第6話『優しい起こし方』
まずは私達を襲ってきた理由や経緯を聞き出す必要が、あるんだけど……徳正さんが引き摺ってる五人は瀕死状態で、意識不明。
となると、私が神経毒で倒した三人から話を聞き出すしかない訳だが……三人ともぐっすり眠っていた。
『この毒、麻酔効果でもあるのかな?』と頭を捻りつつ、私は嘆息する。
これじゃあ誰からも話を聞けないよ、とでも言うように。
「どうします?これ……」
「ん〜?どうしようかねぇ〜?ただの逆恨みや鬱憤晴らしなら良いんだけど、どうもラーちゃんが関係してるみたいなんだよね〜」
「えっ?私ですか?」
「そうそう〜。なんか、回復師がどうのこうのって言ってたんだよね〜。だから、ちょっと無視は出来ないかなぁ〜」
ヘラリと笑う徳正さんは、引き摺ってきた五人をポイッとその場に投げ捨てた。
気を失っている男五人はまともに受け身も取れず、地面に転がる。
えっ?これ、大丈夫……?
既に瀕死状態の彼らを投げ捨てるなんて……まあ、徳正さんらしいといえばらしいけど。
『基本、仲間以外どうでもいい』と考えている徳正さんの人柄を思い浮かべ、私は苦笑する。
とりあえず、皆ギリギリ死んでないみたいだし、ある程度傷は治してあげるか。
さすがにこのまま放置していたら、危ないし……。
私は投げ捨てられた五人に歩み寄ると、その場で膝を折った。
「何するの〜?ラーちゃん」
トテトテと私の背後に回り、徳正さんはひょこっと顔を出す。
そして、気絶している彼らに手を翳す私に気づくと、眉を顰めた。
「そいつら、治すの〜?」
「え、ええ、まあ……瀕死状態で放置しておく訳には、いきませんから」
「ふ〜ん?ま、ラーちゃんがそうしたいなら良いけど。でも、全快はしないでね〜?反撃されても面倒だし〜。普通のヒール一回ずつで良いよ〜」
「分かりました」
間髪容れずに首を縦に振り、私は手元に視線を戻した。
と同時に、『ふぅ……』と軽く深呼吸。
ヒール程度なら、杖がなくても使用可能だ。
私は体内に渦巻く溢れんばかりの魔力を一部引き出し、それを右手へと集めた。
「《ヒール》」
そう呪文を唱えれば、絶え間なく溢れ出ていた血は止まり、貧血で少し青くなっていた顔色も元に戻った。
まあ、あくまで応急処置程度なので、無理をすればまた傷口が開くだろうが。
でも、私生活を送る分には問題なかった。
「やっぱ、ラーちゃんのヒールは凄いね〜。ただのヒールでここまで傷が塞がるなんてさ〜。俺っちの知り合いにも何人か回復師が居るけど、ここまで高度な治癒魔法は掛けられないよ〜」
「お褒め頂き、ありがとうございます……それで、その手は?」
「ん〜?だって、起こさないと話聞けないでしょ〜?」
今さっき治療……いや、応急処置を終えたばかりの敵の胸ぐらを掴み寄せ、右手を拳にする徳正さん。
殴って、無理矢理起こす気満々である。
い、いやいやいや!!殴って起こすって、そんな乱暴なこと出来ないよ……!!
