隣の席の女子、ちょっと変。
隣の席の女子がちょっと変だ。
俺が朝、登校して来て扉を開けると、彼女はパァーっと後ろの背景に花が満開に咲くような笑顔で、駆け寄ってくる。
彼女の容姿は一言で言ってしまえば、『不良』と言う言葉が似合うだろう。
金髪の長い髪。頭にピンクの髪飾り、ふわりともみあげが浮き耳が見えるのだが、そこには無数のピアス。それほど開けてしまって痛くないのか心配なところではある。
そして机に無造作に乗っけてある鞄は学校指定の物ではなく、どこかで買ったであろう、ピンクのリュックサック。
そこにも無数のアクセサリーが付けてある。
そう、目の前でニコニコしながら俺の胸に頭をぐりぐりと押しつけてくる全身校則違反女の名前は佐久間ひかり。
そして何故か目をつけられてしまっている俺の名前は綿菓子キラメだ。
「ねぇ〜! おはよ! キラメっ!」
「おはよう佐久間さん、目線があるから少し離れてくれないかな」
「んふ〜! うん、いいよ〜!」
満面の笑みではあるが少し物悲しそうに俺から離れて行く佐久間さん。
あたりに注意を向けてみると、やはりというか俺たちの事を噂している同級生などの声が聞こえる。
『ねぇ……なにあれ……』
『ここ最近、ずっとだよね……キラメ君もしかしてあのビッチに目つけられてんのかな』
『でも、お似合いじゃね、不良同士』
ふぅ……朝から嫌な話題を聞いてしまった。
『ビッチ』という呼称が出ているが、彼女はおそらくそんな物ではないだろうと思う。確信はない。
佐久間さんは俺の知る限りでは男性という性別は苦手なように感じた。それも確信はない。
だが何故か、俺にはこのような事をするのだが……。
つーか誰だ、俺のこと不良とか言ったやつ。俺は品行方正、内申点も優秀な男だぞコラ。
そんな事を考えながら、俺は自身の席に着席する。
すると、袖に何か引っ張られるような感触が俺に届いた。
横を見ると、俺の制服の袖を引っ張る佐久間さんの姿。
「ねぇ、授業めんどくさいからサボっちゃう?」
「ダメに決まっているだろう、何を考えてるんだ」
「えへへ〜やっぱダメ? もぉ〜真面目だなぁキラメは……でもそんな所好き……」
一言一句俺の耳に先程の言葉が届いてしまう。
……怖い、この子が何を考えているのか分からない。
こんな無愛想な男に好きだと言っても何のメリットもないだろうに何故か、彼女は俺に会うたびに「好きだよ」などと言ってくる。
マジで怖い。イマドキの同級生ってこんなに好意に関してオープンなのか?
「ね、ね……このまま授業まで居ていいかな……ダメ?」
そう言いながら佐久間さんは俺に腕を絡めてくる。
ドッと冷や汗がでるような感覚に襲われる。
ここで断ったら彼女はどのような行動をするのだろうか、と俺は思ってしまった。
断ったら『うう……私の事嫌い? やだ……ヤダヤダ……嫌いにならないでぇ……』とこの前は泣き出した。嘘泣きかと思ったけど、放課後までクソほど落ち込んでいたので嘘でも何でもなかったし俺の良心がすこぶる痛んだ。
了承したら『やったー! えへへうれぴ〜!! うひひ、すんすん……キラメすっごいいい匂いずっと嗅ぎたい』とか言い出してめちゃくちゃ怖かった。動悸と眩暈が同時に襲って来た。
クッソ! どっちを選んでもほぼ地獄じゃねぇか!
しかし、俺はこの子のあんなに落ち込んだ顔を何故かもう二度と見たくないので、結局了承する羽目になる。
甘い……甘すぎるぞ綿菓子キラメェ……!
