第253話『迷子』
ヘスティアさんの計らいで黒曜の洞窟に泊めてもらった私達攻略メンバーは明日の会議に備えて、既に就寝している。
昼間の騒がしさが嘘のように静まり返る洞窟内で、私はふと目を覚ました。
ゲーム内ディスプレイで時刻を確認し、『もうナイトタイムに差し掛かっているのか』と心の中で呟く。
なんだか、すっかり目が覚めちゃった。ちょっと夜景でも見に行こうかな?断崖絶壁に作られたこの洞窟なら、景色もいいだろうし。
眠気が吹っ飛んでしまった私はそう思い立ち、備え付けのベッドから降りる。
『勝手に部屋から出てもいいだろうか?』と一瞬迷うが、洞窟の出入口に行くだけなので問題は無いだろうと結論づけた。
寝巻き用の白いワンピースの上から、ピンクのカーディガンを羽織り、静かに部屋を出る。
シーンと静まり返った廊下に人の気配はなく、壁に設置された照明代わりの松明がゆらりと揺れていた。
ナイトタイム中の洞窟って、思ったより不気味だな……お化けでも出てきそう。
肩に掛けたカーディガンをギュッと握り締める私は『肝試しみたいだ』と苦笑しながら、歩き出す。
それから、二十分ほど洞窟内を歩き回った私は────見事迷った。
真っ暗闇の廊下で棒立ちし、『嘘でしょう……?』と頭を抱える。
この歳にもなって、迷子だなんて……恥ずかしいことこの上なかった。
まあ、ここには数回しか来たことがない上、会議室より奥へは行ったことがなかったからなぁ。やっぱり、部屋で大人しくしておくべきだったか……これは完全に自業自得だ。
「とりあえず、誰かに連絡して迎えに来てもら……ん?」
ゲーム内ディスプレイをタップする私は遠くから聞こえる人の話し声と物音に首を傾げる。
ここからだと、会話の内容までは聞き取れないが……声色から察するに何かを言い争っているようだった。
どうしたんだろう?こんな夜中に……。攻略メンバーはもう全員眠っている筈だけど……。
何故深夜に口論しているのか?と違和感を抱く私は話し声に釣られるまま、一歩踏み出す。
音の発生源を辿るように足を進めれば、部屋の前で倒れているプレイヤーを見つけた。
「えっ!?どうしたんですか……!?」
『紅蓮の夜叉』のギルドメンバーと思しき男性に慌てて駆け寄り、状態を確認する。
衣服まで脱がせて体調を確認したものの、大した怪我は見当たらなかった。
気絶しているだけみたい。脈も正常だし、呼吸も安定している。このまま放っておいても大丈夫だろう。それより、問題なのは────この部屋で何が起こっているのか、だ。
鉄で出来た扉にチラリと目を向け、部屋の隙間から漏れ出た光と人の罵声に目を細める。
聞き覚えのある声が耳を掠め、私は『応援呼ぶべきか』と迷った。
もし、あの二人が言い争っているなら、私には止められない……。最悪の事態を想定して、腕の立つプレイヤーを呼んでおくべきだろう。
そう判断した私はゲーム内ディスプレイを操作し、チャット欄を開く。
『誰に連絡すべきか』と悩んでいると────扉の向こうから、男性の悲鳴が聞こえた。
「うわぁぁぁああああ!?や、やめてくれ!俺はまだ────死にたくない!」
ハッキリとした聞こえたその言葉に、居ても立ってもいられず、私は鉄の扉を押し開けた。
すると、そこには────案の定、元パーティーメンバーのカインと友人のレオンさんの姿がある。
でも、一つ予想外だったのは……レオンさんがカインの脇腹を長剣で突き刺していることだ。
「う、そ……?どうして……!」
剣を伝って流れる真っ赤な血を見て、私はサァーッと青ざめる。
口元を押さえて震え上がる私は目の前の光景をどう受け止めればいいのか、分からなかった。
何でこんなことを……いや、そんなの聞かなくても分かっている!これがアヤさんの敵討ちだってことは……!!