「攻撃力の高い徳正さんが殴ったら、死んじゃいますって!!」
「え〜?そうなの〜?この子、弱過ぎない〜?」
徳正さんは掴み上げた敵の胸ぐらをパッと放し、地面に転がる彼を一瞥する。
そこに『心配』や『慈悲』と言った言葉は、なかった。
敵を物みたいに扱う徳正さんに注意する気も失せ、私は他の四人にも素早くヒールを施した。
「これでよし、っと……!」
私が倒した三人はただの神経毒────状態異常なので、命に別状はない。なので、ヒールを施す必要はなかった。
とりあえず、これで敵の死亡率がぐんっと下がった筈。まあ、徳正さんに殴られたら一発KOだけど。
「お疲れ、ラーちゃん〜。んで、どうするの〜?まさか、起きるまで待つなんて言わないよね〜?」
ヘラリと笑う徳正さんはその場にしゃがみこむと、気絶している敵の頬をツンツンとつついた。
さすがに暴力を振るう気は、ないらしい。
どうするって言われても……これはどうしようも……。
リーダーに集合を掛けられている私達は一刻も早くNo.5さんと合流して、リユニオンタウンに向かわなくてはならない。
そのため、彼らが起きるまで待つ余裕はなかった。
まあ、たとえ時間に余裕があったとしても飽き性で我慢弱い徳正さんなら、『待つ』なんて選択肢取らないと思うけど。
でも、起こすにしたって方法が……暴力は言うまでもなくNGだし……。
「う〜ん……あっ!そうだ!アレがあれば!」
ポンッと手を叩く私は、アイテムボックスからあるものを取り出した。
と同時に、敵を見下ろす。
「────えいっ!」
「!!?────ぷはっ!!な、何を……!?」
何の変哲もない冷水をぶっ掛けられた敵は、驚いて飛び起きる。
顔面から下半身にかけてびしょ濡れのまま辺りを見回し、目を白黒させていた。
「いやぁ、ラーちゃん考えたね〜。冷水ぶっ掛けるなんて、俺っちには思いつかなかったよ〜」
「よくドラマやアニメでこういうシーンがあったので、それを試してみただけですよ。成功するかどうか分かりませんでしたが、上手くいったみたいで安心しました」
この方法なら仮に失敗しても、相手にダメージはないため安全だと考えた。
まあ、冷水のせいで体は冷えてしまうが……それくらい、大目に見てくれてもいいだろう。
「ケホケホっ……気絶してる奴に水ぶっ掛けるとか、頭狂ってんのか?この女……!!」
びしょ濡れ状態の敵は唾を飛ばさんばかりの勢いで怒鳴り散らすと、憎々しげにこちらを睨みつけてくる。
これでもかなり優しい起こし方をしてあげたのに……そもそも、敵である貴方にとやかく言われる筋合いはないと思うんだけど。
あまりの言われようにムッとしていると、徳正さんに軽く肩を叩かれた。
『ここは俺っちに任せて』とでも言うように。
「ん〜?まあ、俺っちは別に君を殴って起こしても良かったんだよ〜?ただラーちゃんが『それはダメです』って止めたから、別の方法にしてあげただけ〜。で、その方法が水浴びなんだけど────君は水を浴びるより、俺っちに殴られた方が良かったのかな?」
「ひっ……!!」
小さい悲鳴をあげて怯え上がる敵に、徳正さんはヘラリと笑った。
セレンディバイトの瞳に、どことなく怒りを滲ませながら。
「水浴びより徳正さんのグーパンの方が良かったなら、すみません。余計なことをしました」
「えっ?あ、いや……!」
「あぁ、ちなみに徳正さんのグーパンはダメージ量が他のプレイヤーとは桁違いなのでお気をつけ下さい。恐らく、今の貴方では受け止めきれませんよ。一発KOです」
「い、一発KO……」
「それでもまだ水浴びに文句があるなら……」
「ない!!ないです!!俺が悪かったです!!水浴びで良かったです!!むしろ、水浴び出来て清々しい気分です!!ありがとうございました!!」
土下座せんばかりの勢いで謝ってくる敵に、私は苦笑を零した。
素直でよろしい。命拾いしたね。
ここで、もし『グーパンの方がマシ』と強がっていたら、徳正さんに殴られるところだったよ。
自分の出番が無くなったとボヤく徳正さんを一瞥し、私は小さく肩を竦める。
そして、地面にひれ伏す敵と向き合った。
「さて────私達を襲った理由と目的、それに至った経緯を話してもらいましょうか」