第312話『不安と告白』
ここ一年の付き合いでお互いの家を行き来するようにはなったけど、それはあくまで昼間の時だけ。
どんなに遅くても、夕食前に帰ったり送ったりしてくれている。
『ということは、かなり参ってきている?』と予測しつつ、私は
「いいですよ」
と、首を縦に振った。
だって、こんなに弱っている結月さんを放っておく訳にはいかないから。
『ほら、行きましょう』と言って下車するよう促し、私は自宅のマンションへ案内した。
鍵を開けて自分の部屋へ入ると、私はいつものように二人分のお茶を用意する。
その間、結月さんは居間のテーブルで正座していた。
「粗茶ですが……どうぞ」
「あ、ありがとう」
両手でお茶を受け取った結月さんは、落ち着かない様子で周囲を見回す。
もう何度も来ているとはいえ、夜に来るのは初めてなので緊張しているらしい。
ソワソワする彼を前に、私はテーブルを挟んだ向かい側へ腰を下ろした。
「それで、お話というのは?」
「えっ?あっ、うんとね……」
ハッとしたように顔を上げ、結月さんは慌てて姿勢を正す。
ちょっと表情を強ばらせながらこちらを見つめ、嘆息した。
「静香は……」
「はい」
「シムナとラルカの気持ちを聞いて、どう思った……?」
「どう、とは?」
「えっと……それは、その……」
適当な言葉を探すように視線をさまよわせ、結月さんは押し黙った。
が、観念したかのように肩の力を抜く。
『ハッキリ言わなきゃ伝わんないよね』と零し、彼はこちらを向いた。
「静香はシムナとラルカの気持ちを聞いて、惹かれた?好きになった?俺よりいいなって、思わなかった?」
縋るような目でこちらを見ながら、結月さんは本音を吐露していく。
言葉の端々に私への想いを滲ませて。
「情けないけど、俺……凄く不安なんだ。ほら、シムナは見違えるほど成長したし、ラルカはあの顔だしさ……女々しいのは分かっているけど、静香の想いや関心を奪われそうで怖い。ずっと、ずっと俺だけ見ていてほしい……」
そっとこちらへ手を伸ばす結月さんは、私の頬を優しく包み込んだ。
まるで、宝物みたいに。
「『静香の意志を最大限尊重する』とか、『ずっと待つ』とか言っておいて、ごめん……そろそろ、限界かも」
『好きすぎて苦しい』とでも言うように、結月さんは目に涙を浮かべる。
いつになく情緒不安定な彼を前に、私はスッと目を細めた。
「分かりました」
「えっ?」
「本当は就職先の内定をもらってから……結月さんと本当の意味で対等になってから言おうと思っていたんですが、今言いますね。よく考えてみたら、先延ばしにしていたのは私のエゴですし」
「そ、れはどういう……?」
困惑のあまりすっかり涙も引っ込んでしまった様子の結月さんに、私は笑顔を見せる。
そして、頬を包み込む彼の手に自身の手を添えた。
「氷川結月さん、私は貴方のことが────好きです」
「!!」
何の飾り気もないシンプルな言葉に、結月さんは大袈裟なくらい反応を示す。
『ホントに……?』と確認してくる彼に、私は大きく頷き、頬を緩めた。
なんだか、彼のことがもっと愛おしくなり……もっと『好き』を伝えたくなる。
そんな思いに押されれるまま、私は────
「どんなにくだらない相談でも、一生懸命聞いてくれるところが好きです。私の想いや考えがたとえ間違っていても、一旦『そうなんだね』って肯定してくれるところが好きです。ちゃんと目を見て、話してくれるところが好きです」
────と、自分の気持ちを真っ直ぐに伝えた。
これまで、結月さんがしてくれていたように。
「たまにちょっと格好悪いところもありますけど、それも全部引っくるめて大好きです。だから、私と……」
「ちょ、ちょっと待って!それは俺から、言わせて!」
慌てた様子で話を遮り、結月さんは片手を上げる。
