第四話 お出かけ、あるいはデート日和
「護衛さんっ、待ちましたか?」
「いいや、別に。っていうか、俺はお嬢様の護衛なんだから待たせただなんだ気にする必要はねえんだぞ。アゴで使うくらいで十分なんだし」
「そういうわけにはいきません。わたくし、護衛さんのことが大好きなんですから!」
「へいへい、そうかよ」
「軽く流さないでくださいよっ」
もうっ、と拗ねたように護衛の男を見据えるシルリア。王都にお出かけするだけと言えばそうなのだが、公爵令嬢という身分を考えれば褒められたものではないだろう。
それでも護衛の男としては五年も殺されたフリをしてシルリアに余計な心労をかけたこともあってあまり強く言えずにズルズルとお出かけするに至ったのだ。
……おそらく、何もなくともシルリアのお願いを護衛の男が拒否することはできなかっただろうが。
「しかし、なんだ。今日は随分とラフな格好をしているんだな」
シルリアの格好は黒を基調としているのは変わらないが、社交界で着るようなドレスではなく身動きの取りやすいスカートにもふもふしていそうな上着を身につけていた。
ぐっとふわふわなニット帽を両手で下げて顔を隠すようにして、どこか照れ臭そうにシルリアは言う。
「せっかくのデートですので周囲の人にわたくしが公爵令嬢だとバレて台無しにされたくなかったのです。その、どうですか?」
「まあ、大概の平民は公爵令嬢の顔なんて知らねえから、わかりやすい豪勢な格好さえしてなけりゃあバレる心配もねえだろ」
「そう、ですか……。その、それだけですか?」
「それだけって?」
「いえっいえいえっ。何でもないです、はいっ。その、そのそのっ、早くお出かけにいきましょうそうしましょうっ」
そう言ってズンズンと先に進んでいくシルリア。
こういうところは昔とそう変わってはいなかった。そう、婚約破棄騒動の後のアレやベッドに押し倒された時のソレは昔の彼女とは違った印象を受けたが、人間そう容易く変わることもないのかもしれない。
シルリアがどんな言葉を望んでいたかは分かっていたが、下手に期待を持たせるようなことはしたくなかった。
だから。
だから。
だから。
「……この服、護衛さんの好みには合わなかったでしょうか」
ボソリ、と。
おそらく本人は聞かせるつもりはなかったのだろう、その呟きを常人よりも遥かに優れた聴力を持つ護衛の男は捉えてしまった。
沈んだ、元気のないその呟きを。
今日一日、せっかくのお出かけを沈んだ気持ちで過ごさせてしまうと思ったら、自然と口が動いていた。
「似合っているぞ、お嬢様」
「っ!?」
それは本当は胸に秘めておくつもりで。
だけど、それでも、シルリアの護衛としてその身だけでなく心だって守るべき立場の自分の手で傷つけるような真似はできなかったから。
バッと。
振り返ったシルリアの顔には妖艶な、なんて冠が必要ない、キラキラとした笑みが浮かんでいた。
「そ、そうですかっ。それは、えっへへ、良かったです!!」
長期的に見れば間違いなのかもしれない。
だとしても、やはりシルリアにはいつだって笑っていてほしいのだ。
ーーー☆ーーー
「お嬢様」
「駄目ですよっ。お嬢様なんて呼ばれたらせっかく平民のような格好をしている意味がないではありませんか」
「それもそうか。だったら本名も隠しておくべきだし、シルとでも呼ばせてもらうかね」
「っ!! え、えへへっ、そんな風に愛称で呼ばれると距離が縮まったようで嬉しいものですねっ。あ、それではわたくしも護衛さんを愛称で呼ぶためにもお名前を教えてください!!」
「俺の名前なんてどうでもいいっての」
「またそうやって隠すんですからっ。どうしていつまで経ってもお名前を教えてくれないんですか?」
「公爵令嬢が単なる護衛の名前なんて知る必要ねえからだよ」
「もうっ、護衛さんの意地悪! それなら、そうですね。今日一日はごーさんと呼ばせてもらいますから!!」
「別に好きにすりゃあいいさ。それはいいとして、だ」
王都の大通りに出た護衛の男は隣に立つシルリアを横目に見て、こう問いかけた。
「なんで腕組んでいるんだよ?」
「わたくしがしたいからですけど?」
五年前とは違って、シルリアは成長している。
どこかとは言わないが、こんな風に薔薇のような甘い匂いが漂ってくるくらいに腕を組んで密着されると色々と柔らかくて反応に困るのだ。
内心を絶対に気づかれないよう、シルリアから目を逸らす護衛の男。熱を持った顔には気づかれていないことを祈るしかない。
「やめろって言っても聞いちゃくれねえんだろうな」
「あら、代わりに熱烈なキスをしてくれればやめても構いませんけど?」
「……仮にも令嬢がそんな冗談言ってんじゃねえよ」
どこか挑発的な笑みを浮かべるシルリアの額を指で小突く。力は込めていないので痛みはなかっただろうが、大袈裟にのけぞって『冗談じゃないですのに』と呟くシルリア。その呟きも含めてタチの悪い冗談……というよりは、初めから護衛の男が了承するわけがないとわかっての台詞だろう。
それはつまり絡めた腕はそのままであり、色々と密着しているせいで柔らかい感触やら薔薇のような甘い匂いやらはそのままで、こんな状況で表情を変えずに済んでいるのが奇跡であった。
「で? お出かけしたいって話だが、具体的にはどこに行くんだ?」
「決めていません」
「なんだって?」
「わたくし、ごーさんとデートできればそれで良かったですからね。ですので、今日はごーさんが行き先を決めてくれると嬉しいです」
「デートじゃなくて単なるお出かけな」
「わざわざ訂正しないでくださいよっ」
「しっかし、俺に行き先を決めろ、ねえ」
「普段ごーさんが遊んでいる場所で構わないですよ」
そんなことを言われても護衛の男が王都で遊ぶとなれば日付が変わるまで酒場を梯子するとか、路地裏のアウトローな賭博場で賭け事三昧とか、どれもこれも公爵令嬢と一緒にとはいかないのだ。
しばらく悩んだ護衛の男はこう呟いた。
「ミランダに適当な遊び場でも聞きに行くか」
「デート中に他の女の名前を出すばかりか、他の女のところに向かおうとするとか何を考えているのですか?」
地の底から響くような暗く、低い声だった。
ダース単位の魔獣に囲まれたって鼻歌まじりに不敵な笑みを浮かべる余裕がある護衛の男が喉の奥から小さく悲鳴のような音を漏らしたほどに、だ。
「ごめんなさい」
「わかればいいんです」
思わず頭を下げた護衛の男は様子を伺うような格好でシルリアを見上げながら、
「しかしだな、俺の思いつく場所なんてつまんねえと思うぞ? どうせお出かけするなら女の子でも楽しめる面白い場所を調べたほうがよくねえか?」
「お出かけでなくデートですよ。それにわたくしは言いましたよね。ごーさんとデートできればそれで良いと。付け加えるならば、ごーさんが好んでいる場所を知りたいんですよ。ですので、変に遠慮せずにごーさんが行きたいと思う場所に連れて行ってくださいな!」
「……ったく。物好きなこった」
そこで、護衛の男はシルリアから目を逸らしてそう吐き捨てた。
なぜなら、あんなにも心から楽しみにしていることがわかるほどにキラキラとしたシルリアの笑顔を見てしまったら押し殺している内心が溢れてしまうに決まっていたからだ。




