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第266話『高宮静香』

 肩くらいまである黒の長髪、短く切り揃えられた爪、化粧っ気のない顔に地味な服装……鏡に映る自分はいつだって、絵に描いたような優等生だった。

ポイ捨て・信号無視・遅刻など……大抵の人が一度はやったことがあるであろうマナー違反や法律違反を、私は一度もやったことが無い。『あれがやりたい』なんてワガママを言ったこともないし、『あれが欲しい』と強請ったこともない。


 だって、私は……高宮静香は────良い子だから。何かを欲しがったり、求めたりしてはいけない。いつだって、本当の自分を押し込めて我慢するの。それが周りの求める高宮静香(わたし)だから。


◇◆◇◆


 我が家は元々父子家庭で、実の母は私を産んで直ぐに亡くなってしまった。

しばらくは父方の実家に預けられることになったけど、父の再婚を機にまた一緒に暮らすようになった。

相手の女性には二人の子供が居るようで、まだ幼かった私は『仲良くなれたら、いいな』と期待に胸を膨らませていた。

でも────待っていたのは我慢を強いられる毎日だった。


 義母の連れ子は二人とも男の子で、体を動かすのがとにかく大好きだった。しょっちゅう、家の物を壊してはケラケラ笑っている。最初こそ注意していたものの、義母に『男の子なんだから、これくらい普通よ。いちいち、怒らないでちょうだい』と叱られてしまい、何も言えなくなった。

他にも私の玩具やぬいぐるみを義母の連れ子(弟達)に壊されたりしたが、義母は完全に放置。買い替えてくれることさえ、しなかった。弟達の玩具は直ぐに新しいものを買って来てくれるのに、だ。


 最初は気のせいかとも思ったが、弟達と私の扱いには明らかに差がついている。

それに不満が一切なかったと言えば嘘になるが、義母に嫌われたくなくて、私はひたすら我慢した。


 大丈夫……私は良い子だから、耐えられる。だって、お義母さんが言っていたもん。『静香は手の掛からない子だから、凄く助かる。いつも、ありがとう』って。それにね、学校で良い成績を取ると、お義母さんが褒めてくれるの。だから、私はお義母さんの求める“私”になる。真面目で、優しくて、周りをよく見ている“高宮静香”に……。


 義母の期待に応えるため、努力を惜しまないと決心した私は必死に勉強に打ち込んだ。成長した弟達が不良になろうと、義母が散財を繰り返そうと、父が家庭に関心をなくそうと……気にせず、良い子を演じ続けた。

その結果、私は私立中学で特進クラスに入れるほどの秀才になり、学級委員長や生徒会長を任せられるようになった。高校受験も順調で、第一志望の高校はA判定。余程のことがなければ、落ちることはない。

だから、油断していたのかもしれない……私は受験当日────高熱を出して、テストを欠席した。


 一応、高校側に事情を話したものの、再テストは受け入れて貰えず……結局、私は滑り止めの高校に入学することになった。

そのことを義母に報告すると……彼女はあからさまに顔を顰めた。


「風邪のせいで受験に落ちるなんて、何をやっているの!?もうママ友たちに『静香はあの難関高校に入学するのよ』って言っちゃったじゃない!どうしてくれるの!?」


「ご、ごめんなさい……」


 家のリビングで義母と向かい合う私はキュッと縮こまり、下を向く。

義母の顔をまともに見れない私は目尻に浮かんだ涙をゴシゴシと手で拭った。


「はぁ……全く、体調管理も出来ないなんて、一体どうなっているの?」


「えっと……風邪を引いたのは多分、弟達が私の部屋の暖房を勝手に切ったからで……」


「言い訳なんて、聞きたくないわ!それに弟達のせいにするなんて、お姉ちゃん失格よ!」


 弁解すらさせてくれないのか、義母は近所にまで聞こえそうなほど大声で怒鳴り散らした。

ビクッと肩を揺らす私はヒシヒシと伝わってくる彼女の怒りに、震え上がる。

今までにも何度か叱られたことはあったが、ここまで怒りを露わにされることはなかった。


 確かに体調不良の原因を全て弟達のせいにするのは良くないけど、真冬に暖房もつけずに眠れば、誰だって体調を崩すと思う……。でも、そんなこと言っても無駄だよね……。だって、それは────お義母さんの求める“私”じゃないもん。優等生の高宮静香なら、誰かのせいにしたりせず、『全部私のせいです』って言う筈……だから────。


「────ごめんなさい。全て私の責任です。弟達は関係ありません」


 全面的に非を認めた私は全ての不満を呑み込み、ペコリと頭を下げた。

冷めた目でこちらを見下ろす義母は『ふんっ!』と満足そうに鼻を鳴らす。


「分かってくれれば、それでいいわ。でも────貴方にはガッカリ(・・・・)したわ。体調管理もちゃんと出来ないなんて……ハッキリ言って、失望(・・)した」


 『期待していたのに……』と嘆く義母は物憂げな表情を浮かべ、自身の頬に手を添える。

やれやれと首を左右に振る彼女は『はぁ……』と深い溜め息を零した。


「優秀な貴方なら、私の期待に応えてくれると思ったのに……残念だわ」


「ご、ごめんなさ……」


「謝罪はもう結構よ。口では何とでも言えるもの。だから、態度で示してちょうだい。じゃないと────貴方を嫌いになりそうだわ」


「!?」


 真顔でそう言ってのけた義母に迷いはなく……本気なのだと瞬時に悟る。

今までずっと義母に嫌われないよう、頑張ってきた私にとって、それはある意味死刑宣告と同じだった。


 優秀じゃないと……良い子じゃないと、お義母さんに捨てられる!失望されないようにしないと……!もっと努力して、お義母さんの思い描く高宮静香になりきるんだ……!


 強迫観念にも似た不安が心を蝕み、私はサァーッと青ざめた。

高宮静香(わたし)なら、出来る……出来ないと駄目』と心の中で繰り返し、震える手を握り締める。


「お、お義母さんを失望させないよう頑張ります……だから、嫌いにならないで下さい!」


「あら、それは貴方の努力次第よ。まあ、せいぜい頑張ってね」


 ポンッと私の肩を軽く叩いた義母はうっそりと目を細め、踵を返した。

買い物でもしに行くのか、財布を持ってリビングから出ていく。

パタンッと扉の閉まる音が聞こえ、私はヘナヘナとその場に座り込んだ。


「頑張らなきゃ……」


 本能に刻み込むようにそう呟いた私はキュッと唇を引き結ぶ。

『失望』の二文字に恐怖を覚えながら、私はポロポロと大粒の涙を流すのだった。


 ただ、愛されたいだけなのに……必要とされたいだけなのに、何でこんなに苦しいんだろう?私は良い子じゃないと、存在する価値すらないの?誰か悪い子でもいいよって、言ってよ……ありのままの私を受け入れてよ。良い子を演じるのは────もう疲れた。


 『助けて』の一言さえ言えない私はただ救いを待つことしか出来なかった。でも、困っていると……助けて欲しいとアピールさえ出来ない私に、救いの手を差し伸べてくれる者など現れる筈もなく……時間ばかりが過ぎていく。

義母に失望されたくなくて、勉強に勉強を重ねた私は青春を犠牲にして有名大学への進学を勝ち取った。

今はバイトをしながら、一人暮らしをしている。


 でも────親元を離れても、失望のトラウマは消えなかった。まるで呪いのように私に付き纏い、本当の私を縛り付けている。

果たして、この呪縛から解き放たれる日は来るのだろうか……?

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