第51話『お強請り』
それから、約四時間後────ぐっすり眠っていた派遣メンバーを起こし、私達はウエストダンジョンから脱出するべく足を進めていた。
現在は第六階層である。
先程よりセト達が元気になったおかげか、それともモンスターホールを大量に作ったおかげか、かなり順調だった。
『これなら、直ぐに地上へ出られそう』と考えつつ、階段を目指して歩く。
ここから先には、もうモンスターホールがないから。
新たに作る手もあるけど、天井に穴を開けるとなると、それなりに手間と時間が掛かる。
派遣メンバーの脱出を最優先するなら、このまま階段を使った方が良かった。
「あ”ぁーーーー!雑魚狩りはいい加減、飽きたよー!もっと強い奴と戦いたーい!プレイヤーだと、尚よし!」
「いや、全然良くありませんよ。魔物はさておき、プレイヤーとは極力戦わないようにしてくださいね」
「えー!僕、もうそろそろ我慢の限界なんだけどー!」
「それでも、我慢してください」
ブーブー文句を垂れるシムナさんに、私はピシャリと言い放つ。
さすがにこればっかりは我慢しろとしか、言いようがなかった。
『妥協は出来ない』と思案する私の前で、シムナさんはムスッとする。
が、PKによるデメリットを理解してるため反論はしなかった。
その代わりに────予想外のことを口にする。
「むぅ……じゃあ、ちゃんと我慢するから後でハグしてねー!頭ナデナデしてくれたら、尚よし!」
「……へっ?」
ハグ?頭ナデナデ?私が?シムナさんに……?
えっ!?何で!?どうして、そうなった!?
シムナさんのことだから、『後で一発殴らせて』とか『僕のサンドバッグになって』とか言うと思ったのに!
シムナさんって、こんな甘えん坊だったっけ!?
『なんだ、このギャップは!?』と思案していると、先頭を歩く徳正さんがこちらを振り返った。
「え、え〜……?シムナ、抜け駆けはダメだよ〜。俺っちだって、ラーちゃんにハグとか頭ナデナデとかされたいのに〜」
「徳正はダメー。僕はPKを我慢するご褒美として、ハグしてもらうんだからー!」
「じゃあ、俺っちもPKを我慢するご褒美としてハグしてもらおう〜」
「ダメだよー!PK禁止なんて、徳正なら余裕で出来るでしょー!ご褒美に見合うことをしなきゃー!」
「ご褒美に見合うこと、ね〜。まあ、それは一理あるかな〜」
子供っぽい口論を繰り広げる徳正さんとシムナさんは、まるで兄弟のようである。
とてもじゃないが、ランカー同士の会話には見えない。
というか、あの……そもそも、私やるなんて言ってないからね!?
何故か、“やる”前提で話が進んでいるけど……!
拒絶するタイミングを完全に見失った私は、頭を抱える。
『何故、こうなった?』と自問しながら。
「とにかく、徳正はダメー!」
「え〜?どうしても〜?」
「どうしても!!だって、徳正がラミエルのことハグしたら犯罪じゃんー?セクハラじゃんー?だから、ダメー」
「えぇ〜……そこまで言われると、さすがの俺っちも傷ついちゃうよ〜?」
そっと眉尻を下げる徳正さんは、ちょっとだけ悲しそうに肩を落とした。
それでも、ミノタウロスの処理は忘れない。
ゴトンッと床に落ちたミノタウロスの頭部を前に、私は小さく肩を竦めた。
あともう少し進めば、階段だ。
第五階層からは上層エリアに差し掛かるため、死亡率はぐんと下がる。
派遣メンバーも安心して、進めるだろう。
先頭を歩く徳正さんの背中越しに階段を見つけ、私はホッと息を吐き出した。
今、思えばこれが良くなかったのかもしれない……。
安堵し、気が抜けたその一瞬を────私は狙われた。
「あっ、右からミノタウロスの集団が近付いて来てますね。階段に行く前に片付けておいた方が────えっ?」
右から差し迫ってくるミノタウロスの集団を注視しながら、歩いていると────突然、誰かに肩を押される。
体重の軽い私はあっさりバランスを崩し……気づけば、ミノタウロスの集団の中に放り込まれていた。
「────ラーちゃん!!」
徳正さんは焦ったような表情を浮かべ、悲鳴にも懇願にも似た声色で名前を呼んだ。
それを視界の端に捉えながら、私はじっと紺髪の青年を見つめる。
「なん、で……?────セト」
私を突き飛ばした人物、それは元パーティーメンバーのセトだった。
琥珀色の瞳は、ミノタウロスの集団に吸い込まれていく私のことをただ凝視している。
私を突き飛ばしたのはセトなのに、突き飛ばした本人が一番驚いているように見えた。
何で……?何でなの?私、セトに何かした?セトは私を殺したいほど、憎い?そんなに私のこと嫌いなの?
数え切れないほどの“何で”が脳内に渦巻く中、私の視界は牛頭人身の魔物で覆われる。
そして、次の瞬間────頭に強い衝撃が走った。




