第六話 デートだからこそ
護衛の男は悩んでいた。
路地裏の中でも比較的『浅い』ゲテモノ専門店でお茶を濁したとはいえまだ太陽は燦然と輝いているのだ。お出かけを終えるには早く、さりとて護衛の男の行きつけはシルリアを連れていくいくには少々アウトローに染まっている。
これは多少の負傷は覚悟の上で切り込む必要があるだろう。
「次の行き先だが、シルの行きたいところにいくか」
「ごーさん? わたくしはごーさんが普段足を運ぶところにこそ価値を見出しているのですけど」
そう言われるのはわかっていた。
ゆえに護衛の男は視線をシルリアから外しながらも、こう告げたのだ。
「デートってのは一方の好みに合わせるもんでもねえだろ」
「……ッッッ!?」
さて、シルリアには気づかれているだろうか。
顔も見れないくらい護衛の男の心臓の音がうるさく高鳴っていることに。
「だからだな、ここはシルの行きたいところにも行くべきなんだよ」
ゲテモノ専門店を出たばかりで良かった。
薄暗い路地裏ならば、今の護衛の男の顔色も隠せるというものだ。
「護衛さんっ!!」
「なっ!?」
そこで、勢いよくシルリアが飛び込んできた。
雨のように降り注ぐ魔法だろうとも造作もなく避けることができる護衛の男だが、どうにもシルリアが相手だと反応が鈍くなってしまう。
胸板に顔を埋めるような形のシルリアが一言。
「嬉しい、です」
「……そうか」
今更シルリアを納得させるためだとは言えない雰囲気だった。それなら、そもそもの話、大通りで適当な店でも選んで行きつけだなんだ言ってしまえば護衛の男が好むアウトローな場所に連れ込む必要もないのだろうが、どうしてもシルリアに嘘をつく真似はしたくなかった。
……嘘をつく真似はしたくなかったという点を深掘りしてもロクなことにはならないと首を横に振る護衛の男。
と、その時だった。
「へいへい、あんちゃんっ。きゃわうぃー女の子連れてんねえ」
不躾な視線と共にその声は届いた。
正面からやってくるのは三人組の男たちだった。
柄の悪さが人相に出ているようなロン毛の男が声をかけてきた人物であり、もう一人は古傷だらけの大男である。
そして、そんな二人に守られるように少し後ろを歩くのは金髪碧眼の少年だった。外見からは年齢はシルリアよりも少し下に見える。格好こそそれなりに着飾ってはいるが、前の二人が加わると途端に『柄の悪い連中を金で従える小金持ち』という雰囲気が出てくる。
おそらくどこぞの商家のボンボンなのだろう。
路地裏にはこういう人間が集まるものだ。そして、この手の連中は暴力にこそ慣れていても血生臭い戦場には足を踏み入れたこともないので上位の冒険者から見れば素人と大差ないものだったりする。
対する護衛の男は短期間とはいえ最高峰ランクの冒険者にのぼりつめた実力者である。まさかこの手のゴロツキに遅れをとるわけもなく、だからこそ公爵家も護衛の男だけを伴ってシルリアが外出することを許可しているのだ。
でなければ、柄の悪い連中に絡まれている中、シルリアが『せっかく良い雰囲気でしたのに』と拗ねたように呟くわけもなかった。
「なぁーんだよ、あんちゃん。黙りこくっちゃってさ。まさか怖いって言わないよなぁ? そんなきゃわわっな女の子が見ている前でガクブル震えちゃ情けないってものだぜぇ?」
だから。
だから。
だから。
「馬鹿言うな、怖いに決まってるだろ」
その言葉に。
ロン毛の男はニタニタと嘲るような笑みを深めていった。何事か続けようとして、後ろの『小金持ちの大将』が前に出てきたのを見て開こうとした口を閉じる。
ゆえに。
次に声を発したのは金髪碧眼の少年だった。
「どこまで気づいているので?」
「全部だ全部。まさかとは思うが、このままやり合うとか言わねえよな、お偉いさん?」
「お偉いさん、ですか。その口ぶりからして貴方は僕が第二王子だということにも気づいているようで」
