第256話『出発』
ノースダンジョン攻略に参加することを決めた私は一度服を着替え、部屋から出る。
そして、廊下で待機していた徳正さん達と共に洞窟の出口へと向かった。
アイテム製造班の一員であるアラクネさんや旅館で待機しているシムナさん達とは現地集合する手筈になっている。物資についても、アラクネさんが持って来てくれる予定なので、問題なかった。私達はこのままノースダンジョンへ直行すればいい。
「出発する前にヘスティアさんに挨拶をしておきたいんですが……様子はどうでしたか?」
薄暗い洞窟を進む私は先頭を歩くリーダーに質問を投げ掛けた。
この中でヘスティアさんと一番付き合いの長い彼はふとこちらを振り返り、言い淀む。そして、迷った末にこう答えた。
「挨拶はしなくていい。今は一人にしてやってくれ。どうしてもと言うなら、ニールあたりに伝言を頼むといい」
あまり良い状態とは言えないのか、リーダーは物憂げに溜め息を零した。
表情は相変わらず無表情だが、ピーターサイトの瞳から憂いが垣間見える。
相次ぐ仲間の死に泣き崩れるヘスティアさんを思い出し、私は『分かりました』と素直に頷いた。
私もまだレオンさんやアスタルテさんの死を克服出来た訳じゃないから、気持ちは痛いほどよく分かる……。でも、自棄を起こして自殺したりしないか、ちょっと心配かも……。
情緒不安定なヘスティアさんの身を案じ、胸を痛めていると……向こうから眩い太陽の光が見えた。
出口までもう少しだと意気込み、暗い気持ちを払拭するかのように『ふぅ……』と息を吐き出す。
そして、光の射す方へ歩みを進めれば────見覚えのある人物が三名ほど目に入った。
「見送りは不要だと言ってあった筈だぞ────ニール、セト、リアム」
『はぁ……』と溜め息を零すリーダーは目の前に立つ三人のプレイヤーに冷ややかな眼差しを送った。
ノースダンジョン攻略を子供のおつかいと同列視する彼は『どうせ、直ぐに帰って来るんだから』と呆れ返る。
でも、アスタルテさん達の事件があったせいか、無理やり帰らせるようなことはしなかった。
「友人の見送りくらい、別にいいだろう。大目に見てくれ」
『同盟メンバーとして来た訳では無い』と主張するニールさんに、リーダーは肩を竦めた。
『好きにしろ』とぶっきらぼうに言い放つ彼を前に、ニールさんはゆるりと口角を上げる。
リーダーから見送りの許可を得た彼らは嬉々として、私達の前に躍り出た。
「ラミエル、ノースダンジョンは不明な点が多いから、気をつけろよ!そんで、無事に帰ってこい!もちろん、パーティーメンバーと一緒にな!」
全員生還を願うセトは『地上の守りは俺達に任せてくれ!』と胸を張った。
無理やりテンションを上げている気がしてならないが……そうでもしないと、やって行けないのだろう。
セトはこの短期間で元パーティーメンバーと上官を亡くしているのだから。
『お前まで消えないでくれ』というセトの本音が透けて見え、私は眉尻を下げた。
「安心して、セト。私達は全プレイヤーから恐れられる『虐殺の紅月』なんだから。誰一人欠けることなく帰ってくるよ」
自信満々に微笑む私は『セトはその身をもって知っているでしょ?私達の実力を』と冗談交じりに付け足す。
黒歴史を掘り返されたセトは恥ずかしさのあまり、カァッと顔を真っ赤にした。
「あははっ!セトくん、茹で蛸みた〜い!」
『あのときはうちのシムナが悪かったな』
「うぅ……その話はもうやめてくださいよ!」
耳まで真っ赤にして叫ぶセトを前に、徳正さんとラルカさんはニマニマ笑う。
遊びがいのある玩具としてロックオンされたセトは早くも涙目になった。
