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第307話『生き抜いて』

「リーダー、一つお願いがあります!」


 病み上がりなのも忘れて、私は勢いよく体を起こした。

その際、徳正さんにちょっと窘められるものの、気にせず『箱庭』のことや病気のことを捲し立てる。

『彼らの話が本当なら、もう時間がないんです!』と懇願する私に、リーダーは暫し沈黙した。

かと思えば、真剣な顔付きでこちらを見る。


「分かった。こちらで探してみる。だから、ラミエルは治療に専念しろ」


 ────という発言を受けて、私は一週間ほど検査とリハビリに励んだ。

リアムさん達が見つかった時、直ぐに駆けつけられるように。

まあ、幸い眠っていたのは数ヶ月だけだし、まだ若いこともあって順調に回復した。

そして、何とか退院の許可が降りた頃────リーダーから呼び出しを受け、とある病院に足を運ぶ。

そこは最新技術の揃った総合病院で、VR技術なども積極的に使っているらしい。


「ここに……リアムさん達がいらっしゃるんですか?」


「ああ。と言っても、喋れる状態ではないらしいが」


 先頭を歩くリーダーは、ちょっと難しい顔をしている。


「医者曰く、四人とも意識不明で現実世界(リアル)ではもちろん……仮想世界(ゲーム)でも応答がないらしい。正直、いつ息を引き取ってもおかしくない状態とのことだ」


「そんな……」


 リーダーの説明に、私は思わず口元を押さえて眉尻を下げる。

他のメンバーも、複雑そうな表情(かお)でリーダーを見ていた。


「一応、延命措置は取っているようだが……今のところ、意識が回復する見込みはない」


 『だから、会話は諦めてくれ』と告げ、リーダーはある一室の前で足を止めた。

そこでスマホをいじり誰かに連絡すると、扉が開く。


「入って」


 そう言って、中から現れたのはお医者様と思しき白衣の男性だった。

今回の訪問に協力してくれた方なのか、特に身元確認などは行われず入室を許可される。

促されるままに中へ入る私達を前に、彼は右側の壁……いや、ガラスを軽く叩いた。


「君らの友人は、ここ」


 『四人とも、揃っているよ』と補足する男性に、私達は顔を見合わせる。

『病室に入れる訳じゃないのか』と思いつつ、そちらへ目を向け、絶句した。

何故なら────色んな管に繋がれた子供達の姿が、目に入ったから。

病気で重体なら、このくらい普通かもしれないが……やっぱり、ショックを隠せない。

知り合いともなれば、尚更。


「僕らも色々手を尽くしているけど、まあ難しいね。あとは本人達の頑張り次第って感じ」


 壁に寄り掛かって隣室を覗く白衣の男性は、僅かに表情を曇らせる。

態度そのものは淡々としているが、リアムさん達の身を案じているようだ。

『何とかしてやりたい』という本音を滲ませつつ、彼はこちらを向く。


「あっ、もし言いたいことや伝えたいことがあるならこのマイクを通して伝えてね。医者以外の人間を集中治療室に入れる訳には、いかないから」


 放送室にありそうな機械を指さし、彼は『ここを押したら、集中治療室に繋がるから』と説明してくれた。

かと思えば、後ろへ下がってこちらに背を向ける。

立場上ここに残らないといけないため、席を外すことは出来ないが、私達の言動に文句を言うつもりはない……という意思表示なのだろう。


 『さすがに一般人だけには出来ないよね』と共感を示しながら、私はマイクへ近づいた。

先程言われた手順を脳裏に思い浮かべ、ボタンにそっと手を掛ける。

でも、なかなか押せずにいると────


「ラミエル、恐らくリアム達に会うのは今日で最後だ。だから、後悔がないようにしろ」


「そ〜そ〜。言いたいこと、全部言っちゃお〜」


「そもそも、聞いているかどうかも怪しいんだしさー!」


「自己満足でもいいから、スッキリしてしまおう」


「相手は一応悪党なんだから、遠慮する必要はないわよ」


「そ、そそそそそ、それに!『しない後悔よりする後悔』って、よく言うじゃないでしゅか!」


 ────『虐殺の紅月』の皆が、私の背中を押してくれた。

『何かあっても、連帯責任だ』と言い、リーダー達は私の肩や頭に手を置く。

私の不安を溶かすように。


 そ、そうだよね!ここまで来て、当たり障りのないことだけ言ってバイバイ……なんて、勿体なさすぎる!