「まあ、こうして顔を合わせるのは初めてだが、調べはついていたからな」
「え、えっ!? あのっ、どういうことですか!?」
流石のシルリアも第二王子なんて単語が出ては拗ねてばかりもいられなかった。公爵令嬢として数多のパーティーに出席しているシルリアは第二王子とも面識はあったが、彼女が知る第二王子は銀髪赤目の色男であり、決してこのようにゴロツキを従えて満足しているような小金持ちのように見える少年ではない。
「どうもこうも社交界で色目振り撒いている第二王子は影武者で、本物はこうやってどこぞの将軍よりも強い物騒な連中を従えていても忌避されるだけで見過ごされるくらいには一般庶民の生活に溶け込んでいるってことだ」
「王位継承を争うにあたって色々と問題がありそうだったので前々から手は打っておいたというだけですよ、レディ」
補足しているようでいて、具体性など何もない言葉をシルリアに向ける金髪碧眼の少年。
第一王子は未来改編の書という極大の『伝説の武器』を求めていた。では、それはなぜか。現状に不満のない人間はリスクを負ってでも過度な力は求めない。公爵家の令嬢との婚約を破棄までして企みが失敗に終われば多大なしっぺ返しを食らうとわかるからだ。現に第一王子の企みは失敗に終わり、(第二王子が手を回していたのもあって)王家より追放されるという多大なしっぺ返しを受けている。
それほどのリスクを覚悟で未来改編の書という絶対的な力を求めた理由こそ、目の前の金髪碧眼の少年にある。
第一王子と第二王子とはその身に流れる血が異なることを筆頭に様々が要素が重なって王位継承権が逆転するかもしれない、と第一王子が危惧するほどに第二王子の存在は大きいということだ。それこそ未来改編の書なんてもので戦況をひっくり返そうと考えるほどに。
そんな状況で第二王子として表舞台に立っていても第一王子勢力からいらぬ攻撃を仕掛けられるのはわかっていたので一時的に身を引いていた、ということだ。
「しっかし、よくもまあそれだけ腕が立って、なおかつ有名じゃねえのを探したもんだな」
「世の中には目立つのを嫌う人間もいるものだからね。そういう貴方も目立ちたがりと違って地位や名誉にはそこまで固執しない人間だと思っていたけど?」
「まさかっ。俺は楽して金儲けしたいがために公爵家に護衛として雇われるような人間だぞ。冒険者なんてやってたのも先行投資ってヤツで、好んで危険な目にあいたかったわけでもねえし。だから地位も名誉も、楽して金を稼ぐために使えるならいくらでも欲しいってもんだ」
「その割には随分と金にならないことに時間を費やしていたようだけど?」
「……、ふん」
そこだけはなんとも言えない表情を浮かべる護衛の男。もちろん気づいていて、第二王子はこう続けた。
「それより、こうして僕が足を運んだのにはもちろん目的があるからなのですが、そうですね。とりあえずゆっくりできるところでお話でもよろしいですよね?」
「よくねえよ」
「……今、なんと?」
「だーから、よろしくねえんだよ」
自分の正体を知られてなお、思い通りに進まなかったことはなかったのだろう。傅かれて当然の身分たる少年に向けて、公爵家の護衛とはいえ単なる平民はこう言ってのけた。
「見てわかんねえか? こちとらデート中なんだよ。だってのに、なんだってテメェに余計な時間を割かないといけねえんだっての」
本当に良いのかと聞きたげにシルリアが腕の中から見上げてきたので護衛の男はわしゃわしゃとその頭を撫でてやる。大人を気取って色々と言い訳していたが、今のが紛うことなき本音なのだから仕方がない。
絶対に少し話をするだけでは済まないのだ。まともに相手をすれば最後、今日のデートは終わりになるとわかっていてどうしてこんな奴に構わないといけないのか。
優先順位?
