第42話『手詰まり』
モンスターホール作りを開始してから、一時間が経過した頃────ついに完成の一歩手前のところまで辿り着いた。
床に深く突き刺さった徳正さんの妖刀マサムネとラルカさんの大鎌デスサイズを見つめ、期待に胸を膨らませる。
────床を順調に斬り進めた二つの刃物が再会する時、モンスターホールは出来上がるだろあ。
「よ〜し!ラルカ、行くよ〜?」
徳正さんの掛け声に、ラルカさんは大きく頷いた。
と同時に、僅かに残った切り残し部分を一思いに切り捨てる。
徳正さんの妖刀マサムネとラルカさんのデスサイズが、カンッ!と甲高い音を鳴らしてぶつかった。
その瞬間、切り抜かれた床は重力に従って落ちていく。
「わあ!本当にモンスターホールが……!!」
パッと表情を明るくする私は、『たったの一時間でやってのけるなんて!』と驚いた。
『イェーイ!』とハイタッチを交わす彼らを見つめ、苦笑いする。
────と、ここでバシャンッ!という謎の物音が耳を掠めた。
「水の……音?」
多分、切り抜いた部分が着地した音なんだろうけど……何でバシャン?
普通、カンとかバンとかじゃない?
もしかして、第十階層のボスフロアには水か何かあるのかな?
「あの……“渦神カリュブディス”って────水中に居る魔物だったりします?」
フロアボスが水中魔物なら、辻褄は合う。
“渦神”って名前が付くくらいだし、可能性としては充分考えられた。
「あれ〜?言ってなかったっけ〜?“渦神カリュブディス”は水を操る魔物だよ〜?」
「多くのプレイヤーを溺死させてきた、超厄介なやつー!」
『だから、“渦神カリュブディス”を討伐するときはスピードが大事だ。長期戦に持っていかれれば、こっちが不利になる』
「な、なるほど……教えて頂き、ありがとうございます」
『思ったより難易度高そうだな』と思いつつ、私はモンスターホールから第十階層のボスフロアを見下ろす。
そこには透明な水が張っており、まるで大きな水槽のようだった。
見たところ、ボスフロアに足場になりそうな地面は見当たらない。完全に四方を水で囲まれている。
これはちょっと厳しい戦いになるかもしれない。
水中戦を余儀なくされる訳だから。
底が深い水の中で、どうやって“渦神カリュブディス”と渡り合おうか……。
『ラルカさんの言う通り、長期戦は避けたいよね』と悩みながら、顔を上げる。
「皆さんは“渦神カリュブディス”と戦ったことがあるような口振りでしたが、そのときはどうやって戦いましたか?参考までに聞かせてください」
討伐経験のある人達に話を聞くのが一番早いため、私は当時の状況を尋ねた。
が、何故か微妙な反応を返される。
「い、いや〜……その〜……」
『僕らは“渦神カリュブディス”と直接戦っていないというか……』
「まあ、簡単に言うと────僕達はヴィエラが“渦神カリュブディス”を倒すとろをただ見てただけなんだよねー!見守り隊みたいなー?だから、聞いたところで参考にならないと思うよー」
「……はいっ!?」
『あっはっはー!』と手を腰に当てて笑うシムナさんに、私は目を剥いた。
あれだけドヤ顔で“渦神カリュブディス”のことを語っておきながら、直接戦ったことがない!?
嘘でしょ!?そんなことってある!?
大きく読みが外れてしまい、私はガクリと肩を落とした。
そりゃあ、ヴィエラさんが居れば楽々討伐出来たでしょうね!
全属性持ちの天才魔法使いなら、雷魔法を使って瞬殺出来ただろうから!
『あとはボスフロアごと氷漬けにしたり……』と考え、私は額を押さえる。
だって、完全に振り出しへ戻ってしまったから。
参考に出来る資料がない場合、一から作戦を立てるしかない。
でも、私の所持する情報があまりにも少な過ぎる。
分かっていることといえば、“渦神カリュブディス”が水中魔物である事とボスフロアが四方を水で囲まれている事のみ。
“渦神カリュブディス”の強さや弱点、使用する攻撃方法、戦闘スタイル、最大火力などは分からなかった。
きっと、徳正さん達もそこまで知らないよね……ヴィエラさんの戦闘スタイルから考えるに、大技を放って即終了だっただろうし。
『情報収集する時間なんてなかった筈……』と項垂れ、私は頭を抱え込む。
「ふぅ……これはちょっと、手詰まりみたいですね」




