第267話『嫌な自分』
「────だから、私は皆の思い描く私じゃなきゃダメなの!そうじゃなきゃ、存在している価値がない……誰も私を見てくれない……」
勢いに任せて、過去を暴露した私はポロポロと大粒の涙を零す。
ギュッと強く徳正さんの手を握り締め、縋るような……でも、鋭い眼差しで彼を射抜いた。
こんなのただの八つ当たりに過ぎないと理解しながらも、止められない……自分の生き方や過去に彼は関係ないと言うのに。
────本当の私がこんなに嫌な女だったなんて、知らなかった……。
「お願いだから、私のことに口出ししないで!私を否定しないで……!もう放っておいてよ!」
嫌な自分と、理不尽な現実と、切実すぎる徳正さんの願いと向き合うのが怖くて、私は彼の手を投げ捨てるように離した。
全てから目を背けるように身を翻し、両耳に手を押し付ける。もう何も聞きたくないとでも言うように……。
徳正さんが心の底から私を心配し、歪んだ考え方を正そうとしてくれているのは分かっている。でも、もう遅いの……私は義母の呪縛から逃れられない。どんな正論を説かれても、どんな綺麗事を並べられても、私は『普通』になれないの。だから、もう突き放して欲しい……見放して欲しい。『こんな女、どうでもいい』と吐き捨てて欲しい。
────今なら、まだ傷つかずに済むから。
「これ以上、私を追い詰めないで……!」
最初から最後まで自分のことしか考えていない私は何とか自分を守ろうと必死だった。
悲劇のヒロイン気取りで、相手の気持ちも考えずに本音をぶちまける。まさに最低だ。
でも、過去の呪縛と向き合いたいと思えるほど、私は強くなかった。
ここまで言えば、きっと徳正さんも諦めてくれるだろう。
『なんだ、この身勝手な女は』と呆れ、私のことを見捨ててくれる筈……なのに────何で私は悲しんでいるんだろう?まさか、期待しているの?あれだけ自分勝手に喚き散らしたと言うのに?徳正さんの言葉を全て跳ね返したくせに?
「ははっ……馬鹿みたい」
独り言のようにボソッと呟く私は『面倒臭い女だな』と自嘲する。
嫌な自分から逃げたくて、本当の自分を隠したくて、理想の自分になりたくて……私はそっと目を閉じた。
うっかり出て来てしまった“本当の自分”をナイフで刺し、罵り、頑丈な檻の中へ放り込む。
そう、今までのように心の奥に押し込めてしまえばいい。本当の自分なんて────必要ないんだから。
「────ラーちゃん、俺の話はまだ終わっていないよ」
「!!?」
両耳に押し当てた手を後ろから無理やり剥ぎ取られ、私は反射的に目を開けた。
柔らかい声に釣られるように後ろを振り返ると、漆黒の瞳とバッチリ目が合う。
真っ直ぐにこちらを見つめる徳正さんはいつになく真剣で、優しさは微塵も感じられなかった。
「べ、別に話すことなんて……」
「あるよ。俺にはある。だから、聞いて欲しい」
食い気味にそう答えた徳正さんは私の肩を掴むと、そのままクルリと体を回した。
半ば無理やり体の向きを変えられた私は不本意ながら、徳正さんと向かい合う。
いつもより強引な徳正さんの態度に困惑していると、彼は私の頬に手を添えた。
「まずは謝罪させてほしい。ラーちゃんの気持ちを考えずに勝手なことを言って、ごめん。ラーちゃんの生き方を否定するつもりはなかったんだ。それから、辛い過去を打ち明けてくれて、ありがとう」
驚くほど優しい声で言葉を紡ぐ徳正さんは、自分勝手な私を突き放すどころか、ただ優しく受け止めてくれた。
僅かに目を見開く私は陽だまりのように温かい彼の眼差しに、魅入られる。
「様々な経験を通して、見出したラーちゃんの生き方を否定はしない。間違っていると非難するつもりもない。相手の理想に近づこうとするのは決して悪いことじゃないからね。俺っちだって、好きな子のタイプに近づこうと努力したりするし!でも────」
そこで言葉を切ると、徳正さんは縋るように……そして、悲しそうに微笑んだ。
「────自己犠牲が当たり前だとは、思わないでほしい」
少し掠れた声でそう懇願する徳正さんはセレンディバイトの瞳をじわりと濡らす。
切実すぎる彼の願いに、私は直ぐに『嫌だ』と拒絶することが出来なかった。
喉に何か詰まったように声が出ず、キュッと唇を引き結ぶ。
「あのね……さっきも言った通り、ラーちゃんの生き方を否定するつもりはないんだ。でも、やっぱり、これだけは譲れなくて……!俺っちは……俺はラーちゃんのことが本当に大好きだから、傷ついて欲しくない!誰かの肉壁なんかにならないで!ちゃんと自分のことを大切にして!」
真っ直ぐに想いをぶつけてくる徳正さんは、伝え切れないほどの愛を必死に訴えてくる。
あまりにも純粋で、重すぎる愛は私の心をこれでもかってくらい揺さぶった。
もし、『好き』に質量があるのなら、私は今頃徳正さんの好意に押し潰されているだろう。それくらい、彼の想いは大きかった。
「ラーちゃんの全てを受け入れたいけど、自己犠牲だけはどうしても認められない……!許容出来ない!」
「徳正さん……」
「お願いだよ、ラーちゃん────好きな子に縋ることしか出来ない女々しい男の願いを叶えてくれ!」
コツンッと、おでこをくっつける徳正さんは一筋の涙を流した。
こんなにも一生懸命に私を想い、身を案じてくれるのは恐らく彼だけだろう。そう分かっているからこそ、突き放すことなど出来なかった。
「……徳正さん、一つお聞きしたいことがあります」
大分落ち着きを取り戻した私は普段通りの口調と態度で、徳正さんに話し掛ける。
別に話題を変えたくて、質問した訳じゃない。ただ、徳正さんの願いに答える前にどうしても聞いておきたいことがあった。
僅かに眉尻を下げる私は涙で濡れた彼の頬にスルリと手を滑らせる。
肌越しに伝わってくる彼の体温に目を細め、私は意を決して口を開いた。
「徳正さんは─────本当に私のことを愛していますか?」
失礼なことだと分かっていながら、私は徳正さんの気持ちを試すような質問を投げ掛ける。
言葉や態度であれだけ『好きだ』と伝えられたのに、まだ安心出来なかった。
別に彼の気持ちを疑っている訳では無い。ただ、どんな私でも好きでいてくれる確証が欲しかった。
ズルい女でごめんなさい。でも、お願いします。臆病な私に変わるための勇気をください。
「過去の話を聞いた今でも、本気で私を愛していますか?同情で『愛している』と言っているだけじゃないですか?汚い本音にまみれた本当の私を……徳正さんは愛してくれるんですか?貴方が好きなのは────皆の理想を演じる“ラミエル”じゃないんですか?」
『失礼』なんて言葉じゃ収まりきらないほどの問いを、私は次々と投げ掛けた。




