第268話『愛を勇気に』
自分でも最低なことをしている自覚はあった。でも、この程度で折れてしまう愛なら……不要だと思ってしまう。
何様だと言いたくなるような傲慢さに、私は内心苦笑を漏らした。
どんどん嫌な女になっていく自分に嫌悪感を抱く中────徳正さんはふわりと柔らかく微笑む。
不躾な質問をされたにもかかわらず、彼は嫌な顔一つしなかった。ただただ嬉しそうに笑い、私の手に擦り寄る。
「はははっ!嬉しいなぁ〜。ラーちゃんが俺っちの愛を確かめてくれるなんて〜。今まで見向きもしなかったのに〜。少しは俺っちの好意に興味を持ってくれたってことかな〜?だったら、すっごく嬉しい〜!」
怒りを露わにするどころか、歓喜する徳正さんはスッと目を細めた。
既に好き好きオーラ全開の彼に、私は思わず固まってしまう。
困惑する私を前に、徳正さんはそっと腰を抱き寄せた。
「あのね、俺っちはどんなラーちゃんでも大好きだよ。良い子だから、好きな訳じゃない。どんなにワガママでも、悪い子でも、気分屋でも……ラーちゃんなら、全部好き。たとえ、犯罪者でも愛せるよ。だから────何も心配しなくていい。俺っちの全てはラーちゃんのものだから。これは一生変わらないよ」
惚けるような笑みを浮かべ、徳正さんは幸せそうにそう語った。そこに迷いや躊躇いは一切感じられない。
愛という名の勇気を分け与えられた私はギュッと胸元を握り締めた。
ここまで言ってもらって……これだけ愛してもらって、徳正さんの願いを跳ね除けることは出来ない。私もいい加減────変わらなきゃ。いつまでも過去に囚われていては駄目だ。たとえ、完全にトラウマを克服することが出来なくても、変わるための努力を怠ってはいけない。努力をする前から、無理だと決めつけて諦めるのはあまりにも徳正さんに失礼だ。
「私の不躾な質問に答えて下さり、ありがとうございます。おかげで決意を固めることが出来ました」
やんわりと徳正さんの胸板を押した私は密着する体を離し、自分の足でしっかりと立つ。
本当の自分を受け入れ、辛い現実と向き合う覚悟を決めた私は真っ直ぐに前を見据えた。
「正直、今すぐ考え方を変えることは出来ません。私はまだまだ未熟で、弱いままだから……でも────」
そこで言葉を切ると、私は両手を胸元に添え、僅かに表情を和らげた。
「────これからはもっと自分を大切にして行こうと思います。もう自分を蔑ろにしたり、肉壁だと卑下したりしません」
まるで誓いを立てるかのように両手を組むと、私は“自分なりの答え”を徳正さんに伝えた。
彼の願いを叶えたい、と……変わりたい、と……前へ進みたい、と表明する。
私の覚悟を目の当たりにした徳正さんは僅かに目を見開き、ふわりと微笑んだ。
「そっか。なら、良かったよ。俺っちの願いを受け入れてくれて、ありがとう」
安心したように表情を和らげる徳正さんはこちらへ手を伸ばした。
優しい手つきで私の頭を撫で、そのまま頬へ手を滑らせる。
肌越しに伝わってくる体温も、私を見つめる眼差しも、滲み出る愛情も全て────暖かった。ずっと徳正さんの傍に居たいと思ってしまうほどに。
「徳正さんの傍は居心地がいいですね」
ほぼ無意識にそう呟いた私は、頬に添えられた彼の手に自身の手を重ねる。
まるで恋人のようなスキンシップに、徳正さんは大きく目を見開くと────カァッと赤面した。
耳まで真っ赤にする彼は空いている方の手で自身の口元を押さえる。
「くそっ……!そのデレは狡い……!可愛すぎる……!マジで襲うよ……!?」
何かと葛藤する徳正さんはブツブツと文句を言いながら、深呼吸を繰り返した。
「マジで俺っちの理性に感謝して欲しい……!他の男だったら、秒で襲っているから……!ラーちゃんはいい加減、自分の可愛さを自覚するべき!」
「可愛さ、ですか……?いや、自分好みのキャラデザにしたので可愛いのは当たり前だと思いますけど……」
「違う!そういうことじゃない!でも、鈍感なラーちゃんも最高に可愛いよ!」
「は、はあ……?」
全くもって徳正さんの主張を理解出来ない私は、コテリと首を傾げる。
謎の悶絶を繰り返す徳正さんはしばらく騒いだ後、ようやく正気を取り戻した。
茹で蛸のように真っ赤だった顔や耳は健康的な肌色へと変化する。
「……ねぇ、ラーちゃん」
「はい、何でしょう?」
「不意討ちのデレはもうやめようね。俺っちの理性が壊れちゃうから」
「えっと……善処します(?)」
神妙な面持ちでこちらを見つめる徳正さんに対し、私は曖昧に微笑んだ。
『不意討ちのデレって、何?』という疑問を押し殺し、純白の扉を振り返る。
「あの……話し合いも終わったことですし、もうそろそろ皆さんのところへ行きませんか?」
話題変更がてら、合流を提案する私は第十一階層へ繋がる扉を指さした。
リーダー達と別行動を取ってから、少なくとも三十分は経過している。うちのメンバーなら大丈夫だと思うけど、出来るだけ早く合流しなきゃ。あまり悠長にしてはいられない。
「あー……そうだね〜。そろそろ、移動しよっか〜。早く行かないと、良いところ全部取られちゃうし〜。俺っちの見せ場が無くなっちゃうよ〜」
不純な動機を掲げる徳正さんは『んー!』と一回、伸びをした。
適度に体をほぐすと、何の気なしにこちらを振り返る。
「それじゃあ────行こっか、ラーちゃん」
いつもと同じ柔らかい声で、いつもと同じ優しい眼差しで、いつもと同じおちゃらけた態度で、彼は私に手を差し伸べた。
本当の私を見た後でも変わらない優しさに、少しだけホッとする。
決して壊れることの無い絆に目を細め、私は徳正さんの手を取った。




