第48話『予期せぬ再会《?? side》』
「私達は『紅蓮の夜叉』のギルドマスターである、ヘスティアさんに依頼を受けて来ました。もう大丈夫です。私達が責任を持って、貴方達を保護し地上まで送り届けます。なので、まずは皆さんの怪我を見せてください。私は回復師のラミエルです」
ラミ、エル……?
その名前には、聞き覚えがある。いや、むしろ聞き覚えしかないくらいだ。
だって、その名は……その女は俺達がパーティーから追い出した奴だから。
まあ、俺はもう『サムヒーロー』を辞めて『紅蓮の夜叉』に所属させてもらっているが……。
ラミエルの居ない『サムヒーロー』は以前より明らかにギスギスしていて、居心地が悪かった。
まあ、追放に賛成した俺が文句を言える立場でないことは理解しているが。
でも、だからって……これは一体、何の冗談なんだ?
俺は兜の向こう側に佇む女を見上げる。
サラリと揺れる長い茶髪、宝石のエメラルドを彷彿させる緑の瞳、耳に馴染む優しい声……一ヶ月前のあの頃と何一つ変わらない。
他人の傷を見て、痛そうな表情をする事さえも……本当に何一つ変わっていないんだ。以前のラミエルと。
『虐殺の紅月』に加入したと聞いた時はラミエルがグレたんじゃないかと心配になったが、杞憂だったみたいだな。
「今、傷を癒しますね────《ハイヒール》」
俺の傷を見てくしゃりと顔を歪めたラミエルは、詠唱を口にした。
すると、俺の傷は時間を巻き戻すようにみるみる塞がっていく。感じていた痛みや倦怠感も一気に払拭された。
相変わらず、ラミエルの治癒魔法は凄まじいな……詠唱一回でこの効力って。
並の回復師や神官じゃ、こうもいかない。
今、俺とチームアップしている神官だと、この傷を治すのに最低でも三回は重ね掛けする必要がある。
まあ、今は魔力切れで魔法すら使えない状態だがな。
それに神官は治癒専門の職業じゃない。聖魔法を扱う職業だ。
だから、別に神官の女が悪い訳じゃなかった。
そもそも、ラミエルは回復師ランキング一位のランカーだからな。
そんな奴と比べること自体、間違っているんだ。
「多分、もう全部治ってると思いますが……どこか痛むところは、ありませんか?」
鎧に覆われていない部分をキョロキョロと見回すラミエルは、治し残しがないか問うてくる。
ここも以前と変わらない。
ラミエルのみが使うことの出来るパーフェクトヒールを使った時も、治し残しがないかわざわざ聞いてくるからな。
そんなのある訳ないのに……仮にあったとしても、それはラミエルのせいじゃない。バグか何かのせいだ。
俺はフルフルと首を横に振って、ラミエルの質問に答えた。
本当は声を出して会話するべきなんだろうが、俺の声を聞いたらラミエルは正体に気づくかもしれない。
元パーティーメンバーのセト、だと。
そのとき、ラミエルがどんな表情をするのか……分からなかった。
少なくとも、再会を喜ぶことはないだろうな。
俺はラミエルから居場所を奪った、最低最悪のプレイヤーなんだから……。
俺は……カインにラミエル追放の件を提案された時、正直ホッとした。
『嗚呼、俺はもうラミエルを守らなくていいのか』と……『自由になれるんだ』と嬉しかった。
でも、別にラミエルのことが嫌いな訳じゃない。むしろ、好きな方だ。
優しくて明るくて……誰かのために動くことが出来る、本当に良い奴だったから。
一緒にいて凄く楽しかったし、何度も助けられた。
ただ、それと同時にラミエルを凄く邪魔に思っていた。
俺は大盾使いってだけで、ラミエルの護衛を押し付けられて……敵の攻撃がある度、ラミエルを後ろに庇って守らなきゃいけない。
敵のキルじゃなくて、ラミエルの守護を優先しないといけないんだ。
だから、どんどん仲間とのレベルの差が開いて行って……気づいたら、最近加入した新メンバーより下になっていた。
それがどうしようもなく、悔しくて……惨めで……情けなくて……。
いつしか、ラミエルのせいにするようになっていた。
言われなくても分かってる。ラミエルは何も悪くないってことくらい。
むしろ、俺の悩みを親身に聞いてくれて何か打開策がないか一緒に考えてくれた。
そんなすげぇ良い奴を……俺は自分勝手に、ワガママに────パーティーから追い出した。
間違っているのは、分かっていた。
自分がどれだけ酷いことをしたのかも、理解もしている。
でもっ……!!抗えなかった……!!自分の欲望に!!
