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第239話『ファフニールの討伐開始』

『まずは自己紹介と行こうかのぉ。ワシはサウスダンジョンのダンジョンボスである────ファフニールじゃ』


 まず礼儀として、名を名乗ったダンジョンボスのドラゴン……改め、ファフニールは己の巨体を誇るように胸を逸らした。

バハムートと同様、会話が可能なファフニールはそれなりの知能を持っていると推察出来る。

体臭はとんでもなく臭いけど……。


 まだファフニールのことを完全に把握出来た訳じゃないけど、バハムートより厄介な相手かもしれない……。バハムートは知能が高いわりに豪快で、感情的になりやすい一面があったけど、ファフニールは違う。体臭を指摘されても大して腹を立てなかったし、そこまで気にしている様子もなかった。


 陽動作戦や騙し討ちは効きづらいかも……。それどころか、相手の冷静さを奪うことも出来ないかもしれない。

やっぱり、ここは慎重に動くしか……。


「────ねぇ〜、自己紹介なんてどうでもいいから、この臭いどうにかしてくれない〜?マジで鼻が曲がりそ〜」


 『慎重に動こう』と考えた傍から、黒衣の忍びが失礼な発言を放った。

顔の下半分を手で覆い隠す彼は『臭い臭い』と連呼する。

『貴方にはデリカシーってものがないんですか!』と思わず叫びそうになった。


『お主は本当に失礼な奴じゃな……ワシだって、この臭いを消せるなら消したいわい。だが、それは出来ないのじゃ』


「え〜!?何で〜!?そんなに体臭キツいの〜!?洗っても取れないくらい〜!?」


「だから、さっきも言っただろ。ここまで酷い体臭持ちなら、身を清めても意味がないって」


『お頭の推察通りだったか……』


 怖いもの知らずと言うべきか、うちのメンバーは酷い体臭持ちのファフニールに同情の眼差しを向ける。

『臭くてもお前のことを愛してくれる奴がきっと居るよ』と、徳正さんがよく分からない慰めを言ったところでファフニールがダンッと勢いよく床を踏みつけた。

ついに堪忍袋の緒が切れたらしい。


『お主らは本当に……本っ当に失礼な奴らじゃな!ここまで侮辱されたのは初めてじゃ!そんなにワシの体臭が気になるなら────さっさとワシを倒せばええじゃろ!さすれば、臭いも消える!』


 先程の落ち着いた雰囲気とは一変……殺伐とした雰囲気を放つファフニールは声を荒らげた。

『もう我慢ならん!』と口を大きく開けてブレスの準備を始める青緑色のドラゴンに、我々選抜メンバーは慌てる。


 ファフニールの冷静さを失わせることは出来たけど、タイミングが悪すぎる……!まだ何の作戦も立ててないのに……!


「と、とりあえず退避だ……!!」


 ニールさんの焦った声に頷きながら、私は黒衣の忍びに両腕を伸ばす。

徳正さんの首に腕を回すと、『待ってました』と言わんばかりに抱き上げられた。

黒衣の忍びに軽々とお姫様抱っこされる中、クマの着ぐるみはレオンさんとセトを両脇に担ぐ。

そして、銀髪の美丈夫がニールさんとリアムさんの首根っこを掴んだタイミングでファフニールの口から黒い何かが放出された。


「うっ……!」


 生ゴミが腐ったような臭いが更に強くなり、思わず呻き声を上げてしまう。

誰もがこの悪臭に吐き気を催す中、選抜メンバーの回収を終えた徳正さん達が散開した。

ヒュンッと風を切る音と共に体が宙に浮き、天井スレスレの高度まで上がる。

ラルカさんやリーダーも空中へ退避したようで、あのブレスは食らっていなかった。


 とりあえず、全員無事みたいだね……でも、あのブレスは何だったんだろう?炎と言うには温度が低かったし、色も変だった。ゲームの仕様でそうなったとも考えられるけど……妙に引っ掛かる。それにあの酷い臭い……ただの演出とも捉えられるけど、ファフニールの能力と関係があると考えた方が自然だ。


 ブレスの被害に遭った場所をチラッと見れば、床の表面が少し溶けている様子が目に入る。

一瞬、ブレスの勢いが凄まじくて溶けたのかと思ったが、バハムートの時は何ともなかったのでその考えは一旦排除した。


 体感ではあるけど、ファフニールのブレスはバハムートのブレスより熱量が少ない気がする。もし、そうならバハムートさえ溶かせなかったボスフロアの床を炎の熱量だけで溶かせる筈がない。

私の予想が正しければ、あのブレスには何か特別な力が込められている。床を溶かせるほどの何かが……。でも、その『何か』が何なのかは分からない。


 空中から急降下していく中、必死に考えを整理していると────不意に徳正さんが口を開いた。


「ねぇ〜、なんかあの床────腐ってない(・・・・・)?」


 腐っている……?溶けているんじゃなくて……?


