11 KATUの事情
月島とKATUは小洒落たオフィスで淹れたてコーヒーをすすっていた。
薄汚れた普段着の中年と上半身ハダカの少年。取り合わせは人の目のひいた。
コーヒーを運んだ女性が「被災されたのですか」と声をかける。違っていたがそれほど的外れでもない。
デスドリアンとガーディウスの暴れた街から戻った二人は、着替える間もなく呼びだされていた。
ここ。黒を基調としたオフィスは、“あんぶれら”という。
その道の企業が一覧できるサイトにも掲載される、歴とした反社会勢力だ。
序列は低い。数年前に誕生したばかりの若い組織なので、ランクは下から数えたほうが早い。もうひとつ、ドクロの数で危険度を示したランキングがある。成長の度合いを表したもので、“あんぶれら”はトップにあった。
ビジネススーツの男たちは、いかつさと色つきの短髪を除けば、どこにでもいるビジネスマンだ。女性の人気が高いのだとか。社名の可愛らしとのアンバランスが著しい。
絶え間ない来客。カフェのようなオフィスは人であふれ、名刺の交換、タブレットを挟んだ打ち合わせが盛んにおこなわれていた。
客のなかにはペット同伴の女性もいる。反社らしからぬ長閑なオフィスには、緩やかな笑いが絶えない。“あんぶれら”が普通の会社でないとKATUが知ったのは最近のことだ。
「牛乳のみたい」
き〇とやケーキを平らげたKATU。高価な豆の特性ブレンドといわれても、コーヒーは口に合わない苦い汁。一気飲みする月島の気が知れなかった。
「ぷはー。い、いいかカツ、笹川のアニキには逆らうんじゃねぇぞ」
月島は、緊張でカラカラに乾いたのどを潤しただけのようだ。
飲み物なら、なんでもよかったようだ。
“笹川のアニキ”はあんぶれらの代表者。月島のオヤジがもっとも恐れ尊敬する男だ。
アニキといっても、兄貴分と慕ってるだけだ。年齢も、月島より下であった。
状況は聞かされてないが、死にかけてたところを救われたことがあったらしい。そのときに魅せた漢っぷりに惚れ込み、兄弟の契りとやらをかわしたとかなんとか。時代がかったことだ。
痩せすぎの月島は、なんでもないことで窮地に陥る名人。
死にかけというのなら、しょっちゅう死にかけてる。三日前だって、シノギで死にかけた。
笹川から借金の取り立てを言いつかい、むかったのはいいが、相手はボクサー。
ボコボコにされて創成川に投げ込まれた。見つけてなければ、令和のドザエモンだった。
救われるたび契りを交していったら、人類みな兄キ。資格はKATUにもある。
笹川が特別なのは、札幌での存在が大きいからにほかならない。
「わかってるんだ。“おらは大樹のチコ5歳”だ」
「“寄らば大樹の影”って言いてぇのか。冗談もいかんぜ。絶対だ、絶対だからな!!」
絶対だ。ぜったい。
月島がなんども絶対を繰り返した。
KATUは、その意味を感じなければいけない。
「わかってる。わかってるオヤジ。なんどもいうな」
わかってる。だいじょうぶ。
テレビで勉強したから。
「俺はてめぇのオヤジじゃ……アニキが来た」
白スーツに黒シャツ。それに黒ネクタイなのに水玉のネッカチーフ。
ハダカのKATUが言うのも妙だが、なんの主張かは不明だ。
ファッションに包まれた、しもぶくれの小さなオッサン。
この人が月島のアニキ。笹川だ。
「アニキ! いつもごくろうさまです!」
「月島くん。大きな声をださなくても聞こえるよ」
見た目を裏切らないキンキン残る声が、月島をいさめる。
目尻が下がってる。今日は少し機嫌がいいらしい。
「すんません! ほれ、カツもあいさつ!」
“絶対だぞ絶対!”
オヤジの願いが脳内にリピートする。
ここか?
「アニキ、おつとめごくろうさまです」
おつとめごくろうさまー
おつとめごくろうさまー。
ごくろうさまー。
さまー
さまー
KATUの言葉がオフィスに反響。
こだまが返るたび、笹川の目尻が上がっていった。
目尻の上昇に、部屋にいる全員が即応した!
