悲壮な覚悟
「信玄の本隊だな」
遠眼鏡で確認したが大井川は未だに荒れており水量も減らずにいる。
「先に後ろを叩くか」
二俣に三枝虎吉と昌貞の親子が3千の兵で包囲したと連絡が来ておりどうするかと迷ったが川の状況から西へ、そして北西へと進み鷲尾と忠勝そして慶次郎に夜襲を命じながら行軍をする。
「昌貞なら気がつくが今日で4日目、疲れも出始めているだろう」
二俣城は天竜川のすぐ脇に築城され大手門は急な階段の上であり、鉄砲で一方的に射ち下ろすことが出来る。
3千は昌景率いる赤備えと合流して攻城を行うはずが主将と副将を失い撤退してきたので吸収して攻められてないと言うこと、伝わるまで大井川のせいで未だにだろうと言うことで騎兵で夜襲をかけ、二俣城には中根と高木がこもっておりそれに呼応して出陣した。
三枝は必死に防いでいる。
鷲尾の騎馬隊は東から北へまわり三枝を攻撃し西の二俣城から高木が出陣してくる。
必死に防ぎ耐えていたがこちらの本隊が到着し西から攻撃をすると南は天竜川に阻まれ追い込まれていく、
「飛び込んだか」
未だに濁流の大井川よりも川幅も水量も多いこの川は容赦なく武田を飲み込み洗い流してしまった。
「降伏をすれば良いものを」
慶次郎は河口まで流れていく濁流を見ながら私を見る。
「武田の意地だろう、いきればまだ次があるかもなのにな」
そう言ってると北から武田勢が現れた。
「真田かタッチの差だな」
思わず呟き進み出ると信綱に、
「三枝は逃れるために天竜に飲まれた。大人しく引かぬか」
そう言うと歯を食い縛り、
「そうしたいが御館様からの再度の命令を遂行するのみ」
そう言うと魚鱗の陣にかえるのでこちらは中心に鉄砲を揃えその後ろに長槍を左は二俣城で右側に鷲尾の騎馬隊を並べた。
「武田の意地を見せよ、昌景殿に胸を張れるようにな」
半数以上は赤備えであり仕える主を失くしているが決意のこもった顔で怒号をあげると突撃してきた。
「恐ろしいであろう、しかし命令があるまで我慢しろ」
兼松が鉄砲隊の足軽に声を上げて伝え待機させる。
すぐ後ろに長槍がくっつき斜めにつきだして接近されたときの槍衾で鉄砲を守ろうとしている。
さあと思った瞬間に右翼の騎馬から1騎走り出した。
「慶次郎」
わかってはいたが決着をつけたいと兼松がこちらを見るので首をふって命令を伝えた。
「殿、それでは」
「かまわん、慶次郎も承知で走らせたのだからな、ためらって負けたらどっちにしろ泣いて馬謖を切るだ」
そう言って斜めに横断する慶次郎に気がついた信綱が大太刀を構えて迎え撃った。
「はなて」
兼松の命令に赤備えに向け次々と鉛弾が命中する。
「装填、慌てなくてよい3発当たれば誰でも倒れる」
早合ですぐに装填を終えてかまえると一斉に引き金を引いた。
「火事場の糞力だな」
3匁半の鉄砲をくらい速度は落ちたがこちらへ一歩また一歩と赤備えはせまり味方は動揺し始めて必死に装填する。
「城の防御用の2匁から3匁だと厳しいですな」
旧い物は防御用にまわしており率いている鉄砲隊は6千全てが最新の3匁半であり銃身も伸びており射程も破壊力も上がっており3発目で半数以上が倒れ槍を支えに立ち上がろうとしているが4発目で倒れ去った。
「半蔵、生き残ったものは捕らえ手当てをせよ」
忠次がこちらを見るので、
「わが軍に組み入れたい」
そう言うと馬を進めて慶次郎と信綱の一騎討ちを観戦する。
「殿、どうされますか」
忠勝が聞いてくるので鉄砲を準備して火縄に火を入れるだけの準備をしてただ見つめた。
「パキン」
大太刀が不意に折れ呆然とする信綱に慶次郎は、
「どうする武器をかえるか」
そう聞くと周りを見て部下達が破れたことを知って首をふると鎧通しを抜いたので私はそれを狙って引き金をしぼった。
