兄の涙と決意
「振り落とされるなよちご」
「何とか」
そうは言ってるが落ちる寸前であり間道を指示しながら最短で通り抜け木曽川等を渡るとようやく尾張に入った。
「兄上、爺が」
指差す方に平手の爺が私達を見つけ呼んでおり兄上に知らせるとそちらに進路を変えて爺の前で馬を止めた。
「若様これまでどこにおられましたか、こんな大切なときに」
「爺、ちごに連れられてな」
「それどころでは有りませぬ、御屋形さまが倒れられ」
それだけ聞くと兄上は馬を走らせ私は必死に腰に掴まり名古屋城へと駆け込んだ。
「父上」
「吉法師か、騒ぐな」
織田信秀、これが2度目の光景でありここから土田御前の横に座る信行と林や佐久間を早々に取り除きたいと思いながら血を吐き息が絶えていく父上を見つづけた。
「さて、信行をか」
手に入れた鉄砲で直接狙えば兄上にばれてどんな事になるかと考えながらこの日を迎えた。
「若様は」
平手の爺に聞かれため息混じりに居る所を教える。
それを見送ると一族の末席に座り兄上の到着を待った。
「吉法師は何時来るのじゃ、父の葬式に現れぬとは」
そう言って周囲を見渡し私に目をつけたらしく、
「何時も一緒であろうその方」
「平手様にお伝えしておりますゆえ、もうしばらくお待ちください」
更に色々嫌みを言われたが2度目なので何処ふく風で聞き流し足音がこちらへ来るのを待った。
「来られたか」
こちらへ力強く歩いてくる音に頭を下げる。
「ちご」
その一言で顔をあげ兄上を見つめると悲しげな兄上は怒りの顔になり位牌の前に立ち灰を掴むと投げつけた。
悲鳴が上がり止めようとするが兄上は外に出ていった。
「お待ちくだされ若」
平手の爺が追っていき残った者は呆然として誰も動けないので立ち上がると父上の位牌の前で焼香をして兄上の後を追った。
呆然としている平手の爺に、
「悲しみがそれだけ深かったんだよ、爺にはそれをわかってほしい」
「しかし継ぐ者の」
「兄上は考えておられる。大変だろうけどしっかり支えてくれ」
そう言うと名古屋城の鐘楼へと向かった。
「兄上」
そう言って上がらないと何が起きるかわからないが返事がないので上にあがった。
「何を見ておいでで」
「早すぎたわオヤジ殿は」
聞いてないことはわかっていたが兄上は言葉を続ける。
「尾張の虎と呼ばれた男が病で逝くとは」
そう言いながら葬式が終わった寺を見ながら、
「これからだと言うのに、後数年は生きてほしかった」
そう言うと葬儀の隊列を何時までも見続けた。
「さて、信行の暗殺か佐渡の方が面倒だが、ばれたらただじゃすまないしな」
戦いで倒すことも考えねばならないけど未だ元服してない自分にため息が出る。
1度だけ頼むだけ頼むかと兄上の元へ向かった。
「ちご、願い事があると」
硝石の為に準備をしてもらったり鉛を紀州やその他の場所から集めるように頼んだりしていたが今回は自分の事なので緊張しながら兄上の前に出た。
「私の元服をお願いしたいのです」
そう言うと厳しい顔をしてこちらをにらむので、
「兄上の手足で働くには元服が必要でしょう、初陣は先になりましょうが役も貰い動くことが出来ます」
そう言うとため息を珍しく吐き、
「お前は、なぜに急ぐ」
「先ずは今川がここを狙うでしょう、返り討ちするその為には織田家中を一つにせねばなりませぬ」
「だから信行を討つか」
「信行でなく佐渡を討てば」
「嘘を申すな」
「すいません、しかしそれは許さないでしょう」
そう言うと考え、
「元服の件は却下とする。しなくても出来ることは多々ある。急ぎすぎるな小十郎」
「わかりました。しかし兄上が尾張いや日の本を統一するには必要となりましょう」
「先ずは出来ることからだ」
そう言われて納得するしかなかった。
「良い鉄ですよね、いま手配しておりますのでお待ちください」
国友から数人の鍛冶職人が移住してきて兄上が森が近くにある水捌けの良い場所を鍛冶屋村に決め炭を作り村長である幸右衛門から言われて道三経由で質の良い鉄鉱石を買い入れる事にして到着を待っている。
その間に完成形と言う鉄砲を思いだし改良点などを指摘しながら鉄砲に三脚をつけて貰って練習を繰り返す。
そんなこんなをしていると母上が水野に輿入れするために出発することとなった。
「母上お元気で暇を見て顔を出します」
あの後弟を産んで亡くなったのを思いだし行かないで欲しいと言いたいのを我慢しながら亡くなる前に何とかしないとと思いながら百地を思いだし兄上の了解を得て雇うことにした。
