第261話『窮奇との戦い』
「────アラクネさんは窮奇を倒すために罠を張ってください。罠の種類はそうですね……|Forest of trap《罠の森》にあった蜘蛛糸のやつが理想です」
殺傷能力の高い蜘蛛糸の罠を思い出し、『あの時は大変だったな』と失笑した。
数ヶ月前に起きた出来事なのに何故だか、とても懐かしい気持ちになる。
僅かに目元を和らげる私の後ろで、アラクネさんは不安そうに瞳を揺らした。
「わ、罠……ですか?それは別に構いませんが、その間ラミエルさんは……」
「私は窮奇の足止めに徹します」
「えっ!?そ、それはあまりにも危険です……!さっきだって、危ない目に遭っていたじゃないですか……!」
珍しく声を荒らげるアラクネさんは必死に危険性を訴えてくる。
でも、この時間稼ぎは誰かが……いや、私がやらなくてはならないことだった。
「危険なのは認めます。ですが、確実に窮奇を倒すためにはこうするしかありません。それに私は職業別ランキング一位の回復師ですから。致命傷さえ避ければ、何度だって立ち上がれます」
『ある意味ゾンビですよ』と冗談めかしに言うと、アラクネさんはギュッと拳を握り締めた。悲痛の面持ちで俯く彼女は『私にもっと力があれば』と悔しそうに呟く。
笑いを誘ったつもりが、逆に心配されることになってしまったらしい。
『私にもっと力があれば』か……それはこっちのセリフだよ。戦闘経験は私の方が多いのに、全然役に立てていないんだから……本当に情けない。
フッと自嘲にも似た笑みを浮かべる私は短剣をグッと握り締める。
情けない自分の姿に嫌気が差しながら、私は一つ息を吐いた。
「先程、助けて貰ったばかりなのにこう言うのは生意気かもしれませんが────私のことを信じてください。私の強さを、経験を、全てを……。代わりに私もアラクネさんの全てを信用するので」
「!!」
信頼という名の期待を抱いて欲しいと申し出れば、アラクネさんは大きく目を見開いた。
心配だからと拒むのではなく、信用しているから背中を押す────それが私達『虐殺の紅月』の在り方である。だって、仲間の信頼に応えぬメンバーなど居ないから。
私達は良くも悪くも変人ばかりで、纏まりがないパーティーだけど、仲間同士の結束は固い。少なくとも、私はそう思っている。
最低で最高な仲間達を脳裏に浮かべ、私は視線を前に戻した。
グォォォオオ!と雄叫びを上げる窮奇が再びこちらへ突進してくる。
『絶対にアラクネさんの元には行かせない!』と覚悟を固める中、不意に後ろから声が聞こえた。
「分かりました。私もラミエルさんのことを────信じます!だから、罠が完成するまで窮奇のこと、よろしくお願いします!」
信頼の籠った力強い言葉に頬を緩め、私は『了解です!』と叫ぶ。
その直後────私は勢いよく突っ込んできた窮奇を短剣一つで受け止めた。
ズザザザザッと少し後ろに押されながらも、何とか踏ん張る。
っ……!『信じてください』とは言ったものの、やっぱりキツい……!でも、頑張って耐えなくちゃ!私が今ここで倒れれば、アラクネさんまで危険な目に遭ってしまう!私のサポート不足のせいでこうなったのに、仲間まで危険に晒す訳にはいかない……!
グッと奥歯を噛み締め、私は折れかかった心を繋ぎ止める。
短剣越しに流れ込んでくる静電気に眉を顰めつつ、アイテムボックスから毒針を取り出した。
先端に麻痺毒が塗られたそれを私は何とか口で咥える。
窮奇の突進を止めるのに精一杯で両手は今、使えない……一瞬でも手を離せば、そのまま後ろへ押し倒されてしまうだろう。正直、毒針を口で使うのはめちゃくちゃ危ないけど、今はそんなこと考えていられない……!
『たとえ、毒に犯されても直ぐに治せばいい』と考える私は針穴の方を上唇と下唇で挟む。そして、毒がベッタリ塗られた針先を窮奇の顔に向けた。
「はふぁれふなら、いまのふひでふよ(離れるなら、今のうちですよ)」
言葉が分からないと知った上で、私は窮奇にそう警告し────毒針を一思いに吹き飛ばした。
吹き矢と似たような要領で飛んでいくそれは窮奇の眉間へと接近していく。キラリと光る毒針を前に、窮奇は本能的に危険を感じ取ったのか、バサッと白い翼を広げて飛び上がった。上空に退避する奴を他所に、毒針はカランッと音を立てて床に落ちる。
やっぱり、そう簡単に上手くは行かないか……麻痺毒に犯されてくれれば、幾分か戦いやすくなるんだけどなぁ。まあ、しょうがない。ここは高望みせず、時間稼ぎに徹しよう。
感電により、ビリビリと痺れる手足を治癒魔法で癒し、私は再度武器を構える。
『アラクネさんの邪魔にならないよう、窮奇を遠くへ誘導しなければ』と使命感に駆られる中、窮奇はガウッと大きく吠えた。
刹那────天井からピカッと光る何かが落ち、ドゴォォォォンと大きな音が響く。
私の脳天目掛けて降ってくる“何か”を前に、私は反射的に後ろへ飛び退いた。その直後、私の目の前に“光る何か”が落ちる。それはバチッと電気のようなものを飛び散らせ、床を真っ黒に焦がした。
こ、これってまさか────雷……?えっ?破壊力、半端なくない……!?私の防御力とHPで耐えられるかな……?
炭のように黒くなった床を眺め、私はタラリと冷や汗を垂れ流す。
想像以上の破壊力に危機感を煽られる中、窮奇は再び吠えた。それも続けざまに何回も……。
「う、嘘ですよね……?」
サァーッと青ざめる私は不安を和らげるように、短剣をギュッと握り締める。
嫌な予感がどんどん膨れ上がっていく中────慈悲の欠片もない窮奇は情け容赦なく、複数の雷を落とした。ドゴォォォォンと恐ろしい雷鳴が轟き、私の周囲を黒く染める。
半泣きになりながら、紙一重の差で雷を躱しまくる私は喉元まで出かかった悲鳴を何とか押し殺した。
ここで悲鳴を上げたら、アラクネさんに心配を掛けてしまう……。それは絶対にダメ……!アラクネさんには罠作りに集中してもらわなきゃ!
歯を食いしばって耐え抜く私は次々と放たれる雷に『まだ終わらないのか』と、焦りを覚える。
窮奇のMP切れを切に願う中────バチッと右腕に雷が当たった。
「っ……!!」