折れる音がして鎧通しが折れて吹っ飛びこちらを見てにらむ、
「すまぬな死んでもらうわけにはいかぬ、部下達も1500程治療を受けている」
そう言って捕らえさせると浜松へ送った。
「さあ大井川に戻るぞ」
後顧之憂なく信玄との決戦に望めると思い左近に合流すると未だに渡河出来ずにおり何処で決戦を行うかと評定を行っていると駿府へ撤退を開始したようだった。
「謙信が善光寺に出陣したと言うことです」
兄上経由で上杉に前から攻めてくれるように頼んでいたのでようやくと思いながら大井川が落ち着くと馬場美濃守が使者としてこちらにやって来た。
「停戦をしたいと言われるか」
不死身の美濃と呼ばれた懐かしい男がおりかわらぬなと思いながら、
「我々が攻めましたが飯田経由で二俣城を攻めている武田勢にも撤退をさせます」
大井川を渡っての知らせは未だに復活してないのは百地の忍の働きでありわかっていたが伝えなければならない事に難しい顔をしながら馬場に、
「聞いているであろうが山県殿が亡くなり三枝が二俣を攻めており真田の赤備えが合流して戦っていると認識をされているのですね」
「そうだが」
「三枝は逆包囲され天竜川に逃れ濁流に、真田は直ぐ後に到着しました。そして三枝への援軍が間に合わなかったと知って突撃し壊滅しました」
そう言うと馬場の顔が赤くなり目を閉じたあと、
「そうですか別動隊が全滅とは、それでは」
「田中城と花沢城の割譲なら、こちらは上杉と呼応して駿河をとれば良いだけのこと」
そう言うとそれしかないと馬場も了承し、
「御館様には事後承諾をする」
そう言うと急ぎ戻り、こちらは大井川の渡河を始めて馬場が戻ってくると2城を明け渡した。
「山県や三枝等の部将もだが赤備えを含め8千の損害に武田は耐えられないだろう」
論功を終えて田中城には忠勝を花沢城には守綱を入れて最前線を任せる。
奇襲で混乱させるはずだった三枝や山県の損失は生産量の低下と死んだ者への補償として武田に重くのしかかり数年は動きたくても動けない状況になるだろうと思いながら岐阜へと馬を走らせた。
「であるか」
戦いの説明をして兄上は返事をすると恒興(池田)が、
「小十郎殿、それでは上杉と共に攻めれば滅ぼせたのでは」
「未だ武田の命脈は尽きておりませぬ、北条が加わるならと思いましたが当主の氏政は武田に手痛い傷を追わされ同意しませんでしたから」
「いずれにせよ東は権六の一向衆以外ほっておく、長島を攻める。小十郎船は問題ないか」
「安宅船と関船を多数建造終わっており周辺の港の船も強引に命令して長島に浮かぶ船は少ないと思います」
「予定通り兵糧攻めで壊滅します」
「小十郎を総大将として攻めよ」
1万8千の三河勢と尾張と美濃の兵をあわせて3万6千を与力として長島へと向かった。
「追い込めば良い、無理してた押すな」
周辺を焼き払い砦等に逃げた敵は鉄砲で射ち牽制している間に火矢と投擲器で炸裂弾を投げ込み火災を起こさせ長島へと追い込んでいく、
「ほとんどの砦は落とし長島ともう一つの城のみ」
周辺には安宅船と関船を入れて往き来しようとする船を攻撃し更に追い込み3ヶ月が過ぎた。
「兄上から早く終わらせろか」
もう一つの城に向け安宅船に始めて搭載した大砲を打ち込み火をつけると降伏をしてくる。
「長島に逃げてもよいと言われるか」
「ああ、全員速やかに」
交渉の坊主は驚きながらも直ぐにと戻っていく、
「上様から早くと言われてますが」
「被害は最小でするつもりだ、あれで長島には12万位は入ったろう」
そう言ってると馬のいななきと慌てる家臣に大きくため息をついて出迎えた。
「兄上は短気すぎますよ、たかだか3ヶ月、あと1ヶ月あれば長島も自然と落ちます」
