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第234話『第四十階層』

 ちょっとしたトラブルがありつつも予定通り第四十階層まで下りた私達は『蒼天のソレーユ』のギルドメンバーを残して、ボスフロアに足を踏み入れていた。

後ろでパタンッと扉の閉まる音が聞こえる。

未到達階層に足を踏み入れてから初めてのボス戦とあってか、みんな緊張した面持ちで部屋の中央を見つめていた。


 フロアボスの顕現を意味する白い粒子が空中を彷徨う中、私はゲーム内ディスプレイに視線を落とす。

そこには数秒前に更新された第四十階層のボス情報が載っていた。


「公式の情報が更新されました!今から読み上げていくので、お静かに願います!」


 そう前置きしてから、私は『すぅー』と大きく息を吸い込んだ。


「第四十階層のフロアボスは────『カラスと水差し』に出てくるカラスで、名前はレイブン。非常に賢い魔物(モンスター)で、学習能力があるようです。また、影に溶け込んで移動できるスキルを持っているようで、奇襲攻撃に長けています。主な攻撃手段は突っつきや突進などの物理攻撃です」


 半ば捲し立てるように説明を終えると、ボスフロアの中央に集まった光の粒子から第四十階層のフロアボスが顕現する。

闇より黒く夜より暗い色を身に纏う奴はブルリと身を震わせ、光の粒子を振り払った。

艶のある黒い翼がバサッと音を立てて、広げられる。


 あの鳥こそ、第四十階層のフロアボスであるレイブン……。

公式が『賢く、学習能力がある』と明記するだけあって、他の魔物(モンスター)と雰囲気が全然違う。知的とまでは行かないけど、油断ならない何かを感じる。


 レイブンの持つ独特の雰囲気に警戒心を強める中、奴はこちらをじっと観察していた。

満月を連想させる金色(こんじき)の瞳からは何の感情も感じ取れない。

鷹ほどの大きさがあるレイブンは他の魔物(モンスター)と比べれば小さい方だが、私の目にはさっきのアイスウルフより大きく見えた。

それは恐らく、私の生存本能が奴を危険視しているからだろう。


「な〜んか、嫌な感じだね〜」


 物憂げにそう呟く徳正さんはスッと目を細め、愛刀の柄に手を掛けた。

いつでも迎え打てるよう準備をする彼の横で、ラルカさんとリーダーも武器を持つ。

彼らがここまで警戒心を露わにするのは非常に珍しいことだった。


「獰猛な獣たちが慎重にならざるを得ないほどの強敵か。燃えるね☆」


「燃えるな!お前はもうちょっと緊張感を持て!」


「リアムさんはどんな時でもマイペースっスね」


 感心半分呆れ半分といった様子でそう呟くセトの前で、リアムさんは『はっはっはっはっ!』と笑っている。

ある意味うちのメンバーより能天気な彼を前に、レオンさんは頭を抱え込んでいた。

いつもと変わらない光景に毒気を抜かれた私は苦笑を浮かべる。


「とりあえず、何か攻撃を仕掛けてみましょうか。このまま睨み合いを続けても、時間だけが過ぎていくだけですし」


 『相手が動かない以上、こっちが動くしかない』と言外に言い捨て、私は総指揮官であるニールさんに目を向ける。

許可を求める私の視線に、青髪の美丈夫は少し悩むような動作を見せたあと、コクリと頷いた。


「分かった。ただし、最初は遠距離攻撃にしてくれ。いきなり接近戦をして、メンバーがバラバラになるのは避けたい。最悪の場合、分断される」


「分かりました。それは私も心配していたことなので、構いません」


 不安要素を出来るだけ減らすという点で意見が一致した私達は互いに頷き合う。

ニールさんはカチャッとメガネを押し上げると、派遣メンバーであるリアムさんに目を向けた。


「リアム、お前の弓でレイブンを攻撃して欲しい。スキルはまだ使わないでくれ。様子見をするだけだから」


「おお!僕の出番って訳だね☆喜んで引き受けるよ☆」


