第52話『業《セト side》』
結論から言えば、楽しそうに仲間と言葉を交わすラミエルが気に入らなかった。
俺だけ置いてけぼりで、ラミエルはどんどん前に進んでいる。
パーティーから追放されたことなんて、気にせずに……それがただ妬ましかった。
「なん、で……?セト」
懐かしいソプラノボイスが俺の名を呼んだ時、ラミエルはミノタウロスの集団に取り囲まれた。
「ラーちゃん!!」
先頭を歩いていた黒衣の忍びは、日本刀片手にミノタウロスの群れに突っ込む。
目に涙を浮かべながら……。
────ここからは本当に一瞬だった。
突然風が吹いたと思えば、牛頭人身の魔物は光の粒子と化していて……どれだけ目を凝らしても、生き残りなんて居なかった。
は、早すぎて何も見えなかった……。
あの忍者は一体どうやって、あの数のミノタウロスを倒したんだ……?
などと考えていると、大量の光の粒子の中からラミエルをお姫様抱っこした忍者が現れる。
腕に抱くラミエルを心配そうに見つめる彼は、こちらへ歩み寄ってきた。
『徳正、ラミエルの容態は?』
「命に別状はないよ。ただ、ミノタウロスに一発殴られたみたいで気絶してる。ポーションを飲ませたから、直ぐに良くなると思うけど……ごめんね、ラーちゃん。守れなかった」
懺悔にも似た謝罪を口にする黒衣の忍びは、悲しげな表情を浮かべた。
気絶しているラミエルに額を擦り付け、『ごめんね』と何度も繰り返す。
その行為は俺の心を抉った。
俺のせいでラミエルが……!別に危害を加えるつもりじゃなかったんだ!
ただ、体が勝手に……!!無意識にラミエルの肩を押していて……!!
俺、俺っ……!!
「────死ねよ」
「ぐはっ……!?」
怒りと憎しみの籠った声が耳を掠めたかと思えば、俺はいつの間にか床に転がっていた。
『何をされた?』『俺はどうして床に転がってるんだ?』と考える前に、美少年が俺の腹を踏み付ける。
そして、金の斧を振り翳した。
キラリと煌めく刃を前に、俺は一瞬で血の気が引く。
────やばい!本気で殺される!
そう確信するのに、そこまで時間はかからなかった。
「や、やめっ……」
「やだ。やめない。君はラミエルに怪我を負わせた。絶対に許さない。誰がなんと言おうと、絶対に殺す」
その幼い容姿からは考えられないほど、目が据わっている。
殺人に対する迷いなど、微塵も感じられなかった。
────あっ、これは死ぬ。
だって、今のこいつに俺の言葉は届かない。聞こうとすらしないだろう。
クソッ……何でだよ。結局、ラミエルは助かったじゃねぇーか。
別にそこまでする必要なんて……。
罪の意識よりも保身の方に思考が傾く俺は、自分が仕出かした事の重大さをきちんと理解していなかった。
だから────こうなってしまったんだろう。
「ぐぁっ……!!」
斧を胸に突き刺され、俺は額に脂汗を滲ませた。
ゲーム仕様で痛覚が鈍くなっているとはいえ、全く痛みを感じない訳じゃない。
これだけされれば、ちゃんと感じる。
『っ……!』と声にならない声を上げる俺は、目尻に涙を浮かべた。
が、美少年は止まらない。
今度は銀の斧を振り上げ、真っ直ぐにこちらを見据える。
「死ね」
顔から表情を消し去った美少年は、『これでトドメだ』と言わんばかりに勢いよく斧を振り下ろした────筈だった。
何故か斧が俺の体に触れることはなく、代わりに影が落ちてきた。
ビックリ顔を上げると、クマの着ぐるみを着用したプレイヤーが目に入る。
そいつは少年の斧を片手で受け止め、文章の書かれたホワイトボードを掲げた。
『やめろ。こんなことをしても、ラミエルは喜ばない。むしろ、悲しむ筈だ』
「っ……!!うるさい!!そんなことは分かってる!!でも、これだけのことをされて黙っていられるほど僕は寛容じゃない!」
『それは僕も同じだ。本音を言うと、今すぐこいつを殺してやりたい。でも、被害者であるラミエルがソレを望んでいないんだ。本人の望まないことをして、どうする?自己満のためにこいつを殺すのか?』
「自己満でも何でもいい!!僕はこいつを殺せれば、それで……!!」
さっきまでの無表情が嘘のように、少年は感情を露わにした。
肌を突き刺すような殺意と敵意に、俺は情けなく体が震える。
でも、それだけ強く思われているラミエルのことが凄く羨ましかった。
だって、これは全部ラミエルへの愛情の裏返しだから。
俺とラミエルは同じ土俵に居た筈なのに、何でこんなに違うんだろうな……。
俺もお前みたいになりたかった。
『隣の芝生は青く見える』とでも言うべきか、俺は現状に満足出来なかった。
幸せそうに笑うラミエルを見る度、自分と比較してしまうから……それで、勝手に腹を立てるんだ。
我ながらなんて理不尽で、自分勝手なんだろう?俺ってこんな奴だったっけ?
カインのワガママや横暴を嫌というほど見てきたのに、俺はこの身勝手な感情や考えを変えられない。
それが俺の────業だ。
『殺されても文句は言えない、か……』と半ば諦めの境地へ入る中、クマの着ぐるみはじっと少年を見つめる。
『そうか。じゃあ────ラミエルとの約束は破るんだな?』
と書かれたホワイトボードを突き出し、少年の反応を窺う。
すると、少年は見るからに動揺を示した。
ピタッと身動きを止める彼の前で、クマの着ぐるみはここぞとばかりに畳み掛ける。
『さっき、PKを我慢する約束をラミエルとしてただろ?いいのか?それを破って』
「……」
『せっかくラミエルを丸め込んで、ご褒美を用意したのにな。ラミエルのハグも頭ナデナデも、シムナは要らないって訳か。じゃあ、僕が代わりに貰おう』
「っ……!!ダメ!!絶対ダメ!!僕がご褒美、貰うんだもん!」
先程までの切迫した空気はどこへやら……ご褒美というパワーワードに、少年はあっさり屈した。
まだ表情は険しいものの、先程までのような荒々しさは感じない。
殺気だって、もうほとんどなかった。
あ、れ……?俺、もしかして……いや、もしかしなくても助かった……のか?
情緒不安定な美少年にまた命を狙われる可能性はあるが、とりあえず山場は越えたと見ていいだろう。
た、助かった……。
死の恐怖から解放された俺はホッと息を吐き出し、僅かに残ったHPをじっと見つめた。
あのままもう一発食らってたら確実に死んでたな、俺……。




