第七話 デートの後に
正座であった。
シルリアとのデートの翌日、護衛の男はスカイローズ公爵家の本邸の中庭でそれはもう綺麗な正座をせざるを得なかった。
「ねえ、私がどうして怒っているか、わかる?」
「なんだか面倒くせえ彼女みてえな台詞だな」
「は? ぶち殺すわよ???」
「じょーだんだって。だから箒を下ろせよ、な?」
胸元の花のようなリボンを揺らしながら、路上でもがく羽虫でも見下ろすように冷めた目で箒を振り上げるメイドさん。
この辺りはメイドであってもラグジュメリア子爵家の令嬢であるからか、平民に対する遠慮は皆無である。
ミランダ=ラグジュメリアは切り替えるように舌打ちを一つ。
「アンタ、お嬢様を抱いて王都中を駆け回ったんだって?」
「あん? 何でおめえが知ってんだ???」
「やっぱりっ。アンタのやらかし、王都中の噂になっているんだからねっ!」
「あー……あれだけ駆け回れば無理もねえか」
「軽く言ってるんじゃないわよっ。幸い大勢の人間は抱きかかえられていたのがスカイローズ公爵家のご令嬢ということまでは気づいていないけど、それにしたって後先考えずに突っ走りすぎよっ」
「まあいいじゃねえか。お嬢様も楽しそうだったし」
「むっ。た、確かに帰ってきた時のお嬢様は笑いを堪えきれていなかったくらいにはお楽しみだったようだけど、それはそれ、これはこれよっ! 少しは公爵令嬢の護衛としての自覚を持ちなさいよね!!」
「へいへい」
「へいへい、じゃないわよ、ばかっ!」
ひとしきり叫んで、箒を振り回したメイドは額の汗を拭って一息つく。まだまだ言い足りなさそうではあったが、言っても無駄なこともまたわかっているのだろう。
言って素直に聞くような奴であれば革命軍やら第二王子やらを己の目的のために使い潰すこともなければ、『伝説の武器』を複数所有している第一王子勢力に喧嘩を売るような真似はしない。
誰かに何を指摘されようとも己の生き様を変えない頑固者には何を言っても無駄なのだ。
「そういえばアンタ腰の刀はどこやったのよ?」
ふと疑問に思っただけなのだろう。
そう問いかけてきたメイドに向けて、護衛の男は何ともなしにこう答えた。
「どこも何も、持ち主に返したんだよ」
と、その時だった。
「護衛さんっ!!」
「ぶあっふっ!? いきなりどうした、お嬢様!?」
がばっ!! とシルリア=スカイローズ公爵令嬢が背後から飛びかかってきたのだ。
ぎゅうっと首に回した両腕に力を込めて、五年前とは比べ物にならないほどに自己主張の激しくなった双丘を押しつけてくるシルリア。
その目は剣呑な色を乗せて、メイドを見据えていた。
無言のままに、わたくしのものだと言わんばかりに。
「まったく、胸焼けがするくらい甘々なんだから。アンタ、きちんと責任取りなさいよねっ」
「責任って、別に手ぇ出してはいねえぞ」
「ほとんど出しているようなものよ、ばかばかっ!!」
ふんっ、と護衛の男に対してはそっぽを向き、お嬢様に対しては公爵家に仕えるメイドらしく恭しく礼をして、ミランダ=ラグジュメリアは去っていった。
「油断も隙もありませんわね」
「何の話だ?」
「護衛さんはひどい人だというお話です」
さらりと罵倒された護衛の男は参ったなとでも口にするつもりだったのだろう。だが、続く言葉はシルリアによって遮られた。
「デートの後、何かありましたか?」
「……、なんでまた?」
表情や声音は自然だったはずだ。
少なくともそこそこ長い付き合いのミランダ=ラグジュメリアであっても特に気づいた様子はなかった。
それなのに、一発で看破されたというのか。
公爵令嬢として権謀術数蠢く社交界を生き抜くにはこれくらいの洞察力はひつようなのか、それとも護衛の男が自分で思っているよりもわかりやすいのか、あるいは護衛の男だったからこそ、だとか?
