12 相崎と倭沢と
・喧喧囂囂
大勢の人がやかましくしゃべる様をいう。
・侃侃諤諤
歯に衣をきせない意見を述べ議論する状態のこと。
・喧喧諤諤
間違いやすい慣用句。上ふたつの意味が混ざりあった言葉。
喧喧諤諤の記者会見がどうにか収まったのは、ひとえに局長の手腕だ。魑魅魍魎の議会で磨いた腕が、存分に奮われたのだ。
4文字熟語区間ここまで。
巨大たち隊員らが軽量隕石の処理仕事に出払った、静かなコンテナ事務所。相崎善行は、射妻の淹れたお茶でくつろいでいでいた。
ソファの向いに座ってるのは倭沢平蔵。衆議院議員で対人外生物異物対処班局長である。
「このまえは助かった局長殿。あんたが来なかったら俺は世間的に葬られるとこだった」
「相崎。局長はよせ。お前から呼ばれるとバカにされた気になる」
「バカになどしてへんでー! 局長局長局長ぉー!!」
このふたり。生まれも育ちも同じ町。というか家がお隣さん。
昔の言葉で竹馬の友―― 幼少からのゲーム友達 ――という間柄だ。
「局長命令で左遷な」
「左遷? どこだって行ってやるよ。コンテナひとつで北に飛ばしやがって」
「隕石集中地帯あるとこフリートあり。歩ける地面があるだけマシだと思え」
「そうかよ平蔵。で? なんでお前まで北海道に来る。巨大の会見を察知したわけじゃないよな」
お茶請けのハトサプレを放り込んだ。雷おこしもあった。
買ってきたのは事務官。倭沢の背後に後霊のごとくつきしたがうフリージェンダーだ。
「東京か。なにもかもが懐かしい。
久しぶりの味だよ雁刃先七輝さん」
「そう? あと私のことはナナって呼ぶこと。いいわね」
ボンキュッボンでいかにも秘書全とした立ち振る舞い。どこか射妻に似ているが、中身が男か女かわからない。本人も明らかにしておらず履歴書も空欄。
書類にうるさい上級公務員によくぞ就けたという謎のジェンダーだが、気さくな性格雁刃先にはファンが多い。性別の話を持ちだして精神的袋叩きにあったのは一人や二人じゃない。彼だか彼女は、相崎に片目をつぶってみせた。
「東京生まれでもないあなたが言うこと? それにこっちにきてまだ2週間でしょう」
「クク。俺は大都会の水がよく似合う男」
サブチーフが空いたカップに水を注いだ。
「はいはい。札幌の水道水は美味しいわよ」
北海道でミネラルウォーターを買う市民は少数だという。
それどころか、札幌水道水はペットボトルでも販売されてる。まぁイケる。
「ここにきた理由だが。もちろん本題はフリートの今後のことだ」
「いきなりだな」
相崎は居住まいをただす。先だってのデスドリアン戦では失態をみせた。
テレビからリアルタイムで流れたのだ。映像は正義。その世間の風潮に、敵が想定外に強かったなんて言いわけは通じない。
議会制民主主義は人気商売。フリートは政府のきもいりだけに対応も早いだろう。
予算削減は免れない。相崎は覚悟をきめてる。
「フリートに補正予算が組まれることになった。額は昨年の2倍だ」
「そうか、2……分の1か。半分とはな」
「ちゃんと聞いてるか相崎。逆だぞ2倍だ2倍。半分じゃない」
目と口と、ついでに鼻の穴まで広げて、ハニワの顔になる。
「に、に、2ばいぃ? なんでだ」
「恩恵隕石や未確認生物が、国庫を潤してる点も大きいが、ダメ押しだ。自衛隊がヘリで攻撃したな」
「ああ。守護巨人の怒りを買ったヤツな」
「国民の怒りも買った。正義の味方を攻撃する自衛隊はけしからんと。1億超えの苦情投降で防衛省のサーバーがダウンするという前代未聞の醜態を招いた」
