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第233話『第三十九階層』

 第三十三階層から第三十八階層まで駆け抜けた私達は第四十階層(ボスフロア)一歩手前の第三十九階層まで来ていた。

目前に迫ったボス戦を前に、逸る思いを抑えつつ、私はゲーム内ディスプレイを凝視する。

情報の更新を今か今かと待ち望んでいれば、最新情報の欄が更新された。

慌ててそこをタップし、画面を切り替える。

表示された第三十九階層の情報に目を通しつつ、私は口を開いた。


「第三十九階層の魔物(モンスター)はアイスウルフです!『狼と七匹の子山羊』の童話に出てくる狼で、常に空腹状態だそうです。主な攻撃手段は噛みつきや突進などの物理攻撃と氷結魔法。生き物を一瞬で凍らせるほどの力はないようですが、アイススピアなどを使って攻撃を……」


 出来るだけ内容を噛み砕いて説明を行う私だったが、説明の途中で攻略メンバーがアイスウルフの前に飛び出した。

未到達階層に下りても、今までと変わらず順調に進めているせいか、少し気が緩んでいるようだ。

『待ってください!』と制止の声を上げる私に対し、彼らは得意げに笑う。


「氷結魔法に気をつけろってことだろ?なら、問題ねぇ!」


「そうよ!いちいち、そこまで説明しなくても分かるわ!もう大体分かったから!」


「僕らの手に掛かれば、こんなの朝飯前だよ!」


 完全に調子に乗っている彼らはそれぞれ武器を持って、アイスウルフに勇敢に立ち向かう。

ただ、攻略メンバー全員が調子に乗っている訳ではないようで、あちこちから仲間を呼び止める声が聞こえた。

それでも、先行したメンバーの勢いは止まらない。


 どうやら、暴走しているのは攻略メンバーの中でも前衛を担う戦闘メンバーだけみたいね。

後方支援を担当する魔法使いや回復師(ヒーラー)は必死に仲間を呼び戻している……。

調子づくのは勝手だけど、独断専行は頂けないかな。うちのメンバーですら、そんなことしないのに……。


 自分勝手な行動に走る一部のプレイヤーを見つめ、『はぁ……』と深い溜め息を零す。

『そう言えば、カインもよく独断専行していたなぁ』と思い返す私の傍で、徳正さん達は苦笑を浮かべていた。


「いくら何でもあれはないよね〜。うちのシムナですら、ラーちゃんの話は最後まで聞くのに〜」


『ダンジョン攻略が思いのほか上手くいっているから、調子に乗っているのだろう。まあ、それでも人の話は最後まで聞くべきだと思うが……』


「出発前はあんなにビクビクしていたのにな」


 各々好きな感想を述べる徳正さん達は呆れたように肩を竦めている。

彼らの行動がアホすぎて、怒る気にもなれないのだろう。


 うちのメンバーを呆れさせる人なんて、なかなか居ないよ……まあ、彼らの行いはそれくらいヤバいことなんだけど。


 未だに独断専行を続ける一部のプレイヤーに呆れ返り、私は口を閉ざした。

なんだか、彼らのために声を張り上げるのが馬鹿らしくなって来たのだ。


「強制的に引き戻すのは簡単ですが、また同じことをされても面倒ですし、一度痛い目に遭って貰いましょうか」


 己の力を過信する愚か者共に罰を与えると宣言すれば、徳正さんが『ヒュー』と口笛を吹いた。


「いいね〜。面白そ〜」


『異論はない』


「ラミエルの好きにしろ」


 反対する気がさらさらない彼らを前に、私はニヤリと口元を歪める。

意地の悪い笑みを浮かべながら、ゲーム内ディスプレイに表示された説明文に視線を落とした。

アイスウルフについて綴られた文章を指先で撫でる。

 無知であることがどれほど愚かなことなのか……彼らにはそれを知ってもらおう。


「徳正さん達はいつでもフォローに入れるように準備してください」


 そう指示を出せば、徳正さん達は私の言葉を疑いもせず、即座に頷く。

そして、剣や刀をそれぞれ手に取った。

 万が一の事態を想定し、純白の杖を構える中、暴走中のメンバーが残り八体となったアイスウルフに飛び掛かる。

軽やかな身のこなしでアイスウルフの足を切り落とす彼らは自信に満ち溢れていた。


 もうそろそろ、あれ(・・)が始まるかな?


