第271話『第三十六階層』
大急ぎでシムナさんの身嗜みを整え、攻略情報の確認を行った私は仲間達と共に第三十六階層へ降りていた。
薄暗い洞窟の中で、私達『虐殺の紅月』は中層魔物と向かい合う。
普段の勢いを取り戻したシムナさん達は活き活きしており、戦いたくて堪らないようだった。
皆、やる気満々って感じだな。これなら、五分と待たずに次の階層へ行けるかも。
瞬殺という二文字が脳裏に浮かび上がり、私は第三十六階層の魔物に同情を寄せる。
ゲーム内ディスプレイで更新情報を確認しながら、三本足のカラスを見上げた。
「第三十六階層の魔物は────八咫烏です。闇魔法に特化した魔物で、暗闇での戦闘を好みます。そのため、魔法で辺りを真っ暗にして戦うことが多いようです」
公式の情報を読み上げた私は、三十体近く居る八咫烏と向かい合った。
宙を舞う三本足のカラスたちは『カァーカァー』と鳴きながら、こちらを睨みつける。
明らかな敵意を見せる八咫烏に、徳正さん達は愉快げに目を細めた。
「殺意むき出しだね〜。今すぐにでも飛び掛かって来そうだよ〜」
「実力差も分からず、殺気を放つなんて馬鹿みたーい!カラスは賢いって聞いていたのにー!ざんねーん!」
『現実世界のカラスと比べるのは可哀想だぞ。彼らにも彼らなりの矜恃があるのだから、やめてやれ』
ポンッとシムナさんの肩を叩くラルカさんは、静かに首を横に振る。
哀れみという名の嘲笑を込めた煽りに、八咫烏は『カァーカァー!』と一際大きな声で鳴いた。
会話の内容は理解出来ずとも、馬鹿にされていることだけは分かったのだろう。
怒りを露わにする八咫烏たちはバサリと翼をはためかせ、飛翔すると────一斉に闇魔法を放った。
突然真っ暗になった洞窟内で、私は純白の杖をギュッと握り締める。
八咫烏の戦い方を事前に知っていたとはいえ、視界を奪われるのは、ちょっと怖かった。
想像以上に真っ暗で、何も見えない……暗闇に一人取り残されたのように感じる。皆は大丈夫かな……?って、心配する必要はないか。同士討ちの可能性はあれど、八咫烏に殺られることは絶対に有り得ない。だって、彼らは────自他共に認める最強プレイヤーなんだから。
「ここまで暗いと、視力は役に立たないね〜。まあ────気配探知のエキスパートである俺っちには、関係ないけど〜」
右横から陽気な声が聞こえたかと思えば、耳元で八咫烏の絶叫が聞こえた。
ビクッと肩を揺らす私は『一体、何事!?』と周囲を見回す。
暗闇の中で一人オロオロしていると────突然、明るくなった。
良好になった視界の中で、改めて周囲を見回せば、徳正さんと目が合う。彼の愛刀は誰かの血で汚れていた。
状況から察するに、私を襲おうとした八咫烏を倒してくれたのだろう。突然視界が良好になったのは、八咫烏の討伐により闇魔法が解けたから……と言っても、一部だけだけど。
光を取り戻したのは私の周囲だけで、第三十六階層は依然として暗闇に包まれている。
効果範囲の境目と思しき黒い壁を見つめ、私はそこに人差し指を突っ込んだ。
出入りを制限する効果はないのか、あっさりと壁を通り抜ける。
思ったより杜撰な闇魔法に内心ガッカリしながら、私は徳正さんと向き合った。
「まずは助けて頂き、ありがとうございました。危うく、八咫烏に殺されてしまうところでした」
「どういたしまして〜。それより、闇魔法の観察はもういいの〜?」
「はい。もう充分です」
「そ〜お?じゃあ────」
そこで言葉を切ると、徳正さんは愛刀を勢いよく振り下ろし、八咫烏の返り血を振り払った。
「────一気に討伐しちゃうね〜?皆、苦戦しているみたいだし〜」
ヘラリと笑う徳正さんは剣の柄を握り直し、黒い壁に目を向ける。
『良いところを見せなければ』とでも思っているのか、彼は妙に好戦的だった。
気合い十分な徳正さんを前に、私は八咫烏たちの冥福を祈る。
『どうか、安らかに眠ってくれ』と願う中────八咫烏の悲鳴が鼓膜を揺らした。
「だーれーがー!苦戦しているってー!?勝手なこと言わないでくれるー!?暗闇での戦闘くらい、全然余裕なんだからー!」
そう言って、黒い壁の向こうから姿を現したのは、“狂笑の悪魔”と呼ばれるシムナさんだった。
八咫烏の首を乱暴に掴む彼は不満げな表情を浮かべ、プンスカ怒る。
『音と匂いで相手の居場所くらい分かるし!』と抗議しながら、八咫烏の首をへし折った。
光の粒子と化す八咫烏を投げ捨て、シムナさんはプクッと頬を膨らませる。
表情や仕草は子供っぽいのに、握力は全然子供っぽくないな……毎回思うけど、その力は一体どこから湧いてくるの?
暗闇の範囲が狭まった洞窟内で、私はシムナさんの怪力に疑問を抱く。
『レベルの問題か?』と仮説を立てていく中、グェッと喉の潰れような声が鳴り響いた。
『シムナの言う通りだ。徳正の力など借りずとも、鳥の駆除くらい出来る。あまり舐めないでくれ』
と書かれたホワイトボードを掲げ、一体分の闇魔法を解いたのは“斬殺の死神”であるラルカさんだった。
毎度おなじみのクマの着ぐるみを返り血で濡らし、こちらへ歩み寄ってくる。
可愛さより、恐ろしさが勝つ格好に、私は敢えてツッコミを入れなかった。
「え〜?別に舐めている訳じゃないよ〜?ただ、『苦戦しているな〜』と思っただけで〜……と言うか、二人とも!俺っちの出番を横取りしないでくれる!?ラーちゃんに格好いいところ、見せられないじゃん!」
不満そうに眉を顰める徳正さんは、ブーブーと文句を垂れる。
まだ一体しか倒せていないと焦る彼を前に、私は『はぁ……』と深い溜め息を零した。
心底どうでもいい事情に呆れ返る中────突如として、暗闇は消え去る。
まるで夜が朝に、月が太陽に、闇が光になるかのように……。
「────残念だけど、徳正の出る幕はもうないわ。何故って?私がもう全部倒しちゃったからよ」
第三十六階層の中央に立ち、嫣然と微笑むのは他の誰でもないヴィエラさんだった。
八咫烏の残骸と思しき、大量の光の粒子に囲まれる彼女は『うふふっ』と、お上品に笑う。
「ごめんなさいね?カラスたちの鳴き声があまりにも煩くて、痺れを切らしちゃったわ」
申し訳なさそうに肩を竦めるヴィエラさんは、言外に『遅い』と言い切る。
一瞬で獲物を全て奪われた徳正さんは残念そうに肩を落とした。
「そんな〜!ヴィエラ姉様ってば、酷いよ〜!そりゃあ、早く動かなかった俺っちも悪いけどさ〜!」
「諦めろ、徳正。こういうのは早い者勝ちだ」
「うぅ〜!主君まで、そんなこと言わないでよ〜!誰か、俺っちを慰めて〜!」
リーダーにまで突き放された徳正さんは『え〜ん』と泣き真似をしながら、項垂れる。
でも、誰一人として徳正さんを慰めようとする者は現れず……ただただ、恥を晒す結果となった。




