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第232話『第三十二階層』

 それから、特に怪我もなくギスの討伐を終えた私達は第三十二階層まで来ていた。

サウスダンジョンの最高到達階層は第三十一階層だったので、ここから先は完全に未知の領域と化す。

薄暗い洞窟の中で徳正さん達に囲まれる私はゲーム内ディスプレイを開き、公式サイトの画面を食い入るようにじっと見つめていた。

今か今かと情報の更新を待つ私の前で、最新情報と書かれた欄に第三十二階層の情報がアップされる。私は慌ててそれをタップした。


「情報が更新されました!今から読み上げます!」


 そう前置きしてから、私は『すぅ……』と大きく息を吸い込み、表示された文章に目を通した。


「第三十二階層の魔物(モンスター)はタートル!童話の『ウサギとカメ』をモチーフに作られた魔物(モンスター)で、防御力に特化しています!ですが、その分スピードが劣っているようで、素早い動きは出来ないみたいです。主な攻撃手段は噛みつきと火炎魔法。炎についてはドラゴンのように口から出るようですね」


 更新された公式情報を大きな声で読み上げ、口を噤む。

私の声に耳を傾けていたメンバーは『防御特化の魔物(モンスター)か』と零しながら、武器を構えた。

情報不足という不安を取り払えた攻略メンバーは肩から力を抜き、第三十二階層の魔物(モンスター)であるタートルと向き合う。

 彼らの目の前には自動販売機ほどの大きさがある巨大な亀が居た。

宝石のエメラルドのように美しい緑色の甲羅は見るからに硬そうだ。


 ある意味、タートルはうちの攻略メンバーと……いや、『蒼天のソレーユ』のギルドメンバーと一番相性が悪いかもしれない。

何度も言うように『蒼天のソレーユ』はバランス型のギルドで、連携力を売りにしている。

私達『虐殺の紅月』のような火力はない。

つまり────高火力で削り切らなきゃいけない防御特化のタートルとは根本的に合わないのだ。


 まあ、地道に体力やHPを削っていけば、いずれ勝てるだろうけど、かなり時間が掛かりそう……。ぶっちゃけ、徳正さん達の火力でゴリ押しした方が早い。


「わ〜!マジで遅〜い!スローモーションみたいなんだけど〜!」


 子供のように目を輝かせる徳正さんは『あんなに遅く動ける奴、居たんだ〜』と呟いた。

普段の彼なら『遅すぎ〜』『のろま〜』と馬鹿にしているところだが、ここまで遅いと感心してしまうらしい。


 まあ、タートルの動きは一般プレイヤーの私から見てもかなり遅いからね。“影の疾走者”と呼ばれる徳正さんからすれば、スローモーションにしか見えないだろう。


 タートルの口内から放たれた真っ