねーんだからな!」
月島じしんが、ぼけーっと待ってる。勝手な言い草だ。
「いつかわかんないのを集中して待つとか……ん? うそ? オヤジ……来たぞオヤジ! 見ろ!」
「んなすぐくるわけねぇ。てめぇこの俺を担ぐなんざ……きやがった!」
一面の空を覆う雲。一部が明るくなった。みてるまに雲は割かれて散り散りとなる。裂いた分かれ目から、ひときわ大きな物体が、光の線を曳いて落ちてきた。
軽量隕石は黒にほど近い青光につつまれていた。それはまるで生まれようとする生命の源を優しく守る幕のようだった。
ド・・・ン・・・
落下にともなって発生する衝撃波が、波紋のように広がる。視認できる波紋は、物体の巨大さに比べれば、遠雷にもおよばない静かなものであった。
展望台にいた人々が、歓声をあげた。
☆★☆☆
「午前中だというのに海鮮丼屋で食した巨大は、公園のベンチで、ハズレイケメンの悲観に暮れるのであった」
「者星センパイ。なに解説いれてくれてるんスか。しめますよ。アイたッ!」
巨大の頭に者星がチョップ。
「黙れ。空き時間に付き合ってというから、巡回エリアから外れた海鮮丼専門店? 10時半だぞまだ。次の軽量隕石が巨大異星人だったらどうする。膨らませて動きにくいお腹で、戦うつもりか」
者星が正論を吐くのに、巨大がぶーたれる。
「そんな宝くじより低確率な事件を引き合いにださないで欲しいっす」
「おまえなあ」
「まままんんがいち、出たとしても、あたし流のでたとこ勝負すよ。そんなどうでもいいことより、店員がイケメンじゃなくて落ち込んでるあたしに慰めの言葉とかないんスか」
「肝心の職務をどうでもいい扱いするな。でもまあ、次にがんばれ」
者星が、巨大のあたまをポンと撫でた。
「センパイ、まぁまぁ、いい人っスね」
「なんだ気持ち悪い」
「母親の言葉を思い出しただけっス」
「そうか」
母の言葉。気にはなるが、なぜか聞くのはためらわれた。
巨大の母は亡くなってる。父親もだ。者星はそう聞いてる。彼女の引き継いだ遺産は莫大なものだという。知らないところで、好奇の目をむけられたり、金の亡者が群がったりしてるのかもしれない。孤独になった娘にとって財産というのは、いかほどの価値があるのだろう。
二人の座るベンチの前を、スマホに熱中する女性が通り過ぎた。すこし後を、足のおぼつかない幼い子供が、追いかけていく。ほほえましい情景――子供はつまづいて転んだ。
あっと動いた者星。それよりもはやく巨大が助け起こした。
子供は顔から転んだ。軟らかいほっぺから血が流れ、擦りむいたヒジは皮がめくれて地が流れている。
2歳くらい男の子は泣きださない。ビックリして、目をまん丸にしている。ひりひりした痛みを想像して者星のほうが顔をしかめた。巨大が、男の子に手をかざした。
「だいじょぶ。だいじょぶ。おまじないしてあげる。いたいのいたいのとんでけー」
ほっぺの血が止まった。肘の血も止った。
めくれた傷は、みるみるうち、ふさがっていった。
顔とヒジはキレイな肌へと回復。
おまじないを唱えた数秒のうちに、子供の傷は消えてなくなった。
「巨大……それは」
信じられない。者星はよく見ようと巨大の手をとった。
その拍子、子供は、びっくりから立ち直って、泣き出してしまった。
スマホに夢中だった母親が、やっと背後の異変に気づいた。
「あなた、ウチの子になにしてるの!」
「ケガは大丈夫っスよ」
「怪我させたの? ひどいわね! こっちいらっしゃい、ママが守ってあげるわ」
母親は、巨大の胸から子供を奪い返すと、誰にも渡さないとばかりに、きつく抱きしめた。子供の鳴き声はさらに激しくなった。
「奥さん、巨大は」
「そのコス。フリートとかいったわね。こんな目に遭わせてただじゃすまさないから!」
そう叫ぶと、母親は走り去った。
残された巨大は、しょんぼりとうつむく。寂しそうに笑った。
「ははは、やっちゃいました」
「いや。悪いのは母親だ。お前は正しいことをしたんだ。それより」
者星が、不思議な手当に聞こうとしたその時。巨大と者星。ふたりの通信アラームが同時に鳴った。訓練どおり、ふたりは自分の名を返答する。
「巨大!」「者星!」
『こちら仮本部! 全隊員に告ぐ』
サブチーフの冷たい声が震えていた。
努めて冷静でいようとする気配が、かえって緊張を増す効果をあたえている。
『巨大異星人確認。位置は札幌市豊平区水車町1丁目。豊平川よ!』
「ええまた? あり得ないっすよ」
「ここから近い。行くぞ」
急いでピックアップトラックに飛び乗る。ボンネットのサイレンを鳴らすと、ドライブ席の者星はアクセルを踏みつけた。
7分後。到着した現場には、すでにフリートの仲間が駆けつけていた。
「おせーぞ!」
「ふたりとも見ろ新装兵器が配備されたぞ」
悪態をつく卯川玄作と、新しい武器に喜びを隠しきれない恵桐万丈が、出迎えた。
隕石生物の危険度は大きさに区別され、5メートルを超えると巨大異星人と呼ばれる。この辺は、いかにもお役所的だ。巨大異星人の最大サイズはまだ基準がきまってないが、より大きく凶悪な隕石生物は、いつの間にか定着したデスドリアンと呼ばれる。
豊平川に架かる――国道36号線の走る――橋はいま、デスドリアンによって破壊されようとしていた。
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