「一億? ネット住人は怖いな。ヘリは失策だと思ったが。どう予算アップとつながる」
「自衛隊の定期アップがカットされる。その余剰がフリートに回される」
ヒューっと、相崎が似合わない口笛を吹いた。二度とおこらないであろうデスドリアン対策に予算増加とは。政府の市民を恐怖症は度を越してる。選挙近かったかな。
「平蔵ちゃんも頑張ったのよ。ほめてあげて」
「言うなよ雁刃先」
「あっらぁ~」
ナナと呼ばれ嬉しそうに腰をくねらす雁刃先。女と思えばわざとらしいだけだが、
男なら……相崎は、なんとも落ち着かない気持ちになる。
どう接しようと友人の自由。とやかく意見する気はない。
性別を白黒つけたがる俺は古い人種なのだろうな、突撃イケメン少女を笑えない。
相崎は、雁刃先の服の下にあるものの想像を止め、友人の変化に思考を巡らした。たかが呼び方だが、平蔵は子供のころから堅物。らしくはないと思えた。崩れたのか。
「ついでに相崎。戦闘時の詳細が欲しいんだが。記録をくれるか」
いや、世界中の隕石集中地帯を忙しく外遊しては、検証しまくってるのだ。異文化にふれて丸くなったとしておこう。つまらない政治屋に収まるより100倍もいい。
「相崎!」
「ん? どうした?」
「話の途中で考えごとか。あいかわらずだな。ガーディウスとフリートの戦闘記録だよ」
相崎は考え事に夢中になると、まわりの声がきこえなくなる、らしい。
たまに言われるが、自覚はない。
「戦闘詳報な。あるぞUSBでいいか。サブチー?」
「できております。どうぞ」
射妻が寄越したのは、コンパクトなUSBメモリではなく、分厚い束だった。
「……これは?」
「チーフはご存知ありませんか。A4用紙というものです」
射妻は完璧といっていい処理能力をもってるが唯一の欠点がある。紙にやけにこだわるのだ。低予算に頭を痛めてるのに高価な用紙を箱買い。広くないコンテナの一角に紙の箱が占領してる。
「A4用紙は見ればわかる。メディアで寄越せと言ってる」
「これもメディアの種類ですが。問題でも?」
「いまどき植物紙はないだろう。局長は、精査した中身をレポートにまとめて、ほかの各セクションにも回すんだ。膨大な報告をいちいちペンで書けというのか、電子媒体をわたせ」
「戦闘詳報が完成したので不必要とおもい、消去しました」
「は? なんていった」
「戦闘詳報が無事完成にいたりましたので、一切の元データは消去しております」
こいつは……
「詳細に繰り返すんじゃない、紙フェチが!」
「旧時代的な頑固ですね。植物紙のよさがわからないとは!」
平素は、他人に無関心すぎる相崎も、さすがに頭に血がのぼった。
書道家の血筋に生まれた射妻エリカは、紙と文字ではあとにひかない。
「それでいいから相崎。見せてくれ」
手を出す倭沢局長に放り投げるように書類を渡す。「お前はいつも」「1からご説明申し上げたほうがよさそうですね」結論のない言い合いが始まった。
『対巨大異星人戦闘詳報』と題された冊子を、倭沢平蔵は、一枚一枚、丁寧にめくっていく。
「平蔵ちゃん。面白いこと書いてありそう?」
「よくできてる。全員の行動と位置が端的でわかりやすい。テンプレートとして……」
「どうしたの?」
「者星ハヤトが途中からいなくなってるな」
「どこ……デスドリアンに飛ばれたところからね。警官に助けられて復帰してる」
「それにしては、たいした怪我を負ってない」
「ふうん。怪しいわね」
数日後。
仮本部に警報が鳴り響いた。
「緊急報告! 巨大異星人が現れました! 12メートルクラス! デスドリアンです!」




