第三話 護衛とメイドさん
ルグス王国は大陸でも屈指の大国である。
魔法道具生産技術において他国の追随を許さず、勇者や聖女といった『伝説の武器』の源となった英雄を多く輩出『血筋』を貴族という形で数多く保有している魔法大国なのだ。
そんな王国の王都にはあらゆる箇所がクリスタルのように輝き、魔力を弾く特殊な鉱石である退魔石で構築された城が君臨している。
クリスタルパルス。
重量換算ではどんな宝石よりも高価な退魔石で城を造り上げたのは対魔法というよりは王国の権威を示す目的があったのか。
王都の中心にはクリスタルパルスが位置しており、その四方を囲むように四大貴族の本邸が存在する。
スノーホワイト公爵家。
グランドフォトン公爵家。
アサミリア伯爵家。
スカイローズ公爵家。
その中でも北部に位置するスカイローズ公爵家は最大勢力を誇るとされている。現にスカイローズ公爵令嬢は次期国王とされていた第一王子の婚約者だったのだから。
……件の婚約破棄の影響は決して無視できるものでもないが、少なくとも今すぐに勢力図がひっくり返されるようなことにはなっていないようだ。
「ふわあ」
王族を除けば王国内において武力の頂点である騎士団長や政務の中枢たる宰相さえも超越するとまで言われているスカイローズ公爵家の本邸、その中庭では一人の男がベンチに腰掛けて欠伸を漏らしていた。
くたびれた黒のコートに破れかけたズボン。腰には立派な漆黒の刀を差してはいるが、こちらは借り物であり普段は身に付けていない。
右目を大きく引き裂くような傷跡を刻んだ黒髪のその男は王国でも最大規模の『家』の本邸に足を踏み入れていいような人間とは到底見えなかった。
どこからどう見ても荒くれ者としか見えないような男は寝不足による眠気を隠そうともせずに一言。
「どうすっかなあ」
「どうすっかなあ、じゃないっ。護衛が何をサボっているのよっ!!」
すぱぁん!! と小気味いい音が一流の庭師によってミリ単位で整えられた中庭に響く。
護衛の男が振り返ると、そこには箒を片手にふんっと不機嫌そうに息を吐く女が立っていた。
ロングスカートのメイド服の上から白のエプロンを羽織っており、頭にも白のフリルがついたカチューシャ。胸元の花のようなリボンは幼い頃のシルリアからのプレゼントらしい。
ミランダ=ラグジュメリア。
ラグジュメリア子爵家の四女にしてシルリアが幼い頃から側仕えのメイドを勤めてきた女である。
公爵令嬢の護衛ではなく、身の回りのお世話を担当する人間を統括する立場でもあるのだ。
「なんだ、おめえか」
「なんだとはなによっ。本当失礼な奴なんだから!」
護衛の男とミランダはシルリア=スカイローズ公爵令嬢という共通項があるがために昔から顔を合わせることが多かった。
護衛とメイドという立場はともかく、平民と子爵令嬢という身分の違いがあっても気兼ねなく接することができる程度には互いに信頼しているからこそ言いたいこともある。
「それより、私はアンタのこと許してないんだからねっ。五年もシルリア様のことをほったらかしにして! シルリア様がどれだけ悲しまれたことか、わかっているの!?」
「それでも、護衛としての役目を果たすためにはああするしかなかったんだよ」
「護衛が主人を悲しませている時点で護衛の役目も何もあったものじゃないでしょっ」
「……ハッ。手厳しいねえ」
「なによ、猫撫で声で優しくしてほしかったわけ?」
「勘弁してくれ。おめえにそんな真似されたら怖気がするってもんだ」
「ふんっ、レディに向かって失礼な奴ねっ」
足音も荒くミランダが護衛の男の前に回り込む。ジロリと剣呑な目で見やり、『そんなことよりも』と繋げて、
「アンタ、こんなところでサボってないでさっさとシルリア様のおそばに戻りなさいよねっ」
「別に年中べったり張りついてなくとも護衛としての役目は果たせるさ。少なくとも屋敷内であれば不届き者は確実に感知できるし、迎撃なんて一息で十分だしな」
「は? 誰がそんな話しているのよ???」
ずいっと。
顔を近づけ、いずれはメイド長になんて話も出ているほどには優秀なメイドはこう言ったのだ。
「アンタだってシルリア様の気持ちには気づいているはずよ。だったらおそばにいてやるのがアンタのやるべきことでしょっ!!」
「おいおい。それは本気で言ってんのか、子爵令嬢」
明確に。
身分でもって区切るように護衛の男は吐き捨てる。
「護衛とメイドという関係性があってもこうしておめえといつも通り話せるのは私的な場だけだ。平民と子爵令嬢でさえも『そう』なんだぞ。平民と公爵令嬢なんてそれこそ論外ってもんだ」
「アンタ……」
「大体、お嬢様とはそれなりには歳も離れているしさ。年上への憧れみてえなもんを変に勘違いしているだけだろうよ」
「それ、本気で言っているわけ?」
問いに護衛の男は目を逸らすように空を見上げた。
何か言おうとして、しかし紡がれたのは言おうとした何かではなかっただろう。
「とにかくだ。おめえまで一緒になってお嬢様の気の迷いを後押ししようとしてんじゃねえよ。血生臭いゴロツキのせいでお嬢様の一生を台無しにでもしようものなら詫びようもねえだろうが」
「はぁ。ほんっとうアンタってば喧嘩以外はダメダメの貧弱野郎よね」
まあ今はこれ以上は言わないでおくわよ、と吐き捨てるミランダ。
だが、ミランダの話はここで終わらなかった。
いきなりとんでもない爆弾を放り投げてきたのだ。
「あ、そうそう。シルリア様が明日王都にお出かけしたいんだって。もちろん護衛としてアンタ『だけ』を連れて行くみたいだから、よろしくね」
「……は?」
「ちなみにシルリア様はデートと公言しているから、そのつもりでね」
「はぁぁぁっ!?」
寝不足になるほどに考え込んでいた悩みの元凶と二人きりでお出かけという特大の爆弾に、流石の護衛の男も目眩がしてきた。
ーーー☆ーーー
「奴は?」
「シルリア=スカイローズ公爵令嬢の護衛に復帰したようです。それも『魔王の懐刀』を所持したままですね」
「そうか。『魔王の懐刀』はともかく、奴の意思は確認しておくべきだろう。場合によっては処分することも考慮に入れて、な」
「では、そのように」
「待て。貴様たちに求めるのは意思確認までだ。下手に動けばこちらにも多大な被害が出るのは避けられないからな」
「しかし、あの人がこちらと敵対することも辞さない場合は? まさか雇った連中を使うつもりで?」
「いや、それでも足りないだろう。奴を殺せるとすれば、それは奴の右目を斬り裂いた俺様以外にはいないからな」




