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第269話『愛《シムナ side》』

 ────時は少し遡り、ラミエル達と別れた直後のこと……僕達はアラクネから、事のあらましを簡単に説明された。

次から次へと流れ込んで来る情報に、僕達は目を白黒させる。

『衝撃』なんて言葉じゃ片付けられないラミエルの言動と思想に、どう反応すればいいのか分からなかった。


「────ということがありまして……徳正さんはラミエルさんとの対話を望んだんだと、おみょ……思います!」


 言葉を噛みながらも、何とか最後まで言い切ったアラクネは『ふぅ……』と一つ息を吐いた。

言い表せぬ緊張感から解放された彼女は、強ばった表情を和らげる。

でも、お通夜みたいな暗い雰囲気を放つ僕らに気づくと、僅かに眉尻を下げた。

自己嫌悪に陥る僕は八つ当たり気味に、第十一階層の魔物(モンスター)────霊亀(れいき)を薙ぎ払う。

背中に小山を背負った巨大亀はあっさり吹き飛ばされ、光の粒子と化した。


 何で僕はラミエルの異常に気づけなかったんだろう?あれだけ傍に居たのに……。

友人達の死にショックを受けているのは知っていたけど、自己犠牲が当たり前だと思っているなんて……全然知らなかった。『ラミエルには僕達が居るんだから、大丈夫でしょ』程度にしか思っていなかった。

なんて、愚かなんだろう?あれだけ好きだと……愛していると言ったくせに、好きな子の苦しみにすら気づけなかったなんて……なんとも情けない。


 不甲斐ない自分に嫌気が差し、僕は苛立たしげに斧を振るう。

今からでもボスフロアへ戻って、ラミエルの説得に尽力しようかと考えるが……僕には出来なかった。『合わせる顔がない』とか、『会うのが気まずい』とかじゃなくて、ただ単純にラミエルを説得できる自信がなかった。


 僕は自他共に認める狂人だ。現実世界(リアル)でもゲーム世界(ネット)でも、周りから『頭がおかしい』と言われている。僕自身も自分が正常な人間だと思ったことは一度もない。

そんな僕が────真っ当な人間であるラミエルを説得できるだろうか……?

答えは否だ。出来る訳がない。今だって、必死に言葉を探しているけど……ラミエルの納得するような説明は見つからない。そもそも、ラミエルの気持ちや考えを僕は全く理解していなかった。


 相手の気持ちに寄り添うことも出来ず、説得など……土台無理な話である。

共感性の欠如を嘆く僕は、生まれて初めて狂人であることを後悔した。

何故、自分は普通の人間じゃないのか?と己の存在そのものを呪う。

ラミエルのおかげで広がった世界はキラキラと輝いているのに……僕に新たな苦しみを与えた。


 ラミエルは沢山のものを僕にくれたのに……僕はラミエルのために何も出来ない。説得はもちろん、励ますことだって出来ないだろう。


「何で僕はこんなに無力なの……?」


 掠れた声でそう呟く僕は少し泣きそうになりながら、霊亀を蹴り飛ばした。

勢いよく飛んで行った亀はガンッと壁に激突し、甲羅に亀裂が入る。

そこへヴィエラの火炎魔法が直撃し、霊亀は光の粒子に変化した。

無言のまま洞窟内を進む僕らは流れ作業のように、黙々と魔物(モンスター)を倒していく。


 魔物(モンスター)退治みたいに、ラミエルの説得も力で解決出来ればいいんだけど……それじゃあ、ただの脅しになっちゃうよね。根本的な解決にはならない。何より────ラミエルに嫌われたくない。


 グッと手に力を入れる僕は、初めて芽生えた気持ちにどう接すればいいのか分からなかった。

今まで他人からの評価など気にしたことがなかったから。

たとえ、化け物を見るような目で見られても、存在そのものを否定されても、どうでも良かった。

でも、ラミエルだけは……怯えながらも僕に手を差し伸べてくれたあの子だけは『どうでもいい』と割り切れなかった。僕をどう思っているのか?と、嫌でも気になってしまう。


 出会った当初は他の人間と同じように興味も関心も無かったのにね……でも、頑張って僕と話そうとしたり、僕を理解しようとする姿はとても新鮮だった。狂人である僕とも、ラミエルは真正面から向き合ってくれた。優しさを教えてくれた。一人の人間として、扱ってくれた。

僕の世界を広げてくれたラミエルに、嫌われたくないと思うのは当然の事じゃないだろうか……?ずっと傍に居て欲しいと願うのは、いけないことかな……?


 ワガママとも自分勝手とも取れる願いを胸に抱く僕は最後の一体である霊亀を切り裂く。

ビシャッと飛び散る返り血を前に、ふと後ろを振り返った。


 ごめんね、ラミエル……狡い僕を許して。君に拒絶されるのがとても怖いんだ。徳正のように全てをかなぐり捨てでも、君と向き合う勇気がない。嫌われるかもしれないと思うと、足が竦んでしまう。君のことを愛しているのに、君のために全て捨てることが出来ないんだ……。


 臆病な自分を守ることしか出来ない僕は、徳正に全てを託した。

丸投げに等しい暴挙に自嘲しながら、返り血で染まった前髪を掻き上げる。


「────誰かを愛するって、凄く難しいね……」


 独り言のようにそう呟いた僕はクルリと身を翻した。

矛盾だらけの愛に思いを馳せ、愛する事と大切にする事はイコールじゃないのだと悟る。

複雑な心境に陥る僕は血濡れのまま、第十二階層へと降りた。

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