第59話『準備は万全に《アラクネ side》』
「あら?ラミエルちゃんが情報をかき集めてくれたみたいね。グループチャットに色々書いてあるわ」
不意にそう呟いたのは、ヴィエラさんだった。
カールがかった伽羅色の紙を耳に掛ける彼女の前で、私も『虐殺の紅月』のグルチャを開く。
すると、そこにはヴィエラさんの言う通りゴーレムの情報が。
「マップはさておき、このファイアゴーレム云々に関しては私達の方が詳しそうね」
「そ、そうですね……!!今、目の前に居ますし……!!」
そう────今、私達の目の前には魔法を扱うゴーレムの軍勢が立ちはだかっていた。
のろのろと動くゴーレム達を前に、私達は街の様子を眺める。
炎・氷・雷と様々な魔法を使うゴーレム達によって、街はあっさり壊れてしまった。
ある場所は火の海と化し、またある場所では吹雪が吹いている。
おかげで無事な建物はほとんど残っておらず……瓦礫だらけだった。
「さすがに酷いわね……空中に退避していて、正解だったわ」
「そ、そうですね……!」
こうして私達が無傷でいられるのは、ヴィエラさんの浮遊魔法で上空に退避したおかげ。
もちろん全く危険がない訳じゃないが、ゴーレムの魔法の餌食となっている地上に居るよりマシだった。
とはいえ────私達の目的は安全確保じゃなくて、ゴーレムの討伐。
このまま上空でぬくぬく過ごす訳にはいかない。
「ヴィ、ヴィエラさん!も、もうそろそろ……!」
「そうね。ゴーレムの攻撃パターンと強さも大体分かったことだし、狩りを始めましょうか」
「は、はい!」
コクコクと頷く私に対し、ヴィエラさんは穏やかな笑みを零す。
「じゃあ、打ち合わせ通りアラクネちゃんはプレイヤーの治療と避難誘導をお願いね。私はゴーレムを討伐してくるわ」
「は、はい!分かりました!」
正直、仲間以外のプレイヤーなんてどうでも良いけど、ゲーム攻略を狙うなら生存者は一人でも多い方が良い。
たとえ、それが街に引きこもる事しか出来ない役立たずであったとしても……後々役に立つかもしれないから。
それに多くのプレイヤーを助ければ、『虐殺の紅月』の株が上がる。
私達はただのPK集団じゃないと示すことが出来るかもしれない。
彼らを助ける理由はそれだけで十分だ。
「じゃあ、地上へ下ろすわよ。くれぐれも気をつけてね」
「は、はい!ヴィエラさんもお気を付けて!」
「ええ」
『何かあったら連絡してね』と言い、ヴィエラさんは転移魔法で私を地上に下ろした。
ここで風魔法を使わないあたり、実に彼女らしい。
降下中に攻撃されないよう、気を使ってくれたんだろうな。
『有り難い』と頬を緩めつつ、私は炎が渦巻く街中を見回した。
パチパチと音を立てて広がっていく火の手を見つめ、少しばかり考え込む。
空から見下ろしていた時は、『まだ大丈夫』だと高を括っていたけど……これは思ったより、不味いかもしれない。早くプレイヤーの避難と治療をしないと。
額に滲んだ冷や汗を無造作に拭い、私はダッと駆け出した。
確か、人が多く集まっていた場所は中央広場の噴水前!まずはそこに向かおう!
私はアイテムボックスから氷剣を取り出すと、おもむろにソレを構えた。
柄から感じるひんやりとした感覚を前に、前を見据える。
これは魔剣の一種……いや、魔剣もどきの剣で、氷結魔法が付与されている。
剣を一振りすれば、剣身に込められた氷結魔法が発動する仕組みだ。
ただこれは消耗系アイテムのため、蓄積された魔力を使い切れば剣もろとも砕け散る。
せっかく魔法使いのヴィエラさんが居るからと思って魔剣作りに挑戦してみたけど、鍛冶師じゃないと本物は作れないみたいだ。
調合師の私が作れるのは、せいぜいこの程度。
でも、非戦闘員の私が攻撃魔法を使えるのはかなりのアドバンテージだった。
ずっしりとした重さのある氷剣を持って、私は前へ進む。
が、早くも息切れに。
『一度アイテムボックスに氷剣を仕舞おうか』と悩む中、目の前に炎の壁が立ちはだかる。
ゆらゆらと風に揺れる炎は熱く、分厚かった。
早速だけど、氷剣の出番みたい……!!
指先がひんやりする氷剣をグッと握り締め、私は大きく踏み込んだ。
そして、横にスライドするように剣を振るう。
すると、剣の刃先から冷気の籠った白いものが飛び出し、炎の壁にぶつかった。
と同時に、炎は一瞬にして消し失せる。
その代わりとして、水蒸気がこの場を包み込んだ。
さすがはヴィエラさんの氷結魔法!たった一振りで、あれだけの炎を消してしまうなんて……!
氷剣の威力に『おお……!!』と一人感心しながらも、私は足を動かし続けた。
ここで止まることは許されない。
ここでの一分一秒が、街中に取り残されたプレイヤー達の命取りになるのだから。
助けると決めたからには、一人でも多くの人を救いたい。
確か、この大通りを抜けた先に中央広場がある筈!!早く行ってあげなきゃ!
私は己に課せられた役目を全うするべく、街中を駆け抜けた。
その上空で、ヴィエラさんは火炎魔法を放っている。
まるで手足のように炎を操る彼女を前に、私は走るスピードを上げた。
『私も頑張らないと!』と奮起しながら。




