第300話『闇に沈む』
「なら、これはどう!?────永遠の寒さと孤独に身を委ねよ!《コキュートス》!」
最後の力を振り絞って範囲攻撃に興じるヴィエラさんは、ここら一帯を凍りつかせる────筈が、それすらも闇へ取り込まれた。
徳正さんの影魔法やラルカさんの人形同様、MPを吸われて。
『そんな……』と肩を落とす彼女の横で、シムナさんは何とか銃を構える。
「《サン・ヒート・ショット》!」
ここぞとばかりにスキルを使用し、シムナさんは引き金を引いた。
が、直ぐに舌打ちする。
恐らく、未来眼を通して悪い結果を見てしまったのだろう。
『外した……』と暗い声色で呟く彼は、魔王の真横……玉座に当たった弾丸を見つめた。
────と、ここでアラクネさんが蜘蛛糸を力いっぱい投げる。
その様子は漁業の編み投げに少し似ていた。
「……あっ」
腕力の問題か手前で落ちてしまった蜘蛛糸を見つめ、アラクネさんは小さく声を漏らす。
ズプズプと闇に沈む愛用の武器を前に、彼女は『すみません……』と身を縮めた。
今にも泣きそうになるアラクネさんの隣で、リーダーは『いや、大丈夫だ』と声を掛ける。
「シムナ、徳正。サポートを頼む」
聖剣を頭の上で振り回しながら、リーダーは前を見据えた。
まだ魔王討伐を諦めていない様子の彼に対し、シムナさんと徳正さんは
「「了解!」」
と、元気よく返事する。
そして、それぞれ斧とクナイを構えると、僅かに殺気を放った。
『絶対に殺す!』と覚悟を決める彼らの傍で、リーダーは聖剣を投げ飛ばす。
と同時に、金と銀の斧も魔王の元へ向かっていった。
「徳正、アレを退かして」
「分かっているって」
シムナさんの要請にコクリと頷き、徳正さんはスッと目を細める。
彼の視線の先には────闇から這い出てきた黒い手があった。
多分、普通の武器による攻撃はMPやHPを必要としないため、ああやって防ぐしかないんだと思う。
『暴食』の本質は、動力の吸収だろうから。
などと考える中、徳正さんはクナイで黒い手を牽制する。
でも、あまり効果はないようで……ついに銀の斧の鎖を掴まれてしまった。
そのまま闇へ落ちる斧を前に、徳正さんは『ごめん』と謝る。
が、シムナさん自身もどうしようのないことだと理解しているため、責めることはなかった。
「こうなったら……」
何か策でもあるのか、シムナさんはラルカさんに口パクで指示を出す。
と同時に、金の斧の軌道を修正した。
聖剣エクスカリバーの真後ろにピッタリくっつく形で、斧の位置を調整する。
「ふぅ……行くよ、ラルカ」
『合点承知』
と書かれたホワイトボードを投げ捨て、ラルカさんはデスサイズを手に持った。
それを合図に、シムナさんは聖剣エクスカリバーを真上へ弾き飛ばす。
カンッと甲高い音を立てて舞い上がるソレに、今度はラルカさんのデスサイズがぶつかった。
その反動で失速した分のスピードは補われ……いや、むしろもっと速くなり方向も修正される。
言うまでもなく、狙いは魔王の心臓。
「行け、聖剣!」
半ば祈るような声で、シムナさんは聖剣エクスカリバーに全てを託した。
そんな彼の想いに押されるまま、聖剣は目にも止まらぬ速さで魔王との距離を詰めていく。
そして、魔王の胸を突き刺す直前────黒い手に柄を握られた。
「所詮は子供の浅知恵か」
胸に刺さるスレスレのところで止まった聖剣を見下ろし、魔王はフンッと鼻で笑う。
────が、
「そう決めつけるのは、まだ早くな〜い?」
徳正さんの放ったクナイによって、聖剣は少しだけ前に押し出された。
僅かに皮膚へ食い込んだ聖剣を前に、徳正さんは『まだ浅いか』と眉を顰める。
でも、追加攻撃を仕掛ける余裕はなさそうだ。
だって────HPは0になっており、徳正さんや皆の体は光の粒子と化しているから。
「あー、くそ……マジでイラつく。死ぬなら、せめてラーちゃんにいいところを見せてからにしたかったのに」
『カッコ悪』と自分自身を非難し、徳正さんはクシャリと顔を歪める。
ズズズズッと黒い手によって引き抜かれる聖剣を見つめ、悔しそうに唇を噛み締めた。
かと思えば、凄く辛そうな表情を浮かべ、こちらに目を向ける。
「ごめん、ラーちゃん……本当にごめん。お願いだから、生きて」
懇願するような声色でそう言い、徳正さんは必死に口角を上げた。
少しでも、私を元気づけるために……。
「ラミエル、一緒に居てあげられなくてごめんねー?」
既に首から下を闇に覆われたシムナさんは、『ここでお別れみたい』と笑う。
いつものように……ただ無邪気に。
「辛いかもしれないが、前を向いて歩くんだ」
ホワイトボードが手元にないため、ラルカさんは初めて声を出した。
『最後だから』と思っているのか、首を振って着ぐるみの頭部も外し、素顔を曝け出す。
と同時に、ぎこちなく笑った。
「ラミエルちゃん、間違っても『自分のせい』とか思っちゃダメよ?」
「そ、そそそそそ、そうですよ!こ、こうなることを望んだのは私達ですから!」
三馬鹿に触発されたのか、ヴィエラさんとアラクネさんも私のことを気遣う。
本当は不安で堪らないだろうに……笑顔を見せてくれた。
『私達は大丈夫だから』と示す二人の前で、私は小さく首を横に振る。
「待って……やだ……」
混乱のあまり単語しか言えず、私は目に涙を浮かべた。
だんだん状況が呑み込めてきて皆の死を実感する中、リーダーと目が合う。
「ラミエル、命令だ────生きろ」
「!!」
「いいか?ここを出て、ヘスティア達と合流するんだ。魔王の倒し方はもう大体分かったんだから、あいつらでも大丈夫だろう」
『俺達の屍を乗り越えていけ』とでも言うように、リーダーは第二ラウンドの話ばかりした。
『今度こそ、上手くいく』と述べる彼に、私は駄々っ子のように首を振る。
「嫌です!私もここで皆と……!」
「────ダメだ!」
そう言って、私のワガママを跳ね除けたのは────リーダーでも徳正さんでもなく、リアムさんだった。
厳しい目でこちらを見つめる彼は、闇に沈められた状況にも拘わらず冷静である。
でも、別に全てを諦めた風ではなく……むしろ────
「猛獣使いの君……いや、ラミエル!聞いてくれ!まだ道はあるんだ!だから、希望を捨てないで!僕達を信じて!」
────リアムさんは明るい未来を確信している様子だった。
何か策でもあるのか、彼は必死の形相で私の生存を願う。
まだ何か言いたげではあるが、もう首辺りまで光の粒子と化しており……時間がなかった。
なので、最後に一言
「君も無名達も必ず助けるから……!」
とだけ言って、パッと消えた。
徳正さん達もほぼ同時に天へ昇り、私の前から居なくなる。
────間もなくして、玉座の間に広がっていた闇は収束した。