イーストダンジョン攻略が終わったら、アヤさんに復縁を持ち掛けるつもりだったレオンさんにとって、彼女の死は相当ショックだっただろう……。でも、まさか本当にカインを殺そうとするなんて……!わ、私はどうすればいい……!?私はラミエルとして、何をすべき……!?
血生臭い現場を前に、混乱を隠せずにいれば────不意に金髪碧眼の美青年と目が合う。
「ラ、ミエル……助け……かはっ!?」
助けてとこちらに手を伸ばすカインだったが、情け容赦なく剣を引き抜かれたことで吐血した。
口端から真っ赤な血を垂れ流すカインは腹部を押さえてバタリと倒れる。
もう喋ることもままならないのか、彼は口の開閉を繰り返すだけだった。
このままじゃ、カインが危ない……!!あと一撃でも食らえば、死んでしまう……!!いくら限界突破した勇者と言えど、不死身ではないのだから……!
あんなに憎いと思っていた相手でも、見殺しにする訳にはいかず、アイテムボックスから純白の杖を取り出す。
今ならまだ間に合う!と希望を見出す中────レオンさんは血に濡れた愛剣を再度振り上げた。
まさか、本当にカインを殺すつもり……!?
「待ってください、レオンさん!一旦、落ち着きましょう!?とりあえず、剣を下ろし……」
「────頼むから、止めないでくれ」
そう言って、こちらを振り返ったレオンさんは……ポロポロと静かに涙を流していた。
私の顔を見て、苦しそうに顔を歪める彼は懇願するような眼差しをこちらに向ける。
間違っていると分かりながら、突き進む彼の姿は酷く痛々しかった。
「ラミエル、俺の最後のワガママだ。どうか、何も言わずに……見守っていてくれ。その顔で止められたら、きっと────俺はやめてしまうから」
「っ……!!」
これから人を殺そうとしている人とは思えないほど、その声は切なくて……言葉が詰まる。
本当は今すぐレオンさんを止めなきゃいけないのに、『やめてください』の一言すら言えなかった。
小刻みに手足が震え、目尻に涙を浮かべる中────レオンさんはただ一言……。
「ありがとう」
と言った。
その言葉を合図に、彼は剣を勢いよく振り下ろし……カインの首を叩き切る。
コロンと元パーティーメンバーの生首は転がり、近くのテーブルにぶつかった。
身の毛のよだつような光景を前に、ヒュッと喉が鳴る。
カインが絶命したのは火を見るより明らかで……彼の体は瞬く間に光の粒子へ変化した。
「カ、イン……?」
少し掠れた声で元パーティーメンバーの名を呼び、私はポロリと涙を流す。
憎き相手の死を目の当たりにして、真っ先に思い浮かんだ感情は歓喜でも愉悦でもなく────悲しみと恐怖だった。
徐々に消えていくカインの体をただ呆然と見つめる中、レオンさんは何を思ったのか長剣を自分の首筋に宛てがう。
「えっ……?レオンさ、ん……?」
嫌な予感を覚えた私は茶髪の美丈夫に縋るような眼差しを向けた。
「ラミエル、無責任なのは重々承知だが……あとのことは頼んだ。俺は一足先にアヤのところへ行っている」
耳に残る優しい声色でそう宣言したレオンさんはただ穏やかに微笑んだ。
胸に広がる嫌な予感が膨れ上がる中、彼は剣を握る手にグッと力を込める。
「レオンさん、待ってくださ……」
「────そうだ、一つ言い忘れていた。ヘスティア達に謝っておいてくれ」
制止の声を振り払うように、レオンさんはわざと言葉を遮ると────一思いに自分の首を斬りつけた。
首を切り落とすほどの威力はなかったものの、傷は深く……ブシャッと勢いよく血が吹き出る。
的中した嫌な予感に目を白黒させる中、致命傷を負ったレオンさんはバタンッと仰向けに倒れた。
淡い光に包まれる彼を前に、私は顔を真っ青にして震え上がる。
「い、いやぁぁぁぁぁあああああ!!!!」




