第290話『魔王討伐クエストの作戦会議』
「では、アイテムの所有者も決まったことだし────魔王討伐クエストの詳細を話し合っていこう」
ある意味本日のメインである議題を提示し、ニールさんはまず私やセトに説明を求めた。
魔王討伐クエストを行ったことのあるメンバーが、今は私達二人しか居ないから。
命を落とした三人と『サムヒーロー』を去ったミラさんが脳裏を過ぎり、私はそっと眉尻を下げる。
セトも同様に暗い表情だが、感傷に浸っている暇はないため知っている情報を全て吐き出した。
私も出来るだけ当時の状況を細かく説明し、役に立とうと奮闘する。
でも、話が進むにつれ同盟メンバーの顔色は悪くなって行った。
今までにも魔王討伐クエストについて、説明したことはあったけど、ここまで細かく解説したのは初めてだもんね。
想像以上の難易度を目の当たりにして、尻込みしてしまうのも分かる。
正直、私も不安で堪らないから。
魔王討伐クエストの困難さを知っている分、私は『本当にクリア出来るのか?』と及び腰になる。
『魔王戦はほぼ不明瞭だし……』と思案する中、ニールさんはカチャリと眼鏡を押し上げた。
「魔王討伐クエストの会場に足を踏み入れた瞬間から魔王の成長が始まり、時間の経過と共にHPやMPが増えていくのか……なら、タイムアタックが好ましいな」
「ちなみになんだけどさー、その魔王の配下だっていう四天王?は倒さないと前に進めないのー?フロアボスみたいな扱いー?」
『はいはーい!』と手を挙げて質問してくるシムナさんに、私とセトは顔を見合わせる。
「た、ぶん……倒さなくても、前には進めると思います」
「フロアボスの時みたいに、結界?壁?はなかったし」
「何度か、カインだけ魔王のところまで全力疾走したこともあったよね」
「そうそう、あの時はマジで大変だった……じゃなくて」
思わず昔話に花を咲かせそうになるものの、セトは既のところで我慢した。
慌てて口を押さえ、顔を上げる彼はシムナさんに向き直る。
「極論、四天王を倒さなくても恐らく魔王のところまでは行けます。ただ、足止め役が居ないとずっと追ってくるんじゃないかな……?そうなったら、魔王と四天王を同時に相手しなきゃいけないから、辛いかも」
ポリポリと頬を掻きながら、セトは『想像しただけでも、エゲつないな……』と零す。
これには、私も同意見だ。
「そっかー。でも、素通り可能なら────」
「────何チームかに分かれて行動すれば、魔王のところまで一直線に向かえるね〜」
シムナさんの言葉を引き継ぐ形で、徳正さんはそう言った。
『これはかなり大きな利点だよ』と語る彼に、私達は首を縦に振る。
傍で『ちょっと、それ僕のセリフー!』と叫ぶシムナさんの声が聞こえるものの、スルー。
今はそれどころじゃないから。
もちろん、この利点を見つけてくれたことには感謝しているけど。
「そうなると、タイムアタックがしやすくなりますね」
「ああ。多少戦力は、バラけるが……魔王戦を考えると、致し方ない」
「なら、まずはどこに誰を配置するか決めねぇーとな」
今やるべきことを示す田中さんに、ニールさんは神妙な面持ちで頷く。
そして、一度大きく深呼吸すると、真っ直ぐに前を見据えた。
「皆、よく聞いてくれ。各々思うところはあるだろうが、魔王討伐クエストには────」
そこで一度言葉を切ると、ニールさんは僅かに身を乗り出す。
「────全戦力を投入する。出し惜しみは一切なしだ」
『最初で最後だと思って、挑む』と言い切り、ニールさんはカチャリと眼鏡を押し上げた。
◇◆◇◆
────結局、同盟会議は丸三日ほど続いた。
ちょくちょく休憩時間を挟んでいたとはいえ、みんな既に疲労困憊である。
