子犬王子は猫に嫉妬する
これはマズい。非常にマズいと思った。
「ニャーン」
「えへへ、可愛いね」
あっ、またも甘えているっ。
撫でられるのは私の特権だったのに!!!
ヨシヨシって言われて撫でられるとか、至福の時間だぞ。なのに、なのに……。
「うぐぐぐぐ……」
「犬王子、抑えて下さいよ。相手、動物ですからね?」
「分かってる。分かってるとも……」
私の婚約者であるカトリナ。
彼女の専属執事の1人であるアリータは、私の事を「どうどう」と抑えつつも呆れた様に言っている。
だって悔しいじゃないか。
あぁ、今もカトリナにじゃれてるし。ゴロゴロしないでっ。私だけの場所なのに!!!
「そう言いながら、既にペンを叩き折ってるのは誰ですか」
「私だけど、何か?」
「開き直らないで下さいよっ!?」
言った反動で、またもペンを破壊。
く、弱いのがいけないんだ。別に私は悪く――。
「バカ犬は『待て』が出来ないようだな」
「ひょっ!?」
「だから言ったのに……」
俺は助けません、と言い切るアリータ。
ちょっとラング。そんなに力を込めて私の頭を掴むのかな。痛い、痛いんだけど!!!
うぅ、だってずるいじゃんか。
今まで私の事を構ってくれていたカトリナが、猫1匹によりメロメロにされてるなんて。
犬よりも猫なのか!? 毛並みは私の方が良いじゃないか。
「完全に人間を、捨てに来る王子ってどうなの……」
「まぁ、自分から子犬になる位だし。どうなのって、それがルーカスだし……」
「その理由も、婚約者に甘えたいが為ですからね。教えたのは、お前のミスだよ。バカディル」
「うぐっ……。私もカトリナ様にナデナデされたいなぁ」
「ディル様、心弱すぎるっ!?」
アリータの言葉に、それぞれ答える幼馴染のディルとリンド。
ちょっと、君等は普通に会話してないで助けて欲しいんだけど。
望みはかなり薄いけど、多分無理だろうけど……。助けを求めるように、カトリナのもう1人の専属執事であるファールを見る。
「俺が助ける理由はないです。ラング様に怒られて下さい」
(だよねっ!? そんな気はしてたんだけどもっ)
くっ、こうなったのも全部あの子猫の所為だ。
そんな思いも込めて、私はカトリナにじゃれ付く子猫を睨む。その視線に気付いたのか子猫はサッと隠れる。
だから、カトリナを使って隠れないで!!!
カトリナは私のなのにーーー!!!
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「実は少しの間だけ、この子を預かる事になりまして……」
そう言って、カトリナは子猫を抱き上げた状態で説明をした。
なんでも足を怪我して、屋敷の前に倒れていたらしい。気付いたのはファールだ。
いつものように見回りしていた時に発見し、その日の内に獣医に診てもらった。怪我が治るのはそんなに長くないから、完治するまでは保護するんだって。
私は反対する理由もないから、こうして王城に居ても構わない。
だってその一部始終、私も見ていたんだから。
「何で毎回懲りないんですか、本当に……」
「ワンワン!!」
「犬王子が、子犬になってまで会いに来るってどうなんだろうなぁ。ってか、頻繁に呼ばれてるのにまだ足りないのか……」
「ワンッ!!!」
「足りないって意味で吠えないで下さい。お嬢様にバレます」
冷たい視線を向けて来るファールに、アリータは呆れた様に言うけども無視。
その後、丁寧に包装されてお世話係と近衛騎士団に預けられてるからバレてるんだけどね。必ずラングには叱られるし、お母様にも説教されるけど。
この間は、リンドに八つ当たりのように蹴られたけど。こっちは忙しいんだよって文句言いながらだったから、凄い怒ってたな。
頻繁に呼んでも、仕事を頑張ってもカトリナに会いたいんだから仕方ない。
王子としても会うけど、子犬としても会うよ。だけど、毎日毎朝に行っても確実にファールに阻止されるから悔しい。
レゼント家、恐るべしっ!!!
「ミャ?」
そんなある日、奇跡が起きた。
朝ではなく、夕方近くになってからカトリナの屋敷に行く。今頃、ラングが探しまくっているがどうでもいい。
仕事は終わらせたし、念の為に翌日の分もやっている。時間が空くから、当然のように婚約者に会いに行く。(子犬として)
いつもなら穴を掘っておいてから屋敷に入るけど、アリータとファールが速攻で埋めに来るから新たに掘らないといけない。おかしい、ちゃんと見えないように隠したのに……。
ヨタヨタとした足取りで、カトリナが面倒を見ている子猫が私と会う。
屋敷の外に出て、怪我が増えるとマズいからとすぐに駆け寄り中へと誘導。同時に、私も堂々と屋敷の中に入る。
「あっ、良かった!! ファール、アリータ。居たよー」
「それはよかっ……た。ですね、お嬢様」
「うわ、マジか」
抜け出してきたのか、もしくは屋敷の中を散歩していたのかは分からない。でも、探していたであろうカトリナと会う。
私に気付いたファールはすぐに睨み、アリータはボソッと本音を言う。
……君等、私が王子だって分かってる? その本音を段々と隠さないでいるのが、幼馴染と被るんだよ。
まぁ、良いけど。
どんなに冷たくあしらおうが、きつい態度だろうとも私は仲良くしたい。カトリナの家族なんだからと言えば「変態王子だし」と、ストレートな事を言った。
カトリナに「犬にして下さいっ!!」っていたのがいけないのかな。
でもなー。本音で言ったのに、リンドには「王子のプライドどこいった」と睨まれた。ディルには爆笑されて、それでも私の想いに応えようとするカトリナが可愛すぎる。
「はあぁ~……」
重たい溜め息を吐くのはカトリナの父親のカラム・アルブ・レゼント。
ジト目で「何故、ここに居るんですか」と訴えかけているが、今の私はただの子犬。そう、迷い子犬なんだ!!!