佐久間さんは了承したのと同時に、力強く抱きついてくる。
「うへへへへ」
なんなんだろう、どうしてこんな事になってしまったのだろう。
こうなる前の俺たちはただの隣の席同士のクラスメイト。お互いに接点など、存在しなかった。
そうだ、あの日からだ。あの日から彼女はおかしくなってしまった。
あの日、軽々しく佐久間ひかりという女の子を助けてしまった事を、後悔……というか、激しく悩むのであった。
──ー
それは数ヶ月前の事、高校に入学した俺は、両親が海外出張に向かうとのことで一人暮らしを始める事になった。
と言っても、一軒家で設備も整っているのでそこまで苦労はしない。しかし、月々送られてくるお金に関してはそれほど多くなく、節約のために自炊をしなければいけなくなったのだが、それがまた難しい。
家でレシピ帳開いて四苦八苦する毎日だ。
そんなある日、学校帰りにスーパーで買い物を済ませて、帰宅している途中の出来事だった。
薄暗い路地裏の中から、女の子の声と男の声が聞こえて来た。
「ちょ! やめてよ!」
「へへ、いいじゃん、どうせオッサンとかにも股広げてんだろ? 俺もさぁ、金払うからやらせてよ」
うっわぁ……と思わず声を漏らしてしまうぐらい、ゲスい話をしている男の声が聞こえてしまった。おいおいおい、耳が腐ってしまったらどうするつもりなんだ、俺の耳は好きなバイノーラル音声を聴くために存在していると言っても過言ではないのによぉ……。
俺は不良と呼ばれる人種が大の苦手だ。それは昔から俺のこの目つきやガタイのせいで不良と間違われることが多かったことも起因している。
そのせいで、『調子に乗っている』などと訳の分からない誤解をされ、数多くの不良から呼び出しを食らっていた。
まあ、その全ては殆ど『話し合い』で解決させたのだが。
俺はしかめっ面をして、携帯を取り出して警察に通報する。
何々町の〜、路地裏でぇ〜、女の子が〜と言っていた最中だった。
「いいから来いってんだろ!」
「い、いやぁ!! だれかぁ!! 助け……助けてぇ……!!」
女の子が手を引っ張られて連れて行かれそうになっていた。
おいおい、ソイツァ流石にご法度だろ。俺は冷静な判断が出来なくなり、携帯を投げ捨てて、路地裏に進んでいく。本来ならばこんな事は絶対やめた方がいい、後からクソほどめんどくさくなるだけだ。
しかし、女の子が助けを求めている。これで動かない男は居ないだろう。
「さっきからゴタゴタゴタゴタうっせぇなぁ……おい……」
「……は? なんだテメェ?」
「離せよぉ……なぁ……離せよぉ! その手ェ!」
いつも不良たちと対峙して話す時のように、両手はフリーにして、顎を突き出し、相手を見下すように仁王立ちする。
しかし、俺は話すのが大分久しぶりだったので、少し声が上擦ってしまう。
ちくしょう……カッコつかないんですけど。
「へっ……正義感で飛び出して来たってか? 図体だけでかい陰キャくん……は?」
ニヤニヤと軽薄な言葉を撒き散らしながら、近づいて来た男が俺の目の前で止まる。
どうやら、この路地が薄暗かったせいで、俺の顔がハッキリと見えていなかったようだ。男は急に冷や汗をかきながら、目を見開いて驚愕している。
(なんだよコイツ……!! 意味わかんねぇ……!! とにかくヤベェ……!! 体の震えが止まんねぇ……!! その目つき絶対人殺してんだろ……!!)
ガタガタと男の体が震え出す。
良かった、ちゃんと俺の目つきの悪さが通用したみたいだ。
中には通用しない不良もいる、なんか半グレとかと連んで酷い現場などを見てきた不良たちがその類だ。奴らは頭のネジが飛んでいるので、俺の目つきに怯えたりはしない。逆に殺そうとしてくる。怖い。
「う、うわああああぁぁ!!」
男が急に大声をあげて、俺の顔面に向かって拳を繰り出す。
俺は顔の真正面に拳を受けにいった。
この男はまだ冷静な判断ができる。殴った方が冷静になるだろうし、そして俺は何より我慢強い。
なのでこんな腰の入っていないパンチなど……。
「っ……いってぇ……なんなんだよぉお前ぇ……!」
俺は顔面を殴られたが、何事も無かったかのように、男を睨みつける。
クッソ痛いがここは我慢だ。空手などの稽古で鍛え上げたんだ、こんな所で倒れる柔ではない。
男は逆に拳が痛かったようで、手首を押さえてあわあわしていた。
「離せよ……」
「え?」
「離せつってんだろうがこのダボがぁ……!」
「い、いやもう離して……」
「ああ!?」
「さーせんしたぁ!!!」
これが俺の『話し合い』だ。え? 話し合いになってない?