 集団リンチに遭った一体のアイスウルフが光の粒子と化し、アイスウルフの残党はついに七体となる。

己の力を誇るように一部の攻略メンバーが武器を構え直す中、それは突然始まった。


「な、なっ……!?」


「何よ、これ……!?」


「えっ?何がどうなって……?」


 動揺、困惑、恐怖……様々な感情が声に乗って広がる中、私はただ一言『始まりましたか』と呟く。

私達の目の前では────七体のアイスウルフが共食いを始めていた。


 『狼と七匹の子山羊』に出てくる狼はとにかく腹ぺこで、大食らいだ。

だから、第三十九階層に存在する狼の数が七匹以下になったとき共食いを始める。

その結果────同族の力を全て吸収した最強の個体が出来上がるのだ。


 童話にこんな描写はなかったが、ゲームを面白くするため運営が勝手にそういう設定を盛り込んだのだろう。

そのせいでこれから彼らが苦しむ羽目になるのだが……。


「────話は最後まで聞くべきですよ」


 そう呟くのと同時に六体のアイスウルフを喰らった最後の一体が顔を上げた。

口元を真っ赤に汚した奴はググググッと身長が伸びていき、爪や牙も生え変わる。

そして、小山サイズまで大きくなったアイスウルフは真っ白な毛並みを揺らし、『グルルル』と低く唸った。

その姿はまるで伝説に出てくるフェンリルのようだ。


 共食いしたアイスウルフは全体的にステータスが底上げされていて、氷結魔法もより強力なものになっている。

本来であれば、こうなる前に仕留める筈だったのだが……彼らが勝手に討伐を始めたのだからしょうがない。

それに私は一応止めたからね!一応!


 なんて言い訳をしている間にアイスウルフが先行したメンバーに攻撃を仕掛けた。

氷結魔法で彼らの足元を凍らせ、身動きを封じたタイミングで蹴り飛ばす。

先程までとは比べ物にならない強さに、彼らは為す術なく地面に倒れた。

血を垂れ流す彼らをサポートメンバーが急いで回収し、治療を施す。

幸いなことに、傷はあまり深くないので私の出番はないだろう。


「うぅ……こんな強さ聞いてねぇーよ……」


「共食いするなら、最初に言ってよ……」


「何で教えてくれなかったんだよ……」


 この期に及んで文句を言い始める先行メンバーに誰もが呆れ返る中────ついにあの人がキレた。

額に青筋を浮かべ、眉間に深い皺を作る青髪の美丈夫は鬼のような形相で彼らを睨みつける。


「話も聞かずに飛び出したのは貴様らだろう!我々は何度も『待て!』と声をかけた!それなのにお前らと来たら、どうだ?勝手に戦闘を始めた挙句、アイスウルフの共食いも止められず、結局殺られた……それなのに、『何で教えてくれなかったの?』だと?ふざけるのも大概にしろ!」


 『蒼天のソレーユ』のギルドマスターとして、そしてサウスダンジョン攻略の最高責任者としてニールさんは彼らを怒鳴りつける。

ラピスラズリの瞳には激しい怒りが宿っており、少し恐ろしい。

青髪の美丈夫に激怒された先行メンバーは固く口を噤み、今にも泣き出しそうな顔をした。

ようやく、自分達のしたことがどれほど愚かだったのか理解出来たらしい。


 本来であれば、アイスウルフが共食いを始めた時点で分かることなんだけど……まあ、いいか。結果的に分かって貰えたんだし。


「徳正さん、あのアイスウルフはもう用済みなので倒しちゃって下さい」


「りょーかーい!俺っちに任せといて〜!」


 気合い十分といった様子で頷く徳正さんはトンッと軽く地面を蹴り上げ、アイスウルフのところまでジャンプする。

巨大化したアイスウルフを前にしても微動だにしない黒衣の忍びは風を切る音と共に消えた。

目にも留まらぬ速さで地面を駆け抜ける彼は手始めに奴の前足を切り落とす。

アイスウルフが『キャウンッ』という可愛らしい鳴き声を上げ、前へ倒れると、徳正さんは一瞬で奴の首を撥ねた。

ゴトッと音を立てて奴の胴体が横に倒れる。反撃する隙すら与えられず切り捨てられたアイスウルフは光の粒子に包まれた。


 よし!事後処理完了っと!

かなり荒っぽい方法だったけど、死人は出なかったんだし、別にいいよね!独断専行を押し進めた彼らにはいい薬になっただろうし!


 『ごめんなさい』と謝りながら涙ぐむ先行メンバーを見つめ、私は僅かに頬を緩める。

和解する『蒼天のソレーユ』のメンバーを見守っていれば、突風と共に黒衣の忍びが戻ってきた。


「ラーちゃん、ただいま〜!俺っち、頑張ったよ〜!だから、ご褒美にハグして〜!」


 満面の笑みを浮かべ、私に抱き着こうとする徳正さんを横へ避ける。

空気を抱き締める羽目になった彼は『ラーちゃんは相変わらず、つれないな〜』と言って、口先を尖らせた。

あからさまに『拗ねてます』アピールをする徳正さんに苦笑を漏らしつつ、彼の頭に手を伸ばす。


 今回は私のワガママに付き合ってもらった訳だし、これくらいのご褒美があっても良いでしょう。


「徳正さん、アイスウルフの討伐お疲れ様でした」


 そう言って、彼の頭を優しく撫でれば、セレンディバイトの瞳が大きく見開かれる。

驚きを隠せない様子の徳正さんは数秒フリーズしたあと────幸せそうに微笑んだ。

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