第97話『火の海』
「皆さん、正確に……そして、スピーディーに仕事をこなしてください。では、作戦開始!」
その言葉を皮切りに、幾つもの風が私の横を駆け抜けて行った。
「狂戦士化5%……|《狂戦乱舞》!」
「《愛の鞭》」
「ねぇー、僕達にもなんか格好いい技名ないかなー?」
『技名はわざわざ考えるものではないぞ。レオン達が口にしたのは、スキル名だ』
「俺っち達がスキル使ったら、オーバーキルでしょ〜」
レオンさんとリアムさんに先手を譲った彼らは、呑気に会話を交わしている。
『相変わらず、緊急感皆無だな』と呆れる私の前で、三馬鹿はふと顔を上げた。
その視線の先には、小さなヒビの入った透明な結界が。
「んじゃ、俺っち達も行こうか〜」
そう言うが早いか、徳正さんは妖刀マサムネを軽く振った。
シムナさんやラルカさんも、それぞれ武器を振るい────一瞬で結界を粉々にする。
月明かりに照らされてキラキラと光る結界の破片を他所に、炎の海はこちらへ雪崩込んできた。
長い間、密閉空間に閉じ込められていたからか肌にまとわりつく熱気はこれまでと比べ物にならない。
『炎の近くに居るだけで、これって……』と唖然とする中、シムナさん達は僅かに眉を顰めた。
「うわぁ……あっつー!」
『サウナみたいな暑さだな』
「火元の温度は一体、どれくらいなんだろうね」
「んな呑気なことを言っている場合か!!火の海が直ぐそこまで来ているんだぞ!!今はアレをどうやって回避するか、考え……」
「まあまあ、落ち着きなって〜」
『考えるべきだ』と続ける筈だっただろうレオンさんの言葉を遮り、徳正さんはヘラリと笑う。
「あんなのジャンプすれば躱せるし、問題ないよ〜。てことで、俺っちはラーちゃんを保護するから。レオンくんとリアムくんのことはよろしくね、シムナ、ラルカ〜」
「えー!面倒くさーい!」
『まあ、そう言うな。これも仕事のうちだ』
目の前まで差し迫った火の海を前に、三馬鹿は行動へ出る。
シムナさんは渋々といった様子だが、仕事を投げ出すことはなかった。
ブツブツと文句を言いながらも、こなしている。
その様子を微笑ましく見ていると、徳正さんが私を小脇に担いだ。
かと思えば、軽く地面を蹴り上げる。
嗚呼、もう地面があんな遠くに。
『ある意味落下スピードより早いんじゃないか?』と思案する中、火の海が私達の居た場所を飲み込んだ。
ナイトタイムで少し地面が冷えていたのか、ジューッと音を立てて白い煙を上げる。
「お〜。これは凄いね〜。あんなのまともに食らっていたら、ちょっとやばかったかも〜」
職業別ランキング一位に君臨するあの徳正さんでさえ、『ちょっとやばい』と口にした火の海。
その脅威は……いや、熱気は上空に居る私達のところまで、届いていた。
結構距離が離れているのに、この暑さ……これは着地した時、やばそうだな────って、ん!?着地した時!?
ここに来て大事なことに気が付き、私は目を剥く。
だって、このまま行けば私達は────あの火の海の中に飛び込まなければならないら。
『いや、どう考えても死ぬ!』と危機感を抱き、私は顔を上げた。
「徳正さん!着地の方法とか、炎対策とかって考えてあります!?」
半泣き状態で質問をぶつけると、徳正さんは『あっ……』と声を漏らす。
どうやら、彼も着地のことは考えていなかったらしい。
うん、何となくそんな気はしていた!!
「え〜っと、え〜っと……あっ!『グリュプスの笛』でグリフォンを呼び出して、安全な場所まで退避するのはどう〜!?」
「悪くない提案ですが、グリフォンの背中に六人も乗れませんよ!」
「じゃ、じゃあ……着地する寸前に結界を張って炎との接触を拒むのは!?」
「あの炎がどれだけのダメージ量を持っているのか分からない今、結界で防ぎ切れる自信がありません……博打に近い案です」
「じゃ、じゃあ!俺っちの影魔法で、炎を呑み込むのは!?」
「炎などの自ら光を放つ物体に、影はありません。それに今、徳正さんの影は火の海の影響で消えてしまっていますし……」
『まず、影さんを呼び出せない』と指摘する私に、徳正さんはダラダラと冷や汗を流す。
いよいよ、本格的に焦りを覚えてきたようだ。
それは私も同じだが。
全員助かる道はないの……!?誰かを犠牲にしなきゃ、ダメ……!?
一番助かる可能性の高いグリフォンを思い浮かべ、私は『どうする!?』と自分に問い掛ける。
『三人は背中で、もう三人が足にぶら下がれば……』と迷走を始める中、不意に
「────《シールド》!」
聞き覚えのない声が、耳を掠めた。
かも思えば、私達の足元に半透明の壁……いや、床が現れる。
それは火の海を押し潰すように、上へ乗っかった。
あれは……結界!?あの炎に焼かれても微動打にしないなんて、凄い強度だ……!
でも、一体誰がこんなことを……!?いや、それよりもまずは────
「皆さん、そのまま下に降りてください!どうやら、誰かが結界を張ってくれたみたいです!」