顔も耳も真っ赤だが、もう不安はなくなったようで元気だった。
まあ、こちらからの告白にかなり面食らっているが。
『不意討ち、ヤバすぎる……』と零しつつ背筋を伸ばし、彼は一旦手を引っ込めた。
かと思えば、テーブルの向かい側からちょっと移動し、私の隣にやってくる。
『なんだなんだ?』と思いながらも、私も体の向きを変えて対応した。
恥ずかしいような、擽ったいような……変な空気が流れること三分────結月さんは意を決したように口を開く。
「た、高宮静香さん……!俺と」
そこで一度言葉を切り、結月さんはゴクリと喉を鳴らした。
そして、
「結婚を前提に、付き合ってください!」
と叫んで、頭を下げる。
無防備に晒された結月さんの旋毛を前に、私は一瞬ポカンとした。
が、直ぐに笑みを漏らす。
「ふふふっ……もう、何で土下座なんですか」
「ご、ごめん……なんか、無意識に……」
土下座したまま謝る結月さんに、私はもっと笑ってしまう。
だって、こんな告白されるとは思ってなかったから。
しょうがない。合わせてあげるか。
『不安にさせたお詫びってことで』と思い立ち、私も背筋を伸ばした。
「えっと、ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
零れ出そうになる笑みを堪えつつ、私は三つ指をつく。
『まさか、初めての土下座を好きな人に捧げることになるとはね』と思いながら。
まあ、これはこれでいい思い出になりそうだが。
「こちらこそだよ〜!ヤバい〜!俺、今めっちゃ幸せ〜!」
『嬉しすぎる〜!』と歓喜の声を上げ、結月さんは抱きついてきた。
これまで我慢してきた分を発散するかのように頬を擦り寄せ、目いっぱい甘えてくる。
「俺、静香のこと絶対幸せにするね!だから、よそ見しちゃダメだよ!」
「ふふふっ。はい」
「もう分かっていると思うけど、かなりのヤキモチ焼きだから!独占欲も結構強め!」
「はい、知ってます」
「別れるなんて、絶対にダメだからね!嫌なところは出来る限り改善するから、冷める前に言って!」
「はい。と言っても、冷めることはなさそうですけど。結月さんこそ、何かあったら言ってくださいね」
「うん!まあ、特に不満なんてないけど!」
『強いて言うならモテすぎるところくらい?』と零しつつ、結月さんは嬉しそうに笑った。
かと思えば、緊張した面持ちでこちらを見つめる。
「あ、あのさ……」
「はい」
「嫌だったり、不安だったりしたら断ってくれて全然いいんだけど……キス、してもいい?」
おずおずといった様子で問い掛けてくる結月さんに、私はパチパチと瞬きを繰り返す。
が、状況を呑み込むなり頬を紅潮させた。
「ぇ……あの……えっと……い、嫌ではないんですけど……私、そういうのは初めてで……」
「えっ!?本当!?」
「は、はい……お恥ずかしながら、今まで異性と付き合ったこともなくて……全部、結月さんが初めてというか……」
「嘘!?こんなに可愛いのに!?周りの男共、何やっているの!?いや、俺としてはめちゃくちゃ有り難いというか、嬉しいけど!」
『静香の最初で最後の男になれるのか!』と感激し、結月さんは頬を緩めた。
甘さを含んだ瞳でこちらを見つめ、『えへへ』と笑う。
「まあ、かくいう俺も初めてなんだけど!」
「えっ!?そうなんですか!?」
「うん!誰かを好きになったのも、恋人関係になったのも全部静香が初めて!だからさ、初めての者同士気楽に行こ!」
『失敗しても、お互い様ってことで!』と言い、結月さんは私の頬に手を添えた。
もう待ちきれないのか顔を近づけてきて、互いの吐息すら感じる距離に。
ドキドキしながらも目を閉じて待機していると、
「あ〜〜〜!ホント、可愛い〜!」
という呟きと共に、唇を奪われた。