一週間後に魔王討伐クエストを控えているというのに。
でも、みんなどこか晴れ晴れとした様子だった。
恐らく、腹を括ったからだろう。
今回の議論はかなり白熱したし、何度か仲間割れもしかけたけど……やっぱり、皆『現実世界に帰りたい』という思いがあって、最終的には一致団結出来た。
まあ、一時はどうなることかと思ったけどね……。
「それにしても、あーちゃんのお兄さんの一言は効いたね〜。『どうせ、今回失敗したらもう後はないんだから派手にやろうぜ』ってさ〜」
『格好良すぎて痺れちゃう〜』と冗談交じりに言い、徳正さんはスッと目を細めた。
どこか尊敬を孕んだ眼差しに、私は共感を示す。
「ニールさんの『全戦力を投入する』という意見に反対していた人達は、それですっかり何も言えなくなっちゃいましたよね」
『非戦闘要員の田中にあそこまで言われたらな』
「いやー!本当に男前だったねー!」
珍しくシムナさんまで田中さんを褒め、ニコニコと笑う。
『まあ、半分寝てたからあんまり聞いてなかったけどー』という余計な一言付きで。
「シムナさん……」
「いや、待って、ラーちゃん。この場合は寝なかったことを褒めるべきだよ」
「以前までのシムナなら、確実に寝ていたものね。よく耐えた方だわ」
徳正さんとヴィエラさんに説得され、私は『それもそうか』と思い直す。
そして、シムナさんの頭を撫でていると────不意にリーダーの後ろ姿が見えた。
「あれ?リーダー、どこに行くんだろう?」
出口と逆方向に行く彼を捉え、私はコテリと首を傾げる。
すると、徳正さん達も顔を上げ、リーダーの背中を目で追った。
「あっちは確か、居住スペースだよね〜?」
『ああ。前回来た時はそこに泊まった』
「じゃあ、泊まるつもりなんじゃなーい?」
「あら、それはないと思うけど」
「きょ、今日は旅館の方に泊まると言ってましたよ!」
徳正さん、ラルカさん、シムナさん、ヴィエラさん、アラクネさんの順番で言葉を紡ぎ、顔を見合わせる。
『ん?じゃあ、何でだ?』とでも言うように。
「主君に限って、一言もなく宿泊場所を変えるとは思えないし……トイレかな?」
『FROに排泄機能はない筈だが……』
「じゃあ、仮眠のために部屋を貸してもらったとかー?」
「いい線いってそうだけど……それこそ、私達に一言断りを入れてから、移動するわよね」
「そ、そそそそそそ、それに今日はもう帰るだけですし!わざわざ、部屋を借りなくても大丈夫だと思いまひゅ!」
確かに仮眠は旅館で取れるもんね。
リーダーの移動速度なら、一瞬で帰れるだろうし。
などと考えていると、リアムさんが横から顔を出してきた。
「無名なら、多分────ウチのギルドマスターのところに行ったんだと思うよ☆さっき、僕に居場所を尋ねてきたから」
「「「!?」」」
まさかの真実に、私達はハッと息を呑んだ。
互いに顔を見合わせ、何とも言えない表情で頷き合う。
『恐らく、リアムさんの予想が当たっている』と。
「目的は言うまでもなく……ヘスティアさんの説得でしょうね」
「全く……主君も損な役割を引き受けるね〜」
『でも、アヤやレオン亡き今、ヘスティアを説き伏せられるのはお頭だけだ』
「あんな意気地なし、放っておけばいいのにー」
シムナさんの辛辣な一言に、ヴィエラさんは『ふふっ』と笑みを漏らす。
「確かに今のままじゃ、お荷物も同然ね。でも、きっと────大丈夫よ」
「そ、そうですよ!頭首様なら、彼女を立ち直らせることが出来ましゅ!」
グッと両手を握り締め、アラクネさんは『絶対に何とかなります!』と断言した。
リーダーに絶対的自信を置く女性陣に、私は頬を緩める。
「そうですね。信じて待ちましょう」