「やることが多くて布団にこもれない」
硝石や稲の育成、狩をして鹿や猪を畑から守りつつ肉を振る舞い、鍛冶屋に顔を出したり、金鉱や鉛金や鉄鉱等の採掘にも記憶をたどりながら指示して逆に忙しすぎてかんしゃくを起こす。
「自分一人でするでない、使えと申しておろう」
兄上が私の叫びを家臣から聞いたのか顔を出して言ってくるので、
「もう少し頭の柔らかな受け入れてくれる人をお願いします。佐渡や権六の様にお馬鹿さんで理解すらしようとしない連中がいくら頭数を揃えたからとて一緒です」
「だが使わねばなるまい、手駒でな自分の家臣を持て元服は未だだがな」
「兄上」
そう言うと大笑いしながら行ってしまい未だに若い百地や鷲尾等を探しだし雇い入れた。
「鷲尾、兼松、宇部そして百地よう来てくれた、未だ元服していないので兄上から給金も出る。色々忙しいが頼むぞ」
未だ自分も含め若い4人に説明と現場に行っての注意点等を話し百地には信行や佐渡や権六の調査と水野の母の様子を知らせるように伝えた。
「兄上、天王寺屋より収支が」
そう言って預けた7割増しの利益が記載されており、指示している採掘した金を送り込んでおり元本も増えている。
「小十郎が言うだけのことはある。しかし送り込む金の量が多いが」
元本の金額に採掘量との違いを兄上にすぐ気がつかれ、
「美濃近くなら油や針等を購入して京や堺で売り払っております」
「未だ隠しておるな」
鋭く見つめられたので大きく息をはきながら、
「川の民に輸送を頼んでいるので関所を通さずに目的地まで行けるので手当てを支払っても利益は稼げます」
「関所を通さずか」
「兄上もご存じの通り銭の流れを止めるものです。いずれ尾張を掌握したあかつきには」
「わかった。村井に思うところを伝え改善を行え」
そう言って報告を終えた。
ある程度堺の銭を増やしたら鉄砲を購入したいむねを天王寺屋の津田に手紙を書いて以来をする。
尾張でもだが鉄が堺の方が集まりやすく川の民経由では大量生産までは対応できず幸右衛門も弟子を増やしつつ改良した鉄砲を少しずつ生産をしており緩やかながら規模を拡大していく、
「石炭があればだけど九州か北海道だし河原の民に木炭を頼むか」
鉄の製錬は木である燃料を大量に使うため木炭を使っているが石炭ならと九州にそのうち探しにいこうと思いながら燃料の増産をはかった。
「捕まえろ」
最近色々な場所に朝から向かい網をはってマガモかカルガモかわからないか捕まえ飼い慣らし田圃に投入するように指示を与える。
「小十郎様、兼松や宇部とも話しておりますが侍とは思えないことばかりで」
「不満かい」
そう言うと3人とも首をふって、
「楽しいです。色々なことを覚えられて給金をいただけるのですから」
やはりこの3人に任せることが出来るなと思いながら捕まえて飼い慣らして雛がかえる度に農民に管理させ雑草などを取らせ増えれば食用として許可したりと忙しくしていると兄上に呼ばれた。
「最近また変なことを、網で鳥を捕まえたり牛を集めて請求が回ってきたりと」
「農民の作業を効率化するためです。マガモは田圃の水草を食べ牛は田畑を効率よく耕してくれます」
「マガモは良いが牛の購入は相談して決めよ」
そう言って行ってしまった。
またしばらくすると兄に呼ばれ、
「少しは布団に入れたか」
「全然足りませぬが前よりは」
「わかった元服し信照と名乗るが良い」
何で今さらと言う顔をすると拳骨が落ちてきて悶絶する。
「あの時元服させれば突っ走りすぎて悪い結果を生む可能性が大きかったからな、今は人の使い方がましになったからな」
そう言うと数日後に加冠の儀を行い信照と名乗った。
「小十郎素晴らしいですね」
市ねえ様やお犬も祝ってくれ幸せな一時を過ごしていると兄上から、
「鉄砲も20丁と未々だが鉄砲奉行として4人の他に与力として滝川一益と利益をつける」
「それについてお願いが」
兄上の眉が動く、
「利益をわが配下に」
未だに前田ではなく滝川なのでお願いをする。
「元服のわがままとして目をつぶる」
そう言われてお大きく礼を言って二人から挨拶を受けた。
「滝川一益にございます。信照様にはよろしくお願いします」
「滝川利益、子守りは面倒にございます」
前と同じだなと思い慌てる一益を止め鉄砲を放り投げる。
「鉄砲だな田舎の織田によくこんなのが」
「利益、口を開けばぐちばかりいい加減にせい」