せっかく、このような場を設けてくれたリーダーにも申し訳が立たないし!

私の気持ち、ちゃんと全部伝えよう!


 『これが最後のチャンスなんだから』と自分に言い聞かせ、私はチラリと後ろを振り返った。


「ありがとうございます、皆さん。おかげで勇気が出ました」


 先程まで尻込みしていたのが嘘のように、私は晴れ晴れとした表情を浮かべる。

すると、リーダー達も表情を明るくした。

『行ってこい』とでも言うように頷く彼らの前で、私は集中治療室へ目を向ける。

そして一度深呼吸すると、マイクのボタンをオンにした。


「リアムさん、ユヅルさん、シュナさん、ナルミさん。こうして、お会いするのは初めてですね。ラミエルです」


 出来るだけいつも通りに話し掛け、私は眠っている彼らをじっと見つめる。


「今日はどうしても皆さんにお伝えしたいことがあって、来ました」


 『ちゃんと聞いてくれている筈』と信じて、私は順を追って話し出した。

意識がないからと言って、リアムさん達を適当に扱いたくなくて。


「皆さん、覚えていますか?現実世界(リアル)へ戻る直前、リアムさんが『普通にゲームして、普通に君達と出会って、普通に遊んで……普通に死ねばよかった』と言っていたこと」


 つい最近の出来事なのに何故か懐かしく感じる記憶を引っ張り出し、私はそっと手を伸ばす。


「実はあのとき上手く声を出せなくて、言いそびれてしまったんですが……」


 ガラス張りの壁に触れ、私はスッと目を細めた。

ボヤける視界をそのままに、ずっと胸の中で溜めていた言葉を吐き出す────


「私もリアムさんと同じ気持ち……っ!」


 ────が、途中で言葉に詰まってしまった。

嗚咽を漏らしながら暫し押し黙り、私は大粒の涙を流す。

と同時に、何かが変わった。

感情とも衝動ともつかぬものが私の背中を押し、言葉を紡ぐ。


「いや、違う!私は……私は!リアムさん達と────普通に出会って、普通に遊んで、普通に一緒に生きたかった(・・・・・・)!」


 結末を見据えたお付き合いではなく、未来を見据えたお付き合い。それが私の願いだった。

だって、リアムさん達の死を許容したくはなかったから。

少しでも長く、生きてほしい。

たとえ、いつかは終わる日々だったとしても。


「最後まで諦めず、生き抜いて……!」


 悲鳴にも近い声色で懇願し、私は涙を拭った。

その瞬間─────集中治療室の方からピーーーと機械音が鳴り響き、リアムさん達が目を覚ます。


「「「!?」」」


 まさかの事態に誰もが唖然とする中、リアムさん達はこちらを見て笑った。

『ちゃんと全部聞いていたよ』とでも言うように。

すると、白衣の男性がこちらを振り返り、手持ちの子機で何やら話し込んでいる。


「あっ!悪いけど、君らはもう帰って!他の先生達が来るから!」


 『何かあったら連絡する!』と言い、彼は私達の背中を押した。

半ば強引に部屋から追い出された私達は、廊下で顔を見合わせる。


「えっと……よく分かりませんが、事態は好転したんでしょうか?」


「ああ、多分な。とりあえず、今日のところは帰ろう」


 『ここに居ても邪魔になるだけだ』と主張するリーダーに、私達は従った。

後ろ髪を引かれる思いだったものの、出来ることは何もないため、それぞれ家路につく。

そして、翌日────リーダーから連絡を受け、私達は再び集まった。

貸し切りにされたカフェの一角で顔を揃え、各々コーヒーや紅茶を飲む。

内心ハラハラしながらも静かに待っていると、ようやくリーダーが顔を上げた。


「用件は言わなくても、分かっていると思うが……リアム達のことだ」


 重々しい雰囲気で話を切り出したリーダーは、そっとこちらに目を向ける。


「まず、先にこれだけ伝えておく。リアム達は昨日(さくじつ)────息を引き取った」


「「「!!?」」」


 まさかの報告に、私達は目を見開いて固まった。

『事態は好転したんじゃなかったのか!?』と。

そんな私達の心情を読み取ったのか、リーダーは補足を付け加える。


「あの医者も言っていたが、リアム達はいつ亡くなってもおかしくない状態だった。そこで一時的にとはいえ、意識が回復して最後に家族と話せたんだ。充分、『好転した』と言えるだろう」