いやいや、俺、離せって言った。相手、離してくれた。
立派な話し合いだ。それと人間は目と目で話をすると言うだろう? アイツは俺の目にビビった。それだけである。
男は背を向けて一目散に逃げて行く。
あまりに必死すぎて、ちょっとしたところでコケていた。大丈夫かアイツ。
おっと、あまりに夢中になりすぎて、この女の子の事を忘れていたと思い、女の子に振り返ると、そこにいたのは隣の席の佐久間さんだった。
佐久間さんは有名だ。校則違反ばかりを起こしている問題児だとか。
噂では援助交際などもしているとも聞いた。
そんな話を聞くたびに、女の子のことが信用できなくなっていった。やはり不良は怖い、そう判断せざる終えなかったのだが……。
しかし、目の前でうずくまって泣いている彼女は、どうも噂通りの子とは思えない。
いや、騙されるな綿菓子キラメ。甘くなるんじゃない。
「おーい、佐久間さん。もう大丈夫。アイツ行ったから」
俺は佐久間さんと同じ目線になって、泣き止むのを待つ。
よっぽどあの男が怖かったのだろうか。
「ぐすっ…………ほんと?」
「うん、そう。ほんとほんと、もう大丈夫」
「……ごめんなさい……ありがと…………綿菓子くん?」
「おっ、ようやく気づいた? こんちは」
俺はダブルピースして少し戯けて見せる。
少しでも緊張を和らげてあげるためだ。
うん、俺がこんな事したら、佐久間さんも一目散で逃げ出すだろう。
目の前でバカほど目つきの悪い、男が無理に戯けているんだ。怖いに決まっている。
「綿菓子くん……うん……綿菓子くん……ありがとう……」
と、思ったのだが。意外なことに佐久間さんは逃げ出さずに、何度も俺の苗字を連呼して噛み締める。
ふむ、俺の甘ったるい苗字が謎の安心感をもたらすようで何よりだ。うん、そうだと信じたい。
近所の俺の事をよく知っているガキどもにはバカにされるが。
「……ねぇ、綿菓子くん……君、名前は?」
「え? 覚えてないの? 残念だな」
「えっ……あっ……ご、ごめ」
「ははは、冗談冗談。俺の名前はキラメって言うんだけど……」
「キラメ……くん」
キラメという名前は両親が、『煌めいていけ』という理由でつけた名前。
普通にキラキラネームだと思うし、これもまた近所のガキにバカにされている。
キラキラネームをつけられて世間から逸脱され、好奇の目に晒される子供のことも少しは考慮して欲しい。
親は一時の昂った感情で付けたんだろうけどさぁ! 子供は苦労するんだよ! 好きな女の子に「なにその名前(笑)」なんて言われた日のことを想像してみろ! あほ!
失礼取り乱した。
「素敵な名前だね……!」
しかし、目の前の佐久間さんはおそらく、俺の親たちと似たような感性をしているみたいだ。
ニパっと笑顔を見せて、俺の手を握ってくる。
この子はなにを思って俺の手を握ってるのだろう。怖い。
え? なにやってんの? マジで。
え? また取り乱すよ?
「……手……」
「えっ! あ…………ご、ごめ……です……あの……あの……」
佐久間さんは焦りながら、俺の手を離す。
そして、大層に顔を赤らめながら、おそらくカラコンなどをつけた青い瞳がキョロキョロと動き始める。
うん……なんかキョドってる……。怖い。
「……あ、あの……き、キラメくん……えっと……好きな食べ物……なんです?」
話すのド下手か?
え? なんで急に食べ物の話をし始めたんだ?
「えっと……ハンバーグ……」
「……綿菓子じゃないんだ」
「悪かったな」
「どふぇ!! ご、ごごごごめんなさい!!」
間違いない。佐久間さん、これコミュ障だ。
まず、俺と目を合わせない。だから、俺の目つきを見ても怖がらないし、逃げもしないのだろう。そもそも、目を見ていないから。
そして、話のネタなどが訳分からん。急に食べ物の話をしだす。自身がさっき酷い目に遭いかけたのにだ。緊張感なさすぎだろ。
そして……シンプルに舌が回ってない!
いや、俺もそうだが人とあまり話さないと、最初はそうなっちゃうよね……うんうん、分かる分かる。
「うへ、うへへ……じゃ、じゃあまた明日……」
「お、おう……」
佐久間さんとはあんな感じの子だったろうか……。
いや、多分俺がシンプルに興味がなさすぎて、彼女のことをよく見ていなかったからだろう。
格好が派手なので、勝手に不良と決めつけていただけである。
そうだ、彼女はコミュ障なのだ。多分……。
その後、俺が通報した警察が現場にやってきて、長い間拘束されていたのは内緒だ。
帰ってこい佐久間ひかり。
そして、その事件から数ヶ月後の現在。
「うへへ……キラメはやっぱり、いい匂い〜」
勝手に呼び捨てにされてる挙句に、大分フランクな話し方になっている。
コミュ障は仲間を見つけると、調子に乗り、訳の分からない発言をすることが多い。そのせいで何回恥をかいたか覚えていない。
うん、もう勘弁してほしい。
俺はもう充分だ。
これ以上、俺にくっつかないでくれ……。
俺が、訳の分からん勘違いをする前に……離れてくれ佐久間さん。
胸が当たってるんだ。
俺が、ヤキモキしているとはつゆ知らず、今日も今日とてベタベタとひっついてくる彼女。
いくら、俺が不良が嫌いだからといって……ここまで好意剥き出しにされたら、勘違いしない方がおかしいじゃないか……。
でも、俺は不良が嫌いだ。乱暴だし……怖いし……。
だからさあ……せめて清楚な格好してきてから好きだと伝えてくれ……。その格好じゃ受け入れるのが怖いよ……。
ただの願望ですまない。
「キラメ……好きだよ……」
この後、暴走族同士の抗争に何故か、首を突っ込むことになったり、他校との喧嘩に巻き込まれたり、佐久間さんが格好のせいで、攫われたのを助けたり……する事を俺はまだ知らない。
今日も、隣の女子がちょっと変。