「わたくしは護衛さんが大好きです」
「っ」
脈絡もなくぶっ込んでこられて僅かに息を呑む護衛の男。だがシルリアにとっては脈絡もない言葉でもなかったのか、次にこんなことを言ってきた。
「だからこそ、護衛さんとは対等でいたいです。それこそ貴方が抱えているものを共に背負わせても大丈夫だと思ってもらえるくらいには」
それは。
しかし。
「何言ってんだか。俺はお嬢様の護衛だぜ。お嬢様の重荷を背負うことはあっても、お嬢様に重荷を背負わせるような真似ができるかっての。そんなの護衛失格じゃねえか」
「護衛さん……」
その表情は、あるいは権謀術数蠢く社交界を生き抜いてきた技術であっても抑えられなかった、ほんの一瞬の本音の吐露だったのか。
軋むように、哀しげな表情を浮かべさせてしまったのは果たして護衛として失格じゃないのか。
「それでは、護衛さんがそんなこと気にしなくなるようわたくしも頑張らないといけませんわねっ」
「……、ふん」
ここで特に何も言えなかったことが致命的だったのだと、この時の護衛の男が気付けるわけもなかった。
ーーー☆ーーー
デートは終わり、日も暮れて王都は夜の闇に包まれていた。
くたびれた黒のコートの端を掴んで一緒に寝ようなどと駄々をこねるシルリアをどうにか納得させて部屋に送り帰した護衛の男はスカイローズ公爵家の本邸から遠く離れた路地裏を歩いていた。
と、そんな護衛の男へと背後から声が投げかけられる。
『護衛が主人のそばを離れてもよろしいので?』
『この程度なら感知できるし、対応も可能だ。問題ねえよ』
振り返り、声をかけてきた少年を見据える。
デートの途中で割って入ってきた金髪碧眼の少年、つまりは『本物の』第二王子である。
今もまた二人の男を侍らせているが、そちらは特に言葉を挟む気はなさそうだ。一時期は最高峰ランクの冒険者であった護衛の男が警戒するに値する実力者、それも一人は確実に癖が強かったというのにこうも飼い慣らしているということは第二王子は単に権力を握っているだけの人間ではないのだろう。
『で、話ってのは何だ? デートも終わったし聞いてやってもいいぞ』
『あるいは利用するのではなく、撃滅しておくのもアリかもしれません』
ごく自然に、だ。
その言葉はそこらのゴロツキが簡単に口にする殺すや死ねとは違って現実味があるものだった。第二王子には変に飾ることなく思ったことをそのまま現実とするだけの『力』があるからこそ、放たれる言葉にも重く響くのだ。
ゴギリ、と。
そこで臆するのでもなく、下手に出るのでもなく、拳を握りしめて獰猛に笑うのが護衛の男なのだが。
『なんだなんだ、昼間に雑に一蹴したのがそんなに癇に障ったか? それとも未来改編の書のために処刑されそうになっていたお嬢様を救うために利用されたのが今更になってムカっ腹が立ったか? いいぜ、やるってんなら相手になってやる。昼間と違って周囲を気にする必要はねえんだしな』
『…………、』
ジリッと見えない火花が散ったようであった。
何かのきっかけで起爆すれば最後、本当にどちらかが撃滅されるまでぶつかり合うことだろう。
そして。
そして。
そして。
そっと両手をあげる第二王子。
降参するようなその仕草で路地裏を覆っていた見えない何かは霧散していった。
『ほんの些細な冗談だったんだけどね。そうも本気にされては困るというものです』
『よく言うぜ』
冗談と言う割には第二王子も護衛の二人も体内で魔力を練り、すぐにでも魔法を発動できる状態であった。ほんの僅かな気まぐれ、天秤が逆に傾いていれば今頃は血で血を洗う激突が待っていたはずだ。
『まあ何でもいいさ。それじゃあ冗談も終わったみたいだし、そろそろ本題にいこうか。さっさと話とやらをしてくれよ』
『革命軍は『伝説殺し』を獲得したと喜んでいるが、それは僕が仕組んだ幻想なんだよね』
そこまで言った第二王子は口の端をつり上げて笑みを浮かべた。どう見ても好意的には見えない、およそ国民が崇め奉る王族の一角には相応しくない笑みを。
『本当はこれ以上の話をとも思っていたけど、どうにも僕の予想以上に革命軍の動きは早かったようだね。てっきり後二、三日は様子を見るだろうと思っていたのに、まさか僕が第一の兄を撃滅し終わってこうして貴方に接触すると同じタイミングで向こうもまた接触のために乗り込んでくるとは』
『…………、』
『というわけで、とりあえず話はこれで終わり。今後の貴方の対応を見て総合的に評価させてもらうとしよう。……その結果として、冗談が本当になる場合もあるということは貴方なら言わずとも分かっているだろう?』
そう言って第二王子は護衛の二人を伴って立ち去った。残された護衛の男はというと、腰の刀を手で撫でながらこう吐き捨てた。
『随分とくだらねえことを考えるんだな、クソッタレ』
ギジリッ!! と撫でていた手がいつのまにか握り潰さんばかりに変化していたが、護衛の男は気づいてすらいなかった。