 『だから、間違っても自分を責めるなよ』と、リーダーは釘を刺した。

きっと、私の性格からして思い詰めることは分かっていたのだろう。

『リーダーに隠し事は出来ないな』と苦笑する私の前で、彼は一つ息を吐く。


「で、意識が回復したときのことだが……あいつらはデスゲームの件を全面的に認めた。一応、ラミエルの証言とFROの調査でほぼ黒だと判明はしていたが、念のため事情聴取を受けてもらった形だ。というか、本人達が『警察を呼んでください。全てお話します』と自ら申し出た」


 『最後にちゃんと罪を認めておきたかったんだろうな』と零しつつ、リーダーはふと天井を見上げた。


「意識が回復してから、息を引き取るまでの約五時間……あいつらは警察の事情聴取と家族の面会に全力を注いだ。最後まで、懸命に生き抜いた。お前の願い通りにな」


 『お前の気持ちは届いていたぞ』と言い、リーダーは僅かに表情を和らげる。

きっと、リアムさん達の生き様を誇りに思っているのだろう。

確かに彼らは人として越えちゃいけない一線を越えてしまったが、きちんとその償いをしようと動いてくれたから。

被害者からすれば『まだまだ足りない』と思うかもしれないが、私達だけは彼らの頑張りを認めてあげたかった。


「で、ここからが本題なんだが────」


 そこで一度言葉を切ると、リーダーは視線を前に戻す。


「────リアム達から、伝言を預かっている。と言っても、実際に預かったのはあの医者で俺はその伝言を更に預かった立場……って、ややこしいな。まあ、とにかく」


 長くなってしまった前置きを適当に切り上げ、リーダーは僅かに身を乗り出した。


「君達に出会えて良かった、とのことだ」


「「「!!」」」


 遺言にしては、非常にシンプルな……でも、彼らの想いが凝縮されたような一言。

ぶっちゃけリアムさんとは数ヶ月の付き合いだし、ユヅルさん達に関してはほぼ面識なし。

でも────私の涙腺を崩壊させるには、充分だった。


「っ……ふっ……ぐ……」


 昨日あれほど泣いたというのに、私はまたもや大号泣。

よく見ると、ヴィエラさんやアラクネさんもちょっと涙目になっていた。

人の感情に疎いシムナさんは、ケロッとしているが。

『うん、まあ彼らしい』と内心苦笑する中────徳正さんが口を開く。


「ねぇ、主君……リアムくん達の最期は、穏やかだった?」


 どこか困ったような……でも、寂しげな笑みを浮かべ、徳正さんはじっとリーダーを見つめた。

複雑な感情を見せる彼の前で、リーダーはただ聞かれたことにだけ答える。


「ああ、最期はまるで眠るように息を引き取ったと聞いている」


「そっか。それなら、良かったよ」


 不幸の元凶だとしても苦しんでほしくはないのか、徳正さんは心からホッとしたような様子を見せた。

『リアムくん達には安らかに眠ってほしいね』と零す彼に、私はすかさず頷く。

全く同じ気持ちだったから。


 思うことは色々あるけど、やっぱり嫌いになれない……。


「もし、来世があるのなら……今度こそ、普通の幸せを掴んでほしいですね」


 気休めにもならない夢物語を語り、私は静かにリアムさん達の死を惜しんだ。

一応、FRO(主にデスゲーム)関係のエピソードはこれで終了となります。

次話からはキャラクター達のその後やラミエルの恋模様に焦点を当てていきますので、人によっては蛇足に感じるかもしれません。

『それでもいいよ』という方は、もう少しだけお付き合いください。

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