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第237話『第四十一階層』

 第四十階層のボスフロアで最後の休憩を挟んだ私達は第四十一階層まで降りていた。

カンガルーほどの大きさがある狐を前に、私達は気を引き締める。

『ラストスパートだ』と意気込む私は公式の情報が更新されるのと同時に声を張り上げた。


「第四十一階層の魔物(モンスター)は『狐と鶴のご馳走』に出てくる、狐です!名前はルナール!美しい女に化ける力を持っており、火炎魔法も使えるようです!ルナールの色香に惑わされ、うっかり命を落とさないようにしてください!」


 日本に伝わる化け狐と酷似したルナールの説明文を読み上げ、当の本人に目を向ける。

我々を取り囲むように並ぶルナールは白い尻尾を揺らし、赤い瞳を細めた。

こちらを品定めするような視線に警戒心を強めながら、相手の出方を窺う。

すると────ポンッという効果音と共にルナールの周囲が白い煙に包まれた。


 目眩しではなさそうね。そもそも、ルナールにそんな能力はないし……となると、可能性は一つしかない。


「────早速、()けて来ましたか」


 誰に言うでもなくそう呟くと、白い煙の中から着物を着た美しい女性が現れる。

舞妓さんのように顔や手足に白粉(おしろい)を塗っており、平安時代の遊女のようだった。

着崩した着物の間から肩や胸元が曝け出され、男性陣の注目を集める。

 彼女らの腰からは真っ白な尻尾が生えているため、一目でルナールだと分かるが……健全な男の子にそんなのは関係なかった。


「すげぇ!!ケモ耳女子だぁ!!」


「着物ってのがポイント高いよなぁ!!」


「あれが魔物(モンスター)なんて信じられないな!」


「一回でいいから、抱いてみてぇ……!!」


 性に奔放な男子高校生のように盛り上がる彼らは興奮したように頬を紅潮させる。

目をギラギラさせる男性陣に対し、女性陣は冷ややかな眼差しを送った。

不快感を露わにする彼女達は『気持ち悪い』『性欲の権化かよ』と口々に愚痴を漏らす。

男女の間に見えない亀裂が入った。


 うわぁ……女性陣の目が怖い。人一人殺しそうな目をしている……。

確かに魔物(モンスター)に欲情する男性陣には危機感というものが足りないと思うけど、そこまで過剰反応しなくても……。

もし、その欲情した男性の中に恋人が居るなら、話は別だけどね……それは普通に最低だと思う。


 一気に険悪ムードになった攻略メンバーを前に、一抹の不安を覚える。

『このまま仲違いしたら、どうしよう?』と心配する中、横から炎の玉が飛んできた。


「────はぁ……俺っち達を誘惑出来ないからって、ラーちゃんに八つ当たりしないでくれる〜?超不愉快なんだけど〜」


 聞き慣れた声が耳を掠めたかと思えば、黒衣の忍びが飛んできた火の玉を愛刀で切り裂く。

すると、ジュワッと蒸発するように火の玉が消えた。

チッと小さく舌打ちするルナールを前に、徳正さんが一歩前へ出る。


「俺っちはラーちゃん一筋だから、君みたいな不細工には絶対に靡かないよ〜」


 そう言って、ヘラリと笑う徳正さんは他の男性と違い、ルナールの誘惑に負けなかったらしい。

ふと周りを見回せば、何食わぬ顔で武器を構える銀髪の美丈夫とクマの着ぐるみが目に入った。

どうやら、うちのメンバーは全員ルナールに欲情しなかったみたいだ。


「皆さんは平気そうですね。他の方々はルナールにメロメロになっているのに」


 『実力差かあり過ぎるからでしょうか?』と疑問を提唱する私に対し、彼らは顔を見合わせた。


「実力差とかはよく分かんないけど、俺っちには愛してやまない女の子が居るからね〜。だから、ラーちゃん以外の女性はみんなブスに見えちゃうんだ〜」


 悪びれる様子もなく、ルナールをブスだと言い切った徳正さんに、女性陣の視線が突き刺さる。

『一途なのはいいけど、遠回しにブスって言われたのはショック……』といった様子で、複雑な表情を浮かべていた。


『僕は美的感覚が少しズレているからな。クマさん以外は基本的に可愛いと思わない』


 クマさん愛を貫き通すラルカさんは『人間の美醜に興味はない』と吐き捨てた。

実にラルカさんらしい主張である。


「俺は美的感覚以前に、女に興味がない。パーティーメンバーのラミエルやヴィエラは仲間として見ているが、女性として意識したことはない」


 恋愛や性行為に興味が無いのか、リーダーはどこまでも淡々としていた。

クールな彼に、女性陣から熱い視線が集まる。『やっと、まともな人が現れた!』と、彼女達は手を取り合って喜んだ。


 手を取り合って喜ぶようなことじゃないと思うけど……まあ、いっか。わざわざ指摘するようなことじゃないと思うし。


 感激する彼女達の様子を見て、ハッと正気を取り戻したのか、男性陣が慌てて武器を構える。

汚名返上を狙う彼らはブンブンと首を振って邪念を振り払い、我先にとルナールに飛び掛かった。

『無名にばかり、いい格好はさせられない!』という下心が垣間見えるが……やる気があるのはいい事なので、敢えて指摘しない。


「手柄を上げるぞぉぉぉぉおおお!!」


「よくも俺達を誘惑しやがったな!?」


「これで好きな子に嫌われたら、どうしてくれんだよ!?」


「お前らだけは絶対に許さねぇ……!!」


 さっきまでルナールに見惚れていたと言うのに、自分のことは棚に上げてルナールに斬り掛かる。

女性陣の信頼を取り戻すのに必死な彼らは狐火を何度食らおうと決して倒れなかった。

そんな彼らの姿に絆されたのか、女性陣が『仕方ないな』とでも言うように支援魔法や回復魔法をあちこちへ飛ばしている。

なんだかんだ言いつつ、『蒼天のソレーユ』のメンバーは仲がいいみたいだ。


「お〜!皆、張り切ってるね〜!」


『この調子なら、数分で片がつきそうだな』


「俺達の出る幕はなさそうだ」


 気迫迫る勢いでルナールを片っ端から斬りつけていく攻略メンバーの様子に、徳正さん達は武器を下ろした。

さすがにここで武器を手放す真似はしないが、率先して戦いに行く様子もない。

ケモ耳遊女が光の粒子になっていく(さま)をただ静かに見守っていた。


 そして、三十分もしない内にほとんどのルナールが倒され、ついに残り一体となる。

最後の悪足掻きとして炎の壁を作るルナールに対し、魔法使いが冷水を浴びせた。

『キャンッ!』と可愛らしい悲鳴が上がる中、剣士の一人がルナールの腸を切り裂く。

ブシャッと勢いよく飛び出た血が地面を汚し、最後の一体であるルナールが光の粒子に変わった。

すると、勝利を誇るかのように剣士の男性が剣を振り上げる。


「俺達の勝利だ!」


 彼がそう宣言すれば、あちこちから歓声が上がった。

『蒼天のソレーユ』の男性プレイヤーを中心に盛り上がり、『性欲に勝ったぞ!』と喜び合っている。

賞賛すべきところは確実にそこじゃないと思うが……私は何も言わなかった。


 馬鹿騒ぎ出来るのも今のうちだけだし、放っておこう。少しでもテンションを上げておかないと、体が持たないだろうから。


 体に蓄積された疲れとサウスダンジョン攻略への不安を感じながら、私は大騒ぎする彼らを見守る。

そして、確実に近づいてきたダンジョンボスとの戦いに思いを馳せるのだった。

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