第34話『モンスターの群れ《徳正 side》』
「指揮は私が取ります。戦闘準備に入ってください」
そう言って、ラーちゃんはエメラルドの瞳をキラリと光らせた。
凛とした顔つきは美しく、薔薇を連想させる。
本当……ラーちゃんは男の俺っちなんかより、ずっと格好良いよね。
目の前まで差し迫る魔物の群れを前にしても、ラーちゃんは顔色一つ変えない。
「このまま、魔物の群れに突っ込みます。何匹か轢き殺しても構いません。ラルカさんとシムナさんは馬車が魔物の群れに突っ込んだら、直ぐに散開してください。好きに動いてもらって構いませんが、必ず私が目視できる範囲に居てください。それと何かあれば、迷わず報告を。異論はありませんね?」
テキパキと指示を出すラーちゃんに、俺達は大きく頷く。
主君のように人を引っ張る力はないけど、人をまとめ上げる力はラーちゃんの方が上だ。
特に戦闘時の指揮には、目を見張るものがある。
あのカインくんがプライドを投げ捨てでも、取り返しに来る訳だ。
こんな逸材、なかなか居ないもん。正直、ラーちゃんをパーティーから追放とか考えられない。
メンバー脱退が続いている現状を想像し、俺はクツリと笑う。
『自業自得だ』と蔑みながら。
そもそも、『サムヒーロー』が窮地に陥っているのは『ラーちゃんを追放したから』というより、カインくんのせい。
だって、凄くワガママで態度最悪だから。おまけに暴言も吐きまくっているらしいし。
以前まではラーちゃんがそれとなく宥めたり、メンバーのフォローに回ったりしていたから、平穏を保っていられただけ。
潤滑油の役割を果たしていた彼女が去った今、パーティー内は相当ギスギスしていることだろう。
そこで自分の態度を改めるのではなく、ラーちゃんを取り戻そうとするあたり自己中だよね〜。
今更、全部元通りに出来ると思っているのかな〜?
────失ったものは二度と元に戻らないのに。
『本当、愚かだな〜』と嘲笑いながら、俺はラーちゃんを見上げる。
凛とした横顔の彼女を見つめ、『この子は絶対に渡さない』と再度心に決めた。
「では、行きますよ。魔物との激突まで10、9、8……」
ラーちゃんは作戦開始までのカウントダウンを始まめ、サッと壁際に寄る。
恐らく、奥に居るラルカやシムナを前に出すためだろう。
二人はその意思を汲み取り、ガタガタと揺れる馬車の中、床の縁に足をかける。
そして、それぞれ武器に手を掛けた。
ラルカは大鎌で、シムナは金と銀の斧だ。
「5、4、3、2、1……散開!」
ラーちゃんの合図と共に、ラルカとシムナは馬車を飛び出した。
と同時に、馬車や馬が魔物の群れに直撃する。
その衝撃で、ラーちゃんはバランスを崩しその場で尻もちをついてしまった。
ふわりと舞うスカートが、ラーちゃんの太ももを露わにする。
惜しい〜!あともうちょっとで、ラッキースケベ展開になるところだったのに〜!残念〜!
「いてて……」
「大丈夫〜?」
「あ、はい。大丈夫です」
ラーちゃんは腰あたりを撫でながら立ち上がると、乱れたスカートを直した。
どうやら、俺のいやらしい目つきには気づかなかったらしい。
ラーちゃんって、結構鈍感だよね〜。あと意外と胸が大きい!!