ギャーギャーと騒ぐ三人を尻目に、私はニコニコと笑うリアムさんに歩み寄る。
「騒がしくて申し訳ありません、リアムさん。それから、見送りに来てくれてありがとうございます」
「賑やかなのは嫌いじゃないから、別に構わないよ☆あと、見送りに来たのは僕の意思だから気にしないでおくれ」
そう言って、ニッコリ微笑む白髪アシメの美男子は身近な人を亡くしても一切笑みを絶やさない。
普段と全く変わらない態度で接してくる彼に、『凄いな』と素直に感心した。
色々面倒を見てくれたレオンさんが亡くなって辛い筈なのに、それを一切表に出さないなんて……リアムさんは強いな。でも────。
「────辛い時はちゃんと辛いって言ってくださいね。溜め込むのが一番よくありませんから」
『ずっと笑顔でいる必要はありません』と語り、私はリアムさんの手をギュッと包み込んだ。
無理は禁物だと言い聞かせる私に、彼はコテリと首を傾げる。何を言われているのか、さっぱり分からないとでも言うように……。
「ラミエルはさっきから、何を言っているんだい?僕は無理なんてしていないよ」
「えっ?でも、『紅蓮の夜叉』を支えるレオンさんやアヤさんが亡くなって、辛いんじゃ……?」
噛み合わない会話に終止符を打ったリアムさんは私の主張に、首を傾げる。
パチパチと瞬きを繰り返す彼はしばらく押し黙り……ようやく私の考えを理解したのか、『ああ、なるほどね』と頷いた。
雪のように真っ白な髪をサラリと揺らし、口元に緩やかな弧を描く。
「僕は別に辛くないよ。だって────レオンさんとアヤさんは天使になって、神様の元へ還っただけだから。これは決して悲しいことじゃないよ」
形のいい唇から飛び出た言葉に、私は思わず目を見開いた。
整った彼の顔を覗き込み、まじまじと見つめる。
まさか、リアムさんの口から宗教関連の話が出てくるとは……パッと見、宗教とは無縁そうなのに。天使とか神様とか信じるタイプには見えない。
『常識は知らないのに宗教は知っているのか』と失礼な考えが過る中────不意に体を持ち上げられた。
「ちょっと、ラーちゃん!俺っちというものがありながら、浮気〜!?距離近過ぎなんだけど〜!」
苛立ちを滲ませた声に釣られるまま、後ろを振り向けば、徳正さんのふくれっ面が目に入る。
不満げにこちらを見上げる彼は手馴れた様子で、私を抱き直した。
大人しくお姫様抱っこされる私は『浮気以前に誰とも付き合っていないんだけどな』と心の中で抗議する。
「ねぇ、もう行こう〜!?出立の挨拶はこれで充分でしょ〜!?ねぇ〜!主君ってば〜!」
駄々っ子のように振る舞う徳正さんは『早く早く〜!』と急かしてくる。
『お前は遊園地に来た小学生か!』と、あちこちからツッコミが入る中、リーダーは溜め息を漏らした。
「そうだな。もうそろそろ、出発するか。長居は無用だ」
「やった〜!主君なら、分かってくれると思っていたよ〜!」
ひゃっほーい!と大はしゃぎする黒衣の忍びは嬉々として、洞窟の淵に立つ。
わざわざ見送りに来てくれたリアムさん達にかなり失礼な態度だが……彼らは特に気にしていないようだった。
いつもの事だと割り切っている御三方に小さく頭を下げ、苦笑いする。
「それでは、行って参ります。見送り、ありがとうございまし……きゃぁぁぁあああ!?」
挨拶の途中であろうとお構いなく、徳正さんは洞窟から飛び出し、一気に急降下する。
予告無しの紐なしバンジーに、私は驚きのあまり大きな悲鳴を上げた。
────このあと、徳正さんをキツく叱りつけたのは言うまでもないだろう。