「であるか」
城から出て長島城へと向かう坊主や門徒を見て兄上が、
「石山も同じか」
「毛利も海から兵糧を運び込んでおり港を封鎖しなければなりません、安宅船より大きいのは来年始めには5隻、それからです」
「わかった。光秀には丹波攻略を急がせる。権六は相変わらずだが」
「ほっときましょう、負けて越前をとられてもしばらくの間だけです」
権六には攻めずに守って一切手出しはするなと言っているが、
「小十郎殿にはこの状況がわからぬ、城下まで攻められてなにもするなと、頭がおかしいのでは」
そう言っているらしくほっとている。
「細川には浅井を与力に日本海側を山名を取り込み攻撃をしている」
兄上から私が作成した地図を見ながら石山と毛利との戦いに意識を向け始めた。
兄上は戻り長島は食べるものは草さえなく悲惨な状況だが私は降伏をしてくる門徒や僧侶を長島に戻していると頃合いを見て城の周囲から火を放ち、それを見た直哉や美奈子が、
「こんなこと許されるの」
「さすがにお前が怖いよ」
私は燃える城を見ながら、
「言い分けはしないがこれが戦国であり一向一揆を潰すのに味方の損害が少ない方法だ」
「じゃあ、延暦寺の焼き討ちも」
「それを回避するため速攻で朝倉と浅井を落としたんだ、でも丹波の波多野との争いに手を出してくるからもしかしたらだな」
「波多野を速攻で攻め落とせば良いだけじゃ」
「光秀が戦っているからな、損害を出さぬように」
他の部将の戦いに直接口を出すほど無神経ではない、口を出せば兄上に対すると言われかねないのもこの時代の一端でありそれを説明してもなかなか理解できない、
「回避には努力するが兄上のやることに否定はするつもりはないよ」
そう言って長島を平定すると浜松に戻った。
「今年1年ご苦労だった、ゆっくりと楽しんでくれ」
忘年会ではないが食事と酒を振る舞い慰労と感謝をする。
「武田は上杉をはねのけたが損害が大きく、特に南信濃と甲斐の北西と駿河の東が特に人的被害が大きく春への畑の労働が足らなく荒れているようです」
百地の情報に安堵しながらも信玄との決着と武田の領地の攻略をどうするかと考えながら酒をのみ楽しんだ。
「我々は武田との決戦が未だに無いと言うことは西へと遠征を繰り返させられると言うことですか」
守綱(渡辺)から聞かれて、
「その為に足軽を増やし農兵を減らしている。守るには農兵が主体だが攻めるのは1万2千の足軽であり皆には苦労かけるが頼むぞ」
そう言うと家臣達は一斉に頭を下げお互い大いに声をあげ喜んだ。
「水野殿、感謝する」
母上と弟、後の土井家を継ぐ弟を産まれる前に引き取っており母親共々浜松で暮らしており私の家臣として組み込まれた義父に感謝の言葉をかける。
「正室が松平であろう、なかなか気が強くてな感謝する小十郎殿」
水野は旗本として本陣の守りをになっており安心できる一人で細かい事もそつなくしてくれ助かっている。
「これからもお願いします義父」
そしてもう一人呼ぶ、
「正信(本多)わかっているはず」
長島の件で正信は門徒の一人として納得出来ないと思い浜松に留守居役として残したがそれを怒っているのがわかる。
「殿には気を使っていただくのはよいですがそれではけじめがつきませぬ」
顔色も顔つきも普通と変わらないがそれだからこそ怒っているのがわかる。
「正信、殿が気を使っているのを何を言うか」
忠勝が怒るのを止めて、
「忠勝、正信の言うこと私はもっともだと思う、こう言ってくれる者は私にとってはありがたい、忠勝も思うことがあれば言ってくれ」
そう言うと頷き正信に頭を下げた。
「正信、何時でも私の所に意見があるなら来ることを許す」
そう言うと頭を下げ私がついだ酒を飲み干した。