そんなものシルリアとの時間以上に大事なものがこの世に存在するわけがない。そうでなければ殺されたフリをして裏に潜り、五年も時間を費やして第一王子勢力を相手取り、最後には『伝説の武器』を多数所持する第一王子の護衛騎士どもとやり合うことになるかもしれない状況でシルリアのもとに駆けつけるような真似をするわけがないではないか。
そう、話についていけず寂しそうにしているシルリアを放って第二王子に時間を費やすことを選ぶようなお利口さんならば、金にもならないのに五年もかけてシルリアのことを守るために奔走するわけがないのだ。
「なるほど、やはりきちんと自分の目で見ることも重要なことですね。これはこれで良い収穫となったのでひとまず良しとしましょう」
それはまた、と告げて、第二王子は変に拘泥することなく二人の護衛を引き連れて去っていった。ゴロツキを従える小金持ち、というキャラで一般人を遠ざけながらも王都を自由に闊歩して。
「『向こう』次第だが、うーむ。万が一の場合はちっとばっか骨が折れそうだなあ」
そう呟きながらも第二王子たちの姿が見えなくなるまでその背中を見据えていた護衛の男は一転、姿が見えなくなると『よっし、それじゃあデートの続きといくかっ』と明るく言った。
無理してテンションを上げたせいで声が上擦っていたりする。
「護衛さん……いいえ、ごーさん」
何か言いたげだったシルリアだが、ぎゅっと護衛の男に強く抱きしめられて目を見開く。聞きたいことは多く、しかし今はこの腕の温もりが絶対だった。
他の全てがどうでも良くなるくらい好きなのだから、これはもうシルリア自身もどうしようもできないし、するつもりもない。
「おっ、やあっと見つけたぞバーサーカー!! てっめ、なんで革命軍に帰ってこねーんだコラァ!!」
「うるせえ馬鹿空気読みやがれ!!」
だんっ!! と突如舞い降りてきた誰かが護衛の男に殴り飛ばされて路地裏の奥に吹っ飛んでいく。他にも何人か舞い降りてきたが、護衛の男は舌打ちと共にこう宣言した。
「よし、逃げるかっ」
「ええっ!? いいんですか!?」
「当たり前だろうが。今はシルとのデート中なんだからよ!!」
「きゃっ!?」
ゴッ!! と風を切る音がひどく激しくシルリアの耳に響いた。護衛の男がシルリアを包み込むように優しく抱きかかえ、そのまま地面を蹴ったのだと気づいたのは景色が目まぐるしく変わってからだった。
一息で空を舞っていた。
シルリアを抱きかかえたまま、近くの三階建ての建物を飛び越えるほどに。
たった一つの魔法を高めに高めて最高峰の冒険者として君臨した護衛の男ならばこれくらいは容易いのだろうが、それにしてもこうして体験すると驚きもするものだ。
そのまま近くの建物の屋上に降り立ち、再度跳躍。あるいは建物の屋根を、あるいは壁を、あるいは今まさに走っている馬車を器用に足場としてウサギのように軽やかに飛び跳ねる。
最初こそ驚きもあったが、目まぐるしく飛び回るうちにシルリアの胸の内からゾクゾクとした震えが走ってきた。
恐怖であるわけがない。
楽しいと、そう思えたのはもちろんシルリアを抱えて飛び回っているのが護衛の男だからだ。
やがて大通りに出ると人も多くなり、指を指したり声を上げる者も増えてきたが、不思議とそんなものはシルリアは見えてすらいなかった。
「はははっ、たまにはパーッと走り回るのも悪くねえなっ」
「ふふっ、ふふふっ! そうですねっ!!」
護衛の男は確かにデートだと言ってくれた。
そのデートという言葉がシルリアのためを思ってのことで『同じ気持ち』からくるものではないとしても、こうして共に過ごす時間が楽しいことに変わりはない。
五年という月日が経とうとも、いいや経ったからこそ、好きという想いがシルリアの中で強く激しく荒れ狂っていた。
離したくない。
もう二度と失うつもりはない。
例え護衛の男がどんな理由を並べたとしても、この想いだけは貫くのだと、しがみつく両腕に力を込めながらシルリアは改めて誓うのだった。