「ワン、ワワン!!!」
「……本気、なんですね」
「ワン♪」
「はあ……」
「お父様? あの、具合が悪いんですか?」
困ったように声を掛けるカトリナ。
発見した子猫と子犬の私を抱き上げて聞いている。微妙な反応の父親に心配で声を掛けるが、カラムは私が王子だとは言えまい。
ふふふっ。堂々とカトリナに甘えられる最高の作戦だ。
「あー、具合は悪くない。悪くないんだが……」
チラッと私を見て頭を抱えだした。
多分、昔の事を思い出してるのだろう。
前に父である国王から聞いたら、私と同じく城を抜け出し婚約者の屋敷を調べあげこっそり見ていたとか。あと、私のこの行動を「分かる。物凄く分かる……」と同意してくれた。
子犬になって会いに行っていると言えば、その手があったか!!! と随分と感心された。すぐに宰相に「やるなそんなもの!!!」って叱られた。くっ、ラングの父親も容赦ない。でも、バレても実行してやる。
カトリナに会いたい私の熱意を甘く見ないで貰おう。
「じゃあ、この子と一緒に寝ても良いよね」
「ダメです」
「ワフッ!?」
ひょいと持ち上げられ、ブラブラと手足が空中に投げ出される。
え、と不思議そうに首を傾げるカトリナと違いファールが即座に反対した。アリータも無言で頷き小さく「ダメダメ。絶対ダメだし」と反対中。
「でも、外に居たから寒いと思うの。この子と一緒なら温かいでしょ?」
「ダメです」
「ミャ~」
「ほら、この子も平気そうだし。なんだか、ルーカス様に似ているからルーちゃんで呼びます」
「何と言われようとも、反対なものは反対です。全力で阻止します。あと、その名前は止めて下さい」
「え。そ、そんなに……?」
意見を求めるように、カトリナはアリータにも視線を送る。
それに気付いたアリータも「ファールに賛成」と言った。……モフってもらうのもダメか。毛並みには結構、自信あるのになぁ~
その後、カトリナは不思議そうにしていたけど2人からそう言われた上に、カラムにも猛反対をされた。アリータに体を洗って貰い、夕食は別室で見張られながら食べる事に。
子犬の状態で体を洗って貰うの良いなぁ。アリータは動物の世話に慣れてるのかって位に、気持ちがいい。
「ラング様と近衛騎士団の方々には連絡を入れました。ルーカス様のお世話係の方とも連絡済みなので、明日の早朝には帰って下さい」
「えっ……」
「まだ居たいなんて言いませんよね?」
絶対零度の視線を浴びせに来るファール。
出入口はアリータが立っており「当たり前でしょ」と言われる。うぅ、せめて夕食はカトリナと一緒に居たかった。
あ、夕食はちゃんと人間用だ。王城にも負けない位に美味しいから、ついつい進んじゃう。
「じゃあ最後にカトリナにモフられて来る」
「ダメに決まってます」
「えー」
「さも当然のように言うのはダメですってば。犬王子」
「えー。私、カトリナの婚約者だし。それ位の権利はあると思う」
「子犬になってまで言うセリフがそれかい……」
「明日、ラング様達に渡す紅茶とお菓子を用意してくる。見張りは頼むぞアリータ」
疲れた様子で出て行くファールに、アリータは頑張れって労いの言葉をかける。
ふくれっ面の私はその後、子犬の姿でアリータに遊んで貰った。走り回ったり撫でて貰ったりしてよく分かった。
アリータ。君はやっぱり動物の扱いに慣れてるね?
「それじゃあ、無事に子猫の怪我は完治したんだね」
「はい。あの……何でルーカス様は正座をされてるんですか?」
「バカ犬が反省しないからだよ」
「今日はどんなに怒られても、全然へこたれないけどね!!!」
「今までの事、バラして良い訳ね?」
「っ!?」
カトリナに会えたのが嬉しいのに、一気にテンションが下がる。
無事に子猫の怪我は完治して、里親も探してとそう言った経緯も知ってるのに何だこの仕打ち。シュンとする私にカトリナは、慰めるように頭を撫でてくれる。
「理由は分からないけど、ちゃんと反省しないとダメですよ。ルーちゃん」
「えっ」
空気が凍り付く。
カトリナはハッとし、ラング達には昨日の事が既に報告されてるから周知されてる。もしや、バレた……?
「ご、ごめんなさいっ。何で子犬の名前をルーカス様になんて……」
あっぶな。バレてはない……。
ホッとする中でも、ラング達はバレろと思ってるのだろう。ドキドキしたけど、これからも子犬ライフは継続していくぞ。
無事に里親の元に育てられているあの子猫と、毎朝の散歩で会うとはこの時は知らなかった。まっ、子猫も可愛いから良いか!!!