第74話『治療の前に問題発生!?』
「とりあえず、皆さんの怪我を治療しましょうか。前衛メンバーの捕獲には、まだ少し時間が掛かりそうなので」
珍しく慎重に動いているシムナさんを一瞥し、私は後衛メンバーに声を掛けた。
彼らも前衛メンバーほどではないにしろ、深手を負っているから。
前衛メンバーがここに運び込まれたら、そっちの治療を優先しなければならない。
だから、今のうちに後衛メンバーの治療をしておきたかった。
「あの……お気持ちは嬉しいんですが、私達の治療は結構です。前衛メンバーの治療をして頂けるだけで、充分ですから……」
「この程度の傷、日常茶飯事ですし、放っておけば直ぐに治ります!ですので、私達の治療は……」
「────強がらなくても、大丈夫ですよ。本当はもうほとんどHPが残っていないのでしょう?確かにどの傷も大したことありませんが、数が数ですから。嫌でも、HPは減ります。あなた方の様子を見る限り、残りHPは最大HPの1/4以下と言ったところでしょうか?」
「っ……!!」
「そ、それは……」
「我慢はいけませんよ。ほら、早く傷を見せてください」
ぐうの音も出ない様子の彼らに、私は『ほら、傷を見せてください』と促す。
ここで痩せ我慢しても、いいことは一つもないから。
でも、彼らはまだ迷いを捨て切れないのか……視線を右往左往させていた。
「遠慮なんて、必要ないよ〜。なんてったって、ウチの回復師は職業別ランキング一位の子だからね〜。君らの怪我を治した程度で、バテる訳ないじゃん〜。負担なんて大して掛かんないよ〜」
徳正さんは敢えて私の肩書きを明かし、『頼っても全然大丈夫』と太鼓判を押す。
『なるほど、その手があったか』と感心する私に、彼はウィンクしてきた。
────と、ここで思わぬ問題が発生する。
「ねぇ、職業別ランキング一位の回復師って確か……」
「勇者パーティー────『サムヒーロー』に所属していた凄い人だよね!?」
「今は『虐殺の紅月』って言うPK集団に加入しているって聞いたけど……まさか、ラミエルさんがあの“叛逆の堕天使”!?」
「ちょっ!声が大きいって!その二つ名は皮肉の込められたものだから、本人の前で言っちゃダメ!」
「あっ、ごめん……」
「でも、ラミエルさんが本当に職業別ランキング一位の回復師だとしたら、その隣に居る忍者って────“影の疾走者”……?」
芋づる式に私達の正体がバレ、後衛メンバーは顔を見合わせる。
戸惑いを隠し切れない彼らを前に、私は頭を抱えた。
警戒心剥き出しだった彼らを変に刺激しないよう、敢えて所属パーティーのことは黙っていたんだけど……その努力は見事泡となって消えた。
まあ、徳正さんも悪気があった訳じゃないと思うから別にいいんだけど。
『ごめんね』ポーズを取る徳正さんに一つ頷き、私は小さく息を吐いた。
さて、どうしようか……きっと、彼らは私達のことを警戒するよね。
最悪の場合、『今すぐここから出て行け』と言われるかもしれない。
肉体的にも精神的にも追い込まれている彼らに、『PKをする気は無い』と伝えても馬に念仏だろうし……。
『いっそ、ポーションだけ渡して立ち去るか?』と思い悩んでいると、金髪碧眼の美女と目が合った。
「あの、二つお聞きしたいことがあります。よろしいですか?」
「は、はい……」
「ラミエルさんとその男性は、『虐殺の紅月』に所属する“叛逆の堕天使”と“影の疾走者”で間違いありませんか?」
「……はい、間違いありません。私と徳正さんは『虐殺の紅月』に所属するプレイヤーキラーです」
一瞬嘘で誤魔化してしまおうかと思ったが、彼女の真っ直ぐな瞳を見て罪悪感に駆られてしまい……私は正直に認めた。
でも、彼女の反応を見るのが怖くて……下を向く。
別に後ろめたいことがある訳じゃない。
私達『虐殺の紅月』はFROがデスゲームと化してから、一度もPKを行っていないし、必要以上に戦闘もしていない。
それどころか、人助けのために動いている始末。
だから、ただ真っ直ぐ前を見て堂々としていれば良いのに……私にはそれが出来なかった。
別に『虐殺の紅月』の一員であることを恥じている訳ではない。
私にとって、『虐殺の紅月』は最高のパーティーで、家族みたいな存在だから。
ただ……あんなにも真っ直ぐで、強い優しさと信念を持った人に拒絶されるのが怖かった。
ギュッと胸元を握り締め不安を誤魔化していると、徳正さんが何も言わずに腰を抱き寄せる。
布越しに伝わってくる温もりは、よく知っているものだった。
「では、もう一つだけ聞かせてください。ラミエルさんは……いえ、『虐殺の紅月』の皆さんは私達を殺すためにここに来たんですか?それとも────助けるために、ここへ来てくれたんですか?」
「!?」
まさかの質問にハッとする私は、『色眼鏡を通して見ていたのはこっちだ』と気づく。
と同時に、沈んでいた気持ちが一気に軽くなり、不安も溶けた。
ゆっくりと顔を上げ、私は真っ直ぐに空色の瞳を見つめ返す。
「────助けるために来た、に決まってます」
迷わず断言すると、金髪碧眼の美女はゆるりと口角を上げた。
女神と比喩すべき美しい笑みを振り撒きながら、赤い唇を開く。
「なら、問題ないですね。是非、私達の治療をお願いします。私は弓使いのデーリアです。ラミエルさん、徳正さん、よろしくお願いします」
ここでようやく自分の名を名乗った金髪碧眼の美女────改め、デーリアさんはその場で優雅にお辞儀した。




