第279話『暴挙』
「よし────では、これよりミミズの駆除を始める」
『ダンジョンボスの討伐』を、『害虫の駆除』に言い換えたリーダーは大剣を握り直す。
グッと足腰に力を入れる彼は三馬鹿と共に、勢いよく地面を蹴り上げた。
氷の足場を利用し、彼らはあっという間に神龍との距離を詰めていく。
目と鼻の先まで迫った四人の刃に、神龍はほんの少しだけ焦りを露わにした。
『っ……!足場を作るなんて、小癪な真似を……!』
細長い体をくねらせる神龍は、攻撃の回避に専念する。
でも、四人全員の攻撃を躱すなど、到底不可能な訳で……胴体に僅かな傷を負ってしまった。と言っても、奴の体は鱗で覆われているため、そこまでダメージは多くないだろうが……。
でも、ここで大事なのはダメージ量じゃなくて、『攻撃を当てた』という点だ。傷を負わされた以上、神龍もいい加減、危機感を抱く筈……これまでのように余裕綽々とは、いかないだろう。精神的にも肉体的にも追い詰められていく筈だから。
冷静に状況を分析する私は、生き生きと動き回る三馬鹿に目を向ける。
楽しそうに武器を振り回す彼らは、情け容赦なく神龍に斬り掛かった。
防戦一方を強いられる神龍は、悔しそうに眉を顰める。でも、鱗のおかげで致命傷は避けられているため、まだピンピンしていた。
少しずつ削っていけば、いずれは勝てるだろうけど、それじゃあ効率が悪すぎる。
「もっと効率よく、ダメージを入れるには一体どうすれば……」
短期決戦を望む私は、顎に手を当てて考え込む。
神龍の弱点を探すように視線をさまよわせる中────“狂笑の悪魔”は暴挙へ出た。
金と銀の斧を一旦アイテムボックスに仕舞った彼は、何を思ったのか……神龍の背中に飛び乗る。
そして、少し身を屈めると────奴の鱗を一枚引き剥がした。
『ぐぎゃぁぁぁあああ!!?』
大きな悲鳴を上げる神龍は、あまりの痛みに悶絶する。
激しく体をくねらせると、壁や天井に体をぶつけた。
暴走する神龍を他所に、シムナさんはピョンッと、背中から飛び降りる。その手には、ビート板くらいの大きさの鱗があった。
えっ……?今、一体何が……?私の見間違いでなければ、鱗を剥いできた……よね?えっ?神龍の鱗って、剥げるの……!?確かに剥ぎ取れそうな見た目ではあるけど……!!バハムートやファフニールと違って、皮膚にピッタリくっついている訳ではないから……!
神龍の鱗はジグソーパズルのようにピッタリ嵌った形状ではなく、鱗同士が重なり合った形状だった。
例えるなら、バハムートやファフニールは硬鱗で、神龍は円鱗と言ったところだろうか……。
まあ、剥ぎやすいからと言って、本当に剥いでくる猛者はなかなか居ないが……。
「りゅ、龍の鱗って────アイテムの素材になりますかね!?ボスの体から剥ぎ取っても、クリアと同時に消えちゃうんでしょうか!?」
堪らずといった様子で、疑問を呈したのは────引っ込み思案なアラクネさんだった。
興奮したように頬を紅潮させる彼女は、フンスフンスと鼻息を荒くする。
職人としての血が騒ぐのか、アラクネさんは龍の鱗に釘付けだった。
類は友を呼ぶと言うべきか……アラクネさんは龍の鱗を剥いだことよりも、鱗の加工に興味があるみたい。もはや、ツッコミを入れる気力すら、湧かないよ……。
「残念だけど、鱗はダンジョンボスの討伐と共に消えちゃうと思うわ。剥ぎ取ったとしても、ボスの体の一部であることは変わらないもの」
なんとも言えない気持ちになる私を他所に、『素材として、扱うことは無理だ』と否定したのはヴィエラさんだった。
優しい手つきで、アラクネさんの背中を撫で、『元気を出して』と励ます。
でも、貴重な素材を諦めるのは相当辛いのか、アラクネさんは半泣きになっていた。
「龍の鱗を持って帰ることはできないけど、観察することはできるわ」
「ほ、ほほほほほ、本当ですか……!?」
「ええ、もちろん。シムナに頼んで、こっちへ持って来て貰いましょう」
キラキラと目を輝かせるアラクネさんに対し、ヴィエラさんはコクリと頷いた。
にこやかに微笑む彼女は、自慢げに鱗を掲げるシムナさんに声を掛ける。
『ちょっと来て』と手招きすれば、彼は不思議そうに首を傾げながら、こちらへやって来た。
「どうしたのー?何かトラブルでも起きたー?」
金色の鱗を小脇に抱えるシムナさんは、スルリと結界の中に入ってくる。
傷一つない鱗を前に、アラクネさんは『わぁ……!』と感嘆の声を漏らした。
「あ、あの……!龍の鱗を観察したいのですが、貸してもらっても大丈夫でしょうか……!?」
「ん?全然いいよー!また剥ぎ取ってくればいい話だから、これはあげるー!」
武器のメンテナンスでよくお世話になっているからか、シムナさんはあっさりと鱗を手離した。
巨大な鱗を貰い受けたアラクネさんは、嬉しそうに頬を緩める。
ツルンとした鱗の表面を撫で回し、『凄い凄い!』と連呼した。
「シムナさん、ありがとうございます……!!」
ガバッと勢いよく頭を下げ、アラクネさんは感謝の意を表す。
『隅々まで観察し尽くします!』と述べる彼女に、シムナさんはニッコリ笑った。
「お礼なんて、別にいいよー!徳正達にたっぷり自慢したら、捨てる予定だったしー!ミミズを討伐したら消えちゃうだろうけど、思う存分観察してよー!」
アラクネさんの頭を優しく撫で、シムナさんはクルリと踵を返す。
『じゃあ、僕はもう行くねー』と言って、彼は結界の外へ出て行った。
重力操作の影響下に戻っても、顔色一つ変えず……駆け足で、リーダー達の元へ戻る。
まだ暴れ回る神龍を前に、シムナさんは『痛がりすぎでしょー』と爆笑した。
アラクネさんのことはちゃんと気遣ってくれたのに、敵には配慮の欠片もないな……まあ、仲間を気遣えるようになっただけ、マシだけど。出会った当初は、配慮の『は』の字もなかったからね……。
当時の記憶を呼び起こす私は、『あの時は大変だった……』と、しみじみ思う。
様々な成長を遂げたシムナさんに、私は感動するものの……神龍に襲い掛かる彼の姿を見て、一気に現実へ引き戻される。
追い剥ぎならぬ、鱗剥ぎに興じる彼はニッコニコの笑顔だった。
「あはははっ!超ウケるー!鱗を守ろうと、必死すぎでしょー!」
ケラケラと笑い声を上げるシムナさんは、嬉々として鱗に手を伸ばす。
だが、同じ手に引っ掛かるほど、神龍も馬鹿ではなく……グルンッと体の向きを変えた。
空中で仰向けになった神龍は、シムナさんを振り落とすことに見事成功する。
『これで体勢を立て直せる』かと思いきや────間髪入れずに、徳正さんが飛び乗ってきた。




