第45話『勝者は誰か』
「────ま、君が嫌って言っても無理やり遊ぶけどね〜」
徳正さんは腰に差した愛刀の柄に手をかけると、フラフラとした足取りで“渦神カリュブディス”に近づいた。
かと思えば────
「んじゃ、まあ……派手に暴れよっか〜!」
────一瞬で、姿を消した。
感じることが出来るのは、徳正さんの巻き起こす風と不気味な笑い声のみ。
ただ今回は普段と違って、足場が水面なので徳正さんの動きを水の振動である程度把握出来た。
まあ、把握することが出来ても徳正さんを捕らえるのは不可能だろうけど……“影の疾走者”の二つ名は伊達じゃない。
『これじゃあ、またサポート出来ないな』と肩を竦める私の前で、“渦神カリュブディス”は突然絶叫した。
どうやら、徳正さんに何かされたらしい。
『上から踏んづけられたとか?』と予想する中、私はとにかく暴れ回る“渦神カリュブディス”を観察する。
あれ?なんか……“渦神カリュブディス”の周りだけ、水が変色してる?
青紫色の液体を視界に捉え、私はコテリと首を傾げた。
もしかして、“渦神カリュブディス”の血かな?
もし、そうなら徳正さんは普通に相手の皮膚を切ったことになるけど……。
『妖刀マサムネの切れ味なら、納得だけども』と眉を顰め、私はなんだか複雑な気分になる。
だって、徳正さん一人でこんなに戦えるなら私達の出番はなさそうだから。
『せっかく色々考えたのに、結局ゴリ押しで行けるんかい!』と心の中でツッコミを入れ、私は項垂れた。
が、諦めるのはまだ早いと判断し、顔を上げる。
「シムナさん、もっとスピード上げてください!!このままじゃ、徳正さん一人で“渦神カリュブディス”を倒しちゃいますよ!!」
「えっ!?それ、本当!?僕だって戦いたいのにー!よーし!スピードアップだー!」
“渦神カリュブディス”との戦いを心待ちにしているシムナさんは、瓢箪を撫でるスピードを更に上げた。
それに応じて、瓢箪の吸引力も向上する。
おかげで、泉の水はあっという間になくなり……限りなく0に近い状態へなった。
まだ足首は水に浸かっちゃうけど、この程度なら問題ない。戦うには、充分な環境だろう。
「シムナさん、ラルカさん行っちゃってください!グリフォンと瓢箪は、こちらで預かりますので!」
「おっけー!任せといてー!絶対、徳正より先に“渦神カリュブディス”を仕留めてるからー!」
『なんかよく分からんが、頑張ってくる』
手綱と瓢箪をそれぞれ私に預けたシムナさんとラルカさんは、グリフォンの背中から飛び降りた。
パシャンと水飛沫を上げながら地面に降り立ち、武器を手に持つ。
そして、傷だらけで息も絶え絶えの“渦神カリュブディス”を見上げた。
どうやら、徳正さんに負わされたダメージと水の減少のせいで大分弱ってしまったらしい。
“渦神カリュブディス”の周囲だけ、青紫色の液体で満たされている。
これなら、直ぐに決着が付きそう。
“渦神カリュブディス”にもう戦えるだけの力は、残ってないだろうから。
「え〜?シムナとラルカ、来ちゃったの〜?俺っちがちゃちゃっと片付けようと思ったのに〜」
「独り占めはダメー!僕だって、戦いたいもーん!」
『ラミエルから、徳正より早く“渦神カリュブディス”を仕留めるよう言われている』
「えっ!?何それ!?まさかの競走!?」
「競走?良いね!!やろうやろう!!こんな死に損ない、ただ倒すだけじゃつまらないもん!」
『それは一理あるな』
……いや、あのね?皆さんが今、相手にしている魔物はフロアボスのボスモンスターなんだよ!?
そんな競走とか、死に損ないとか言っていい相手じゃないの!!もっと緊張感を持って戦いに臨んで!!
────と、内心ツッコミを入れるものの……止めようとは思わなかった。
だって、私が何を言っても無駄だろうし……。
何より、この楽しそうな雰囲気を壊したくなかった。
『全く……今回だけだからね?』と呆れつつ、私は競争について話し合う彼らを見つめる。
────と、ここでシムナさんが顔を上げた。
「じゃあ、『せーの』で行くよ?────せーのっ!」
シムナさんの開始の合図と共に、三人は風となった。
かと思えば、“渦神カリュブディス”の姿は消え去る。
いや、正確には大量の光の粒子となっていた。
え……えぇ!?何、今の!?早すぎて、何がなんだか分からなかったんだけど!?今の一瞬で決着が付いたってこと!?
早すぎて誰が勝ったのかすら分からず、私はただ瞬きを繰り返す。
「っだー!負けたー!」
『さすがは“影の疾走者”だな。スピード勝負では、どう頑張っても敵わん』
「え、そ〜お?でも、シムナとラルカも凄く早かったよ〜?正直、結構ギリギリだったも〜ん。久々に本気で走ったよ〜」
「勝者に慰められても、全然嬉しくなーい!」
『ぶっちゃけ、煽りにしか聞こえないぞ』
「え、え〜?そんなつもりじゃなかったんだけどな〜」
ギャーギャーと騒ぎながらこちらに歩み寄ってくる三人に、私は苦笑を漏らす。
『本当に緊張感ないな〜』と思いながら。
それにしても、勝ったのは徳正さんだったのか。
まあ、彼のスペックを考えると無難な結果だよね。
私は手綱を駆使してグリフォンを操り、ゆっくりと降下する。
グリフォンの扱いは馬とあまり変わらなかったため、何とか出来た。
『初めてにしては、いい方じゃない?』と考えつつ、地上に降り立つ。
その際、バシャンと音を立てて水飛沫が上がった。
「皆さん、“渦神カリュブディス”討伐戦お疲れ様でした」
私はグリフォンの背に乗ったまま徳正さん達を振り返り、ニッコリと微笑んだ。




