第73話『妥協が命の危険に直結する』
「これより、一般プレイヤーの保護及びゴーレムの討伐を開始します。各自、与えられた役割を全うしてください」
そう号令を掛けると、彼らは散り散りになって動き出した。
レオンさんとラルカさんは一番近くに居るファイアゴーレムの元へ、シムナさんは自分勝手なプレイを繰り返す前衛メンバーの元へ急ぐ。
そして、私と徳正さんはある程度話の通じそうな後衛メンバーの元へ向かった。
とりあえず彼らに事情を話して、怪我の治療をしないと……!
チームを組んでいる訳じゃないからHPバーは見えないけど、怪我の状態を見る限り相当深手を負っている筈……!そのまま放置するのは、危険だ!
私は早速前衛メンバーの捕獲を始めたシムナさんを横目で捉えつつ、後衛メンバーの元へ駆けつけた。
「回復師のラミエルです!怪我人の治療と保護をしに来ました!私の仲間達がゴーレムを討伐するまで、私の指示に従ってください!」
「死にたくなかったら、ラーちゃんの指示に従ってね〜」
救いの手を差し伸べる私達に、後衛メンバーの五人は困惑を示す。
判断を迷っているのか、互いに顔を見合わせうんともすんとも言わなかった。
まあ、突如現れたプレイヤーに『助けるから指示に従え』と言われても直ぐには納得出来ないよね。
でも、こちらの提案を即座に切り捨てない様子から、交渉の余地はあると見れる。
きっと、死ぬかどうかの瀬戸際に立っている自覚はあるのだろう。
藁にもすがる思いで、私の提案を呑んでくる可能性は大いにあった。
とりあえず、先に怪我の治療だけして交渉を始めた方が良いかな?
『そうすれば、信頼度も上がる筈』と思案する中、相手チームの一人が恐る恐るといった様子で口を開く。
「あ、あの……!ウチのパーティーの前衛メンバーに横から、ちょっかいを出しているのも貴方のお仲間ですか……?」
「え?ええ、まあ……前衛を担う貴方のパーティーメンバーはみんな興奮状態で、話が通じるとは思えなかったので半ば無理やり戦闘から離脱させることにしました。もちろん、殺しはしません。多少手荒な手段になりますが、最終的には私が全回復させるのでご安心を」
「な、なっ……!?安心なんて、出来ません!大体、なんですか!あの無茶苦茶なやり方は!彼らはあれでも、怪我人なんです!もっと丁重に扱ってください!」
さっきまでオドオドしていたのが嘘のように、彼女は己の意見をしっかり口にした。
おまけにこっちを指さす余裕まである。
う〜ん……彼女の言いたいことは理解出来るし、ご尤もな意見だと思うんだけど……今はそんな余裕はないんだよね。
だって、私の見立てによれば前衛メンバーの残りHPは────全員100以下だから。
ゴーレムからの攻撃をあと一発でもまともに食らえば、即お陀仏だ。
正直いつ死んでも、おかしくない。むしろ、あの状態で生き残れているのが奇跡とも言える。
この金髪碧眼のお姉さんはきっと、仲間思いで優しい人なんだろうな。
でも、今その優しさは必要ない。今あるのは────生きるか死ぬかの二択だけだ。
強い意志を宿す空色の瞳を見つめ返し、私はわざと真顔になった。
「じゃあ、彼らを見殺しにしてもいいんですね?」
自分でも驚くほど単調で感情の籠っていない声を出すと、彼女はビクッと肩を震わせる。
「み、見殺し……?」
「はい、見殺しです」
「そ、そんなの絶対駄目です!!大体、何でそんな話になるんですか!?話が飛躍しすぎで……」
「いいえ、飛躍などしていません。これは現実的且つ当たり前の考えです。これを飛躍と言うのなら、実力行使以外の方法で彼らを戦線から離脱させる方法を教えてください」
「そ、それは話し合いか何かで……」
「数分間あなた方のやり取りを観察していましたが、前衛メンバーは後衛メンバーの話に耳を貸そうとすらしませんでしたよね?」
「っ……!!」
「今の彼らと話し合いが出来る、と貴方は本気で思っているのですか?」
「そ、それは……」
「私はそうは思いません。ここは実力行使に出るべきでしょう。この話を聞いても尚『丁寧な対応をしろ』と仰るのなら、自分達であの方々をどうにかしてください。我々も彼らの治療には手を貸しますが、治療に至るまでの流れや経緯に関してはあなた方に任せます。どうしますか?」
「っ……!!」
ツラツラと正論を並べる私に、金髪碧眼の美女は言葉を詰まらせる。
何が最善なのか理解しつつも、それを認められない自分が居るのだろう。
この人は恐らく、根っからの良い子ちゃんなのだ。だから、実力行使を良しとしない。
でも、ここで私の提案を断れば前衛メンバーは確実に死ぬと分かっているから、こちらの提案を跳ね除けることも出来ない。
まさに板挟み状態なのだ。
彼女には悪いが、この件に関して妥協するつもりはない。
何故なら、妥協が命の危険に直結するからだ。
もしも彼女の案を飲み、話し合いや交渉に手段を切り替えたとして……その間、前衛メンバーが無事である保証はどこにもなかった。
『全滅している可能性だってある』と考え、私は空色の瞳を強く見つめ返す。
すると、彼女は迷いを表すかのようにゆらゆらと瞳を揺らした。
「……分かり、ました……実力行使でお願いします」
数十秒間に渡る葛藤の末、彼女は絞り出すような弱々しい声で結論を述べた。
不本意ながらも従う姿勢を見せた彼女に、私は大きく頷く。
「承知いたしました。そのように対応します」
と言っても、既にシムナさんが何人か気絶させてるんだけどね……。
とは言わずに、彼女の選んだ結論を支持した。
苦虫を噛み潰したような顔で唇を噛み締める彼女を前に、私はシムナさんの方へ視線を移す。
ゴーレムを牽制しながら戦う彼は、上手に前衛メンバーを気絶させ、戦線から離脱させていた。
シムナさんにしては、かなり丁寧な戦い方だな。
特に前衛メンバーへ攻撃を加える際は、最新の注意を払っているみたいだし。
一生懸命、力加減しているのは伝わってきた。