なんてくだらない事を考えていた俺に、ラーちゃんは『早く立て』と視線で訴えかけてくる。
「私達も早く行きますよ。馬はもう仕舞ったので、馬車もさっさと仕舞っちゃってください。あまり破損が激しいと、素人の手では直せません」
「りょーかーい」
いざとなれば予備の馬車があるけど、こっちはあまり使いたくない。狭い上、通気性も悪いから。
俺はラーちゃんの下車を確認してから、馬車をアイテムボックスに戻す。
すると、魔物に周囲を取り囲まれてしまった。
「ラルカさんとシムナさん、結構苦戦してるみたいですね……」
短剣でゴブリンを薙ぎ払い、ラーちゃんは心配そうに眉尻を下げる。
苦戦……とはちょっと違うよ、ラーちゃん。
下級魔物相手に、あの二人が後れを取る訳ないからね。
でも、まともに身動きを取れないほど数が多いから時間を要しているだけ。
「徳正さん、範囲魔法使えますか?」
「使えるけど、ラルカとシムナも巻き込んじゃうよ〜?」
「それは問題ありません。今、二人と通話を繋げたので。タイミングを合わせれば、徳正さんの攻撃を受けることはないかと」
「通話なんて、いつの間に〜」
本当ラーちゃんって、抜かりないというか……ちゃっかりしてるというか。
まあ、そういうところが頼りになるんだけど。
ラーちゃんは近くの魔物を短剣で薙ぎ払いながら、通話で何やら会話している。
二つのことを同時にやってのける器用さには、少し驚いた。
よくあれで集中しながら戦えるものだ、と。
「はい……はい……ええ、ですから私が合図したら思い切り上空にジャンプしてください。徳正さんの範囲魔法で、魔物を粗方片付けます。さすがにこれでは埒が明かないので。はい……では、この作戦でお願いします」
ラルカとシムナに作戦内容を話し終えたラーちゃんはオークの腹に回し蹴りを決め、こちらを振り返る。
「徳正さん、作戦は今言った通りです。行けますか?」
「ラーちゃん、それ誰に言ってるの〜?俺っちは“影の疾走者”だよ〜?行けるに決まってるでしょ〜!」
ニィーと口端を吊り上げて自信満々に言ってやれば、ラーちゃんはクスリと笑みを漏らした。
『では、お願いします』と言って肩を竦め、短剣を鞘に収める。
そして、アイテムボックスの中から結界符を取り出すと、思い切り縦に破いた。
「徳正さん、結界を張りました。これなら、しばらく大丈夫でしょう。魔法の準備をお願いします」
「はいはーい」
頑丈そうな結界を一瞥し、俺は視線を前に戻す。
さてさて〜、ちゃちゃっと終わらせちゃいますか〜。
「────起きろ、影」
詠唱ですらない言葉を口にすると、俺の影はピクッと反応を示した。
その瞬間、ドクンッと自分のものではない大きな鼓動が聞こえる。
忍者のみが扱うことが出来る、影魔法。
それは極め抜けば、影に意志を与えることが出来る。
と言っても、その境地まで辿り着けたのは俺だけだが。
他の忍者は自分で影を操っていた。
『何用だ?俺は今、気持ちよく眠っていたところなんだが……』
「あっ、影さん久しぶりですね」
『!?────ラミエルさん、お久しぶりです。我が主が、何かご無礼を?なら、今すぐ地獄に叩き落として……』
「っだーーーー!もう!たんま、たんま!今はそんなことを言ってる場合じゃないんだって〜。あと、ラーちゃんは俺っちのだから!」
『それはない』
「一応、俺っち君の主なんだけど!?」
俺の影は性格こそ真反対に出来ているが、心は同じ。
つまり────こいつもラーちゃんのことが大、大、大好きなのだ!それはもうウザイくらいに!!
毎回俺っちを出し抜いて、ラーちゃんとイチャイチャしようとするから本当に嫌なんだよ!
意志を持った影は自分で考えて行動出来るため、咄嗟の判断や回避力は凄まじいが、恋敵としては最悪だ。
今だって、ラーちゃんとハイタッチ交わしてイチャイチャしてるし……。
『なるほど。つまり、俺が周りに居る雑魚魔物を倒せば良いんですね』
「はい。影さんの範囲攻撃は、毎回凄まじいので」
『す、凄まじいなんて……俺なんて、まだまだですよ』
「ご謙遜を!影さんの範囲攻撃は、防御不可能な絶対攻撃魔法です!本当に尊敬します!」
ラーちゃんはまだ影魔法を数回しか見たことないが、かなり印象に残っているようで影を褒めまくる。
おかげで、影は上機嫌だった。
超ムカつく!俺っちの影のくせに!
俺は実体化した影をガンッと上から踏みつけ、地面に押し潰した。
「と、り、あ、え、ず〜!さっさと始めよっか〜。ラーちゃん、結界解いて〜」
「分かりました。五秒後に結界を解きます。徳正さんと影さんは範囲攻撃を、ラルカさんとシムナさんは空中へ待避して下さい」
「『了解(した)!』」
間髪容れずに頷くと、ラーちゃんは真っ直ぐ前を見据えた。
結界に押し寄せてくる魔物の群れを見つめ、大きく息を吸い込む。
「5、4、3、2……」
数を刻む唇から『2』という数字が飛び出したとき、エメラルドの瞳に宿る淡い光は高まった。
────どこまでも続く緑に、淡い青が混ざる。
「……1────結界解除!」