だって、ラミエルを追い出せば守る奴が居なくなるから……そうすれば、俺もキルに集中することが出来るって思っていた。
でも、現実は全然違っていて……俺はラミエルの代わりにマヤを守るよう、カインに命じられた。
『魔法使いの大半は詠唱中無防備な状態になるから、そこを守れ』と命じられたんだ。
結論から言おう。
ラミエルを追い出しても、結局俺の願いは叶えられなかった。
守る対象が変わるだけで、役割は……現実は何一つ変わらなかったんだ。
俺は多分……世界で一番意味のないことをした。
そして、その意味のないことでラミエルを……傷つけた!ラミエルは何も悪くないのに……!
今でもラミエルの絶望した表情を思い出す度、胸が痛む……俺なんてことをしてしまったんだろう、と罪悪感に駆られて。
だから────『虐殺の紅月』で楽しそうに過ごす今のラミエルを見て、正直安心した。
「《ハイヒール》《ヒール》」
戦士のユヅルとヒナノにもそれぞれ治癒魔法を施し、ラミエルはおもむろに体を起こした。
そんなラミエルの背後に、黒衣の忍者────“影の疾走者”が回る。
「ラーちゃん、治療終わった〜?」
「ひょわっ!?ちょ、いきなり後ろに立たないでください!ビックリするじゃないですか!」
「あはは〜。ごめんごめん〜」
「絶対、『ごめん』なんて思ってませんよね?謝るなら、せめてもっと心を込めてください……それより、シパクトリの討伐は終わりましたか?」
「もちろん〜。ほら、シムナとラルカも戻ってきたよ〜」
その言葉を合図に、ブワァ!と風が巻き起こった。
かと思えば、一人の少年と一体の着ぐるみが姿を現す。
光の粒子と化したシパクトリの頭部と手足を投げ捨てる彼らの前で、俺は目を白黒させた。
この短時間で……それもたった二人だけで、あのシパクトリの集団を倒したと言うのか!?
『虐殺の紅月』はランカーばかりの最強集団だと聞いていたが、まさかこんなに強いなんて……。
噂によると、メンバーの何人かはレベルマックスらしいし……。
『異次元すぎる……』と驚愕する俺の前で、ラミエルは少年達の元へ駆け寄る。
そこに警戒心なんてものはなかった。
「シムナさん、ラルカさんお疲れ様です!お怪我はありませんか?」
「ないよー!僕らがそんなヘマやらかす訳ないじゃーん!」
『こんな雑魚相手に怪我を負う方が難しい』
「いや、中層魔物相手に無傷で勝つ方が難しいですって……まあ、ご無事で何よりですけど」
仲良さげに会話を交わすラミエルと少年達。その姿がやけに眩しく感じる。
────羨ましい。
俺は確かにそう感じた。
だって、まだパーティーを追放されてから半年も経っていないのに……新たな仲間を見つけて、笑い合っているんだから。
何となく、『薄情だな』と思ってしまった。
そんな一ヶ月ぽっちで乗り越えられるほど、俺達の存在は小さかったのかと思うと、悔しくて。
自分でも、無茶苦茶なことを言っている自覚はある。
俺に文句を言う権利がないのも、重々承知だ。
でも、すっかり新しいパーティーに馴染んでしまったラミエルを見ていると、怒りを隠し切れなかった。
だから────俺はラミエルに意地悪をしようと思った。本当にくだらない、ガキみたいな意地悪を……。
「久しぶりだな、ラミエル」
「!?────セ、ト……?」
わざとラミエルに声を掛けた俺は、ここぞとばかりに兜を取る。
すると、ラミエルがこれでもかというほど大きく目を見開いた。