「すいません愚痴じゃなく本当のことですから」
その言葉に激怒した一益が刀を抜くのを止めて逃げていった慶次郎を見送り本題にはいる。
「順次鉄砲は増えていくので基本的な操作を覚えさせ教えられるように育ててくれ」
そう言うと扱いや清掃そして早合の作り方まで教えられることは全て紙に書いて準備しており説明をして育成を一益に一任した。
「慶次郎、狩りに行くぞ」
朝起きて軽く食事を済ませて呼ぶと顔をだす。
「ケチケチせず弾も火薬もくれ」
「いくらすると思ってるんだよ、こんだけだぞ」
自分の使用量はおいといて慶次郎を呼び出す口実に使っており実際来年には取れるであろう硝石等の材料が堺経由だと恐ろしく高く、弾も獲物からほじくりだしており自分でも貧乏臭いと思うが慶次郎に任せると獲物は多いがさいげんなく射つのもある。
馬に乗って領内を走り回り害獣駆除で倒しては足の片方だけを城に届けるように言って残りは分けて鍋で食べるようにしており、最初の頃は山の動物を食べることに抵抗はあったが、その度に鍋でごった煮を作り食べさせ美味しいとわかると2度目からは歓迎を受けた。
「殿のお呼びだすぐに登城せよ」
主だった者に至急集まるようにと言われ作業を中断して馬で城へ向かう、
「この時期って、山口親子か」
忙しすぎて裏切りのことを忘れており兄上が怒っているのが目に見えてる。
そう思いながら新規の作業や現在進行中の作業工程などを考えながら末席に座り兄上が入ってくると上の空で頭を下げ山口親子の件を小耳にはさみながら忘れたことを思いだし忘れずにと考えていると目の前が暗くなった。
いつの間にか静まり返っており目の前は兄上のと思いながら顔をあげずに、
「山口親子は直ぐには出来ませんが偽の書状で今川方を疑心暗鬼にしてしまうのが得策かと」
「寝ているのかと思うたが」
「寝てません、山口と聞いて直ぐにどうこう出来ないと思い思い出した事を、あっ」
思わずしゃべってしまい上からの拳骨を予測して後ろへ飛ぶと兄上は空振り空いた手で太刀を取ろうとしている。
そのまま庭に出て逃げる経路を考えていたので松に向けて走り後ろの恐怖から足で松の幹を踏みつけ壁の向こうへ飛んだ。
着地に失敗して転がりながら立ち上がり振り向くと兄上が怒りの顔で壁を飛んで来ており鬼神に迫るその迫力に力が抜けその場で尻餅をついた。
「小十郎」
その言葉を聞いてもうどうにでもしてくださいと思いその場に寝転ぶと踏み間違えたのかわざとなのか知らないが着地した瞬間前転して背中から落ちてきた。
無防備なお腹に落ちて悲鳴も途切れチビった自分の上に兄上は座り上からのぞいてくる。
「煮るなり焼くなりお好きなように」
そう叫ぶとおでこに拳が落ち涙があふれる。
「未だ何かあるか」
そう言われてむしゃくしゃしてきたので横を向いた。
「誰に似たのか」
だんだん腹が立ってきて兄上ですと心で叫びほっぺを膨らませていると、
「兄上も小十郎も何をしておるのですか」
その声は市ねえ様だが口を結んで動かず兄上から、
「小十郎が駄々をこねてるからな聞いているところだ」
そうすると市ねえ様が顔をのぞいてきた。
「兄上ににて頑固な顔ですね」
「違います。兄上のは自分勝手で小十郎はわがままなだけです」
兄上は怒ったようで動くが、
「兄上お止めください、小十郎にも訳があるのですよ」
どう言うと頭を無理矢理つかんで顔を前に向け怒る兄上に向かい合った。
言えというジェスチャーに、
「名古屋と言っても尾張の半分にも満たず、西には今川と手先の山口すぐ上には結んだとは言え信友そして道三、そして内には」
「言うな」
信行の名前を言うことを止められる。
「兄上は私を含め身内に優しすぎます。外の敵に対して一丸で当たらなければならないのに」
「親兄弟を殺めれば兄弟でさえ疑うことになる。ましてや家臣は何のつながりも持たぬゆえ大切にせねばならぬ」
兄上は優しく言うのをわかるが素直になれない自分がいる。
「小十郎は兄が好きなんですね、だからこそ何とかしたくて兄上にわがままを、でも父上とは違うのですよ小十郎」
そう言われて父に甘えたかったその延長でと言うのに気がつき大きくため息をついた。
「兄上も小十郎には説明を、少しでもわかれば十分わかりますからね」
「わかった。市にはかなわんな小十郎」
「はい、ありがとうございます。姉上」
そう言うと兄上が起こしてくれみんなで笑顔になるが犬が仲間外れになったと勘違いしてなだめるのに苦労をした。