第40話『中層』
それから、私達はゴブリンやオークなどの雑魚魔物を順調に狩り進め、上層を一通り回った。
『これなら、しばらく大丈夫だろう』と判断し、やっとの思いで第六階層────中層に足を踏み入れる。
中層からは魔物の質も、レベルも段違いに上がる。
上層のように数は多くないが、知恵が身についているため狡賢い手を使われる可能性がある。
なので、絶対に油断は出来なかった。
とりあえず、極力戦闘を避けつつ階段まで行くしかないな。
第十二階層で助けを待っている、『紅蓮の夜叉』のギルドメンバーのためにも。
『あまり時間を掛けられない』と判断し、私は顔を上げた。
「皆さん、魔物討伐は後回しにして、階段を……えっ?ラルカさん?」
『どうした?何か問題があったか?』
コテンと首を傾げて、クマの着ぐるみはこちらを振り返った。
その手には、大きな鎌が握られている。
そこまではいいのだが……ラルカさんは何故か────鎌で、床をギコギコと斬り進めていた。
ええぇぇぇええ!?何で床を斬っているの!?危ないよ!?近くにミノタウロスの集団が居るのに!!
驚愕の表情でクマの着ぐるみを見つめる私に、ラルカさんは更に首を傾げる。
あれでは、首がもげそうだ、
『中層からは魔物を狩る必要がないだろう?』
「そ、そうですね……中層からはフロアごとに、魔物の個体数が決まってますし……」
『ああ。だから、中層からはわざわざ部屋の奥まで行く必要がない。ここからはどれだけ早く、第十二階層に居るメンバーを保護出来るかが重要になる。そこで僕は思いついた。移動時間や戦闘回避を狙うなら────モンスターホールを作ればいい、と』
「!?」
なるほどっ!!モンスターホール!!その手があったか!!
『その手があったか!』と目を剥き、私は目を輝かせた。
「ラルカさん、流石です!!その意見で行きましょう!」
「じゃあ、俺っち達の役割は穴掘りするラルカを守ることだね〜」
『別に守って貰わなくても、大丈夫だぞ?ミノタウロス程度なら、回し蹴りで充分倒せる』
「まあまあ、ラルカは黙って守られときなよー!僕達が全力で、姫プするからさー!はははっ!」
『……』
複雑そうな心境を陥っているだろうラルカさんの姿に、シムナさんは目を細める。
そして、見せつけるように近くのミノタウロスを一匹倒した。それも回し蹴りで……。
どっからどう見てもラルカさんを煽っているようにしか見えない。
前々から思ってたけど、シムナさんっていい趣味してるよね……。
「ラルカ姫ー、大丈夫でしたかー?」
ら、ラルカ姫……!?シムナさん、それはさすがにラルカさんが怒るんじゃ……!?
これまでの言動から、恐らくラルカさんは男の人だと思うし……おふざけとはいえ、『姫』扱いされるのはヤバいんじゃないか!?
チラリとラルカさんに目を向ければ、そこにはホワイトボードとペンを強く握り締めるシロクマの姿が……って、え!?シロクマ!?
しかも、桜色のワンピースを着ているし!
あれ?いつの間に着替えを……?ていうか、ラルカさん意外とノリノリ……?
────そんな考えが脳裏を過った瞬間、
『誰が姫じゃ我ぇぇぇえええ!?いてこますぞ、ゴラァァァァァァ!!』
と、書かれたホワイトボードを突きつけられた。
えええええ!?全然ノリノリじゃなかったぁぁぁああ!?
耳にピンクの可愛らしいリボンまで巻いているくせに、全然ノリノリじゃないんだけどぉぉぉおお!?
めちゃくちゃ口調が怖いしぃぃぃぃいい!!
『なら、何故着替えた!?』と驚愕する私の前で、ラルカさんは怒りを表すように床を踏みつける。
その効果音は『ダムダム』と可愛らしいのに、床から伝わってくる振動が大き過ぎる……よって、全く可愛くなかった。
「あはははっ!そんなに怒らないでよ、ラルカ姫ー」
着ぐるみ姿のラルカさんが必死に怒りをアピールしているにも拘わらず、シムナさんは余裕そうである。
ニコニコと機嫌良く笑い、『ラルカ姫』呼びを続行していた。
ただ空気が読めないだけなのか、それともわざとなのか……シムナさんなら、どっちも有り得そうで怖い。
『これは後で注意しておいた方がいいのか』と悩む中、シムナさんは軽い足取りでラルカさんの元に歩み寄る。
『えっ!?大丈夫なの、それ!』と驚愕する私を前に、徳正さんが苦笑を漏らした。
「心配しなくても、大丈夫だよ〜。あの二人、結構仲良いから〜」
「で、でも!ラルカさんが怒って……」
「ああ、それは場を和ますジョークみたいなものだよ〜。もしも、ラルカが本気でキレてたら四の五の言わずに相手に斬りかかってるから〜」
「き、斬りかかっ……!?」
「ラルカって基本何しても怒んないんだけど、逆に怒らせると超怖いんだよね〜。一回気絶させて、強制的に頭を冷やさないと止まらないし〜。もう話し合いとか、そんなレベルじゃなくなるんだよ〜」
「そ、それは……怖いですね……」
「だよね〜。まあ、でもラルカがラーちゃんにぶちギレることは多分ないと思うよ〜。ラルカって、女の子には凄く甘いんだよね〜。それにラーちゃんの性格上、相手の嫌がることはしないだろうし〜」
そうだといいんだけど……無自覚にやってしまうことは、結構あるんだよね。
そのせいで、何度かカインと口論になったし……。
不安に駆られる私の前で、徳正さんはクスリと笑みを漏らし、何も言わずにラルカさんの方を指さした。
まるで、『見ていれば分かる』とでも言いたげな行動だ。
とりあえず指示通りラルカさんに視線を向けると、シムナさんに睨みを利かせているクマの着ぐるみが目に入る。
『誰が姫じゃ、ゴラァァァアア!!ワイに似合う訳ないやろ、ボケェェェエエエ!!』
「えー?そんなことないよー?すっごく似合ってる。凄く可愛いよ?ラルカ姫」
『な、な……そんな訳あるか!!からかっているんだろ!?』
「いやいや、まさかー!徳正じゃあるまいしー。僕は本気で可愛いと思ってるよ、ラルカ姫!」
『……あ、ありがとう……』
「ふふふっ!どういたしましてー!」
照れ臭そうにポリポリと頬を掻くラルカさんと、楽しそうにニッコリ笑うシムナさん。
どういう訳か、彼らの周りだけピンクオーラ全開だった。
え……ええっ!?そんなことって、ある!?こんな終わり方って、あり!?
ていうか、何でラルカさん満更でもなさそうなの!?
さっきまで方言を使って、めちゃくちゃ怒ってたのに……!
「さてさてー!茶番はここら辺にして、下に降りよっかー!ラルカ、もう終わるでしょー?」
『ああ。茶番中ずっと、斬り進めていたからな』
「二人とも迫真の演技だったね〜。面白かったよ〜」
パチパチと呑気に手を叩く徳正さんに、元の着ぐるみへ戻ったラルカさんはグッと親指を立てる。
どうやら、さっきのあれはただの演技だったらしい。
茶番だったなら、そう言ってよ!
徳正さんがラルカさんがキレたときの話とかするから、身構えちゃったじゃん!
色々考えていた自分が、馬鹿みたいだよ!
「いやぁ、それにしてもラーちゃん良い反応してくれたよね〜」
「ねー!超面白かったー!」
『面白かったのは認めるが、本人の前でその話はやめてやれ。あと────穴が開いたぞ』
ホワイトボードに書いた文章をこちらに向けるや否や、ドゴンッと床が落ちた。
綺麗に丸く切り抜かれた床は、砂埃を上げながら第七階層の床に直撃する。
その拍子に真ん丸に切り抜かれた瓦礫が、清々しいほど一瞬で粉砕された。
わぁ……せっかく綺麗な丸だったのに……。
ちょっぴり残念に思う私の隣で、明らかに暗いオーラを放つ人……いや、着ぐるみが。
『せっかく綺麗な丸になったのに……無念』
ガクッと肩を落とし、ラルカさんは鎌を抱き枕みたいに抱き締めた。
すっかり意気消沈している様子の彼を前に、私は出来たてホカホカのモンスターホールを覗き込む。
とりあえず、周りに敵は居なさそう。
じゃあ、今のうちに────
「────下に降りましょうか」