女性が、コーヒーマシンにつっこんだ。
黒スーツの男が、タブレットを叩き割った。
紺スーツの男が、受け取った名刺を破り捨てた。
貴婦人が、抱いていた子犬の股を裂いた。
ほか。残る半数の人が室外へと逃避した。
なんというか――修羅場だ。
「にぎやかだなあ」
月島が、両手をふるわせ、少年の襟首――裸なので首――を締めにきた。
ハエの羽ばたきすら捉えるKATUにとって、月島の動きは鈍かった。
避けるのはカンタンで、10本ある指の爪にハナクソをつけることだってできた。
カンタンだが、やらないのは、したがうことが育て親への孝行と思ってるから。
なによりハナクソが足りなかった。
ほつれた袖の糸くずをかぞえ終えたとき、ようやく、オヤジの手が首まで到達した。
「てて……ててて、ててめぇそれじゃムショ帰りだろうが!」
「ごめん。“お役目”がよかった?」
「こんガキやぁ!」
”お役目”も違うようならお手上げだ。KATUはほかにおもいつかない。
月島は、自分とKATUの額を、ローテーブルに押し付けた。
「すすすすうすううす、 すまないですアニキ。こここここ、ここはひとつ、こ、ここ小指の想い出で、かんべん願います」
「小指は始末に困ります。キミとの思い出もいりません。ぼくはコンクリで海に沈めるのが好きです……が今はやらない。とにかく座りたまえ」
コンクリで海に沈める。
漂う海流。光の届かない殿泥。
KATUは、どこか懐かしいものを感じた。
「ほら、君たちも仕事にもどって。お客様が怖がってる。なんにもしないから」
笹川は手をパンパンたたいて、社員を落ち着かせる。
なおも額をひっこめない月島だが、ようやく興奮を解いて席に戻った。
ようやく笹川が話ちはじめる。
「呼んだのはほかでもない。月島くんカツくん。きみたちが持ち込んだ黒いアレ。なかなかの上物でしたよ。取引さきがそれはもう喜んでくれました。ぼくも儲かって嬉しい」
「ほほ、ほんとぅすかアニキ! 踏み殺されそうになりながら、ぶんどってきやがったですぜ! そのかか、甲斐がありやがりましたぁーー」
唾をとばし嬉しそうにしっぽを振る月島は、子犬というよりエサねだる野良犬みたいだ。
笹川は飛沫のかかったスーツを脱いだ。背後に控えた秘書さんが新しいスーツと交換する。
「ここ、こいつは失礼をばばばば」
「それで月島くん。命を省みないキミの蛮勇を見込んでお願いがあるのですが」
「アニキの頼みとあれば、なんでもなんなりと」
「うれしいです。そう言ってくれるのは君だけです」
起伏のない声。眉毛の高さも水平。
喜んでも怒ってもいない。
「そぉおなんですかぁ。うはははっはーーほんで、お願いっつーのは」
「守護巨人がほしいですのです」
ドクン。
どこにあるかKATUにもわからない心臓。
その鼓動が跳ねる。
「ガーディウスってぇと白いアレ。二度もあんなことあるんですかね。そろそろ隕石集中地帯も終わりっていうし」
「死んでいないのですから、どこかにいるのです。日本の、いや北海道のどこかには。捜しだして身体の一部でもいいから持ってきください」
北海道。どれほど広いか知ってるだろうか。
「アニキ。北海道はでっかいどうって……」
「昔あった観光コピーですね。大自然をかんじられて大好きでした。それがなにか?」
「……あ、いえ」
巨大な生物が隠れるのは山。登山家も寄せつけない奥地をくまなく探せというらしい。
正体も居所も知ってるKATUでさえげんなり。月島の目は、となりの少年以上に光を失った。
「困難なのは承知してます……だからこそ成功すれば」
「成功すれば?」
「溜まっている借金を棒引きしましょう」
月島に生の息吹が舞い戻った。
製造100日目のアンパンのように、顔がほころんだ。
「ぼ、棒引き、チャラってことですかい?」
「そうです。1215万円あるキミの負債をゼロにします」
「さすがアニキ助かるって……せん……!?」
両の指をおって、がんばって数える。
「せんにひゃくまんんん?? 借りたんは50万で、けっこう返したんじゃ」
「利息が膨らんだということです。説明は時間の浪費なので詳細は省いてましたが」
「むむ、無茶すぎじゃないですか!」
月島が、たちあがる。ローテーブルをひっくり返す勢いだ。
利息がわからないが、1本飲んだら100本返す牛乳パックをKATUは想像した。
「無茶な利息? 僕が金利をごまかしてるとでも?」
「そんなこたぁ……いいや。アニキがそんなことするはずねぇ。スマンでした信じます」
納得はしてないようだけどオヤジはソファに腰をおろす。そういうものなんだろ。
月島が考えてわからないことは、KATUにはもっとわからない。
「良い心がけです。ガーディウスを手に入れてください。お金の苦悩がなくなりますよ」
笹川は、内ポケットから出したスティックキャンディを美味そうに舐めた。
月島は席を立って一礼する。
話は終わったのだ。やっとアパートに帰って、服が着られる。
「ところでカツ君、学校はどうしたのかな」
「がっこう……」
聞いたことがある。オレくらいのが通うらしい。
「あいや、アニキあんなとこ、こいつがいけるところじゃ」
「月島君は保護者じゃないのかな。親ではないといっても教育はうけさせないとね。僕は、バカがきらいです」
「は、は、かんがえときます」
「小学校も行かせてないようですから面倒な手続きが必要でしょう。僕も児童相談の方面は不得意なのでうちの顧問弁護士に相談するといい。仲介料と相談料はいただきますが」
「は、は、金ですか」
月島はよれよれの服をしばらくいじると、ため息をついた。
「考えときます」
オフィスをでる。ウィンドウの外で小突かれた。
「てめぇのせいで怒られちまったじゃねぇか」