 言葉のニュアンスは似ていても、言葉の意味はかなり違う。

徳正さんが『腐っている』と表現した床をもう一度よく見てみると────一部が茶色に変色(・・)していた。

一応『焦げた』とも考えられるが、それはちょっと不自然な点が多い。


 もし、あれが腐っているとすれば、ファフニールの酷い体臭にも説明はつく。でも、その前に一つ確認したいことがある。


 脳内で仮説を立てる私は徳正さんが床に着地したタイミングで────彼の懐あたりをまさぐり始めた。

やっている事が完全に変態と同じだが、今はそれを気にしている余裕はない。


「えっ?ちょっ……!ラーちゃん、何事……!?」


 懐の中に手を突っ込まれた徳正さんは混乱した様子で声を荒らげた。

だが、両手が塞がっているため、無理やり私の手を引き剥がすことは出来ない。

それをいいことに、私は懐の奥まで手を突っ込んだ。


「直ぐに終わるので、静かにしていてください」


「す、直ぐに終わるって、何が……!?いや、何となく分かるけど!!でも、待って!?まだ心の準備が……!」


「いいから、黙っていてください」


 顔を真っ赤にして言い募る徳正さんにピシャリと言い放てば、彼はより一層騒がしくなった。


「いやいやいやいや!!ちょっと待って!?一旦落ち着こう!?順番がおかしいから!!まずはお互いの気持ちを確かめ合っ……」


「────よし!見つけた!」


「えっ……?」


 徳正さんの懐から目当てのものを見つけた私は衣服の中から、それを取り出す。

顔を真っ赤にして騒いでいた黒衣の忍びはキョトンとした表情を浮かべ────私の手にあるクナイを見るなり、固まった。


「え……えっ?もしかして、ラーちゃんはクナイを取るために俺っちの懐に手を……?」


「そうですけど……それが何か?」


 クナイ片手に小首を傾げると、黒衣の忍びはフルフルと震えたあと────ダバッと滝のような涙を流し始めた。

まさかのガチ泣きに、今度は私が固まる。


「ラーちゃんに俺っちの純情を弄ばれたぁ!」


「えっ……えぇ!?一体何のことですか!?」


 『ラーちゃんのバカ〜!』と珍しく私の悪口(?)を言う徳正さんに、戸惑いを隠し切れない。

とりあえず泣き止ませようと、頭を撫でたり抱き着いたりするが……どれも効果なし!

後ろから『ラミエルが徳正を泣かせているぞ!』と指を刺されるが、今は無視を決め込む。


 ど、どうしよう……?凄い泣いている……。そんなにこのクナイが大事なのかな……?でも、普段は気にせず、バンバン使ってるし……。


「徳正さん、勝手にクナイを取ったのは謝ります。申し訳ありませんでした。何でもするので許してください」


 素直に謝るのが一番だろうと思い、謝罪を口にすれば────ピタッと徳正さんの泣き声が止まった。

『目薬でも使ってました?』ってくらい、あっさり泣き止んだ彼はゆっくりと顔を上げる。

涙で潤んだセレンディバイトの瞳が愉快げに細められた。


「ラーちゃん、言ったね?何でもするって」


「え、ええ……言いました」


 『何でもする』と言ったのは事実なので素直に頷けば、ズイッと顔を近づけられる。

互いの吐息すら確認出来る距離で、徳正さんはヘラリと笑った。


「そっか。それじゃあ────俺っちの好きにさせてもらうね」


 そう言って、うっそりと目を細めると……黒衣の忍びは更に顔を近づけてくる。

『ま、まさかキスするつもりなんじゃ……!?』と思い、顔を背けようとするが……泣かせてしまったのも『何でもする』と言ったのも自分なので、じっと耐えた。

ギュッと目を瞑って、(きた)るべき衝撃に備えていると────額に柔らかい何かが当たる。

『えっ!?唇じゃないの!?』と混乱しながら、目を開ければ、漆黒の瞳と目が合った。


「はい、これでチャラね〜。これに懲りたら、もう思わせぶりな態度は取っちゃダメだよ〜?俺っちじゃなかったら、多分襲われてるから〜」


 『男はみんな狼なんだからね!』と口酸っぱく言い聞かせる徳正さんに、とりあえず頷いておく。

恐らくキスされたであろう自分のおでこに触れ、少しだけ頬を赤く染めた。

今更ながら異性にキスされた事実が恥ずかしくなってくる。


「あれ?ラーちゃん、顔真っ赤だね〜。林檎みたいで可愛い〜。もう一回キスしていい〜?今度は唇に〜」


 蕩けるような笑みを浮かべ、私の顔を覗き込んでくる黒衣の忍びに『か、からかわないでください!』と口にする。

パタパタと手を動かして、頬の熱を冷ます私はドクドクと激しく脈打つ心臓に知らんふりをし、コホンッと咳払いした。


「そ、そんなことより!ファフニールの討伐に集中しましょう!長期戦に持ち込まれると、こっちが不利になります!」


「ふふふっ。りょーかーい。それで、そのクナイはどうするの〜?わざわざ俺っちの懐から取るくらいだし、何かするんでしょ〜?」


 私に甘い黒衣の忍びは急な話題変更には敢えて触れず、そう問い掛けてくる。

それにホッとしながら、私はコクリと頷いた。


「ファフニールの特性や能力を把握するために、これを奴の翼に投げつけるつもりです。もし、私の予想が当たっていれば────クナイはファフニールの翼に触れた瞬間、腐る筈です」

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