 ニッコニコの笑顔で快諾した白髪アシメの美男子はいそいそと弓を準備する。

彼がアイテムボックスから弓矢を一本取り出す中、レイブンは僅かに目を細めた。

我々の言葉を理解出来るのか、はたまた本能的に何かを感じ取ったのか、リアムさんのことを凝視している。

魔物(モンスター)とはいえ、敵の目の前で作戦会議をするのは愚策だったか……?』と思い悩んでいると、リアムさんが弓を構えた。

標的は当然レイブンで……弓矢の先端は奴の首元を狙っている。


 あわよくば、一撃で仕留めたいってところか。リアムさんのレベルなら、スキルなしでも急所に当たれば、即死させることが出来るからね。


「それじゃあ、行くよ☆」


 周囲の視線を気にも止めず、リアムさんは一思いに弓矢を放った。

ヒュンッと風を切る音と共に弓矢は真っ直ぐに飛んでいく。

その先に居るレイブンは迫り来る脅威を前に、顔色一つ変えず────ただ冷静にスキルを発動した。

刹那────奴の体がドロリと溶け、液体状になる。インクみたいに真っ黒なそれは自身の影にポタリと落ち、そのまま影に溶け込んでいった。

『あっ!』と声を上げた時にはもう遅く……レイブンの姿はどこにも見当たらない。


 やられた……!まさか、ここで影移動(スキル)を使うなんて……!あっちも私達の動向を見守っている様子だったから、いきなり切り札を使ってくるとは思わなかった……!


 当然のように『切り札は最後まで取っておくだろう』と思っていた私はこの事態に目を白黒させる。

誰もが『レイブンは一体どこから来る!?』と周囲を見回す中────突然誰かに腕を引っ張られた。


「────ラーちゃん、危ない!」


 徳正さんの焦ったような声が耳を掠めるのと同時に私の背中に何かが突き刺さる。

『え?』と思った時にはもう遅くて……私はカハッと口から血を吐いていた。

何が起きたか分からないまま後ろを振り向けば、私の背中に嘴を突き刺すレイブンの姿が目に入る。


 あぁ、なるほど……レイブンは影移動を使って私の影に移動し、そこから攻撃を仕掛けたのか。

そして、それにいち早く気がついた徳正さんが慌てて私の腕を引っ張った、と……。

でも、咄嗟のことで攻撃を完全に回避することが出来ず……私は怪我を負った訳だ。


「っ……!ラーちゃん……!あのクソカラス、よくもラーちゃんを……!ぶっ殺してやる!!」


 吐血した私の姿を見て、頭に血が昇った徳正さんは完全にブチ切れていた。

セレンディバイトの瞳に怒りと憎悪を宿らせる彼は思い切り目を吊り上げる。

そして、激情に駆られるままレイブンに手を伸ばすが……奴は再び液体状になり、影に溶け込んでしまった。


「チッ……!!くそっ……!!」


 (くう)を切った手をギュッと握り締め、徳正さんは歯軋りした。

今すぐにでも飛び出しそうな彼に眉尻を下げつつ、私は自身の胸元に手を当てる。


「《パーフェクトヒール》」


 そう唱えれば治癒魔法が発動し、私の背中に出来た傷を瞬時に癒してくれた。

痛みが消えたことにホッとしながら、ゴシゴシと口元についた血を拭う。


 残念ながらレイブンの攻撃を回避することは出来なかったけど、徳正さんのおかげで死ぬことはなかった。多分、あのとき徳正さんが手を引いてくれなかったら、私は心臓を嘴で貫かれていたと思うから……。急所が外れただけでも有り難く思わないと。


 でも、困ったな……レイブンが影移動の奇襲攻撃をずっと使い続けたら、私達に勝機はない。

実体を捉えようにも、ドロドロの液体状になったら、どうしようもないし……。

唯一の救いは徳正さんの気配探知かな?レイブンの奇襲にいち早く気づけたのは多分、彼の優れた探知能力のおかげだから。


「徳正さん、レイブンの動きを完全に把握することは出来ますか?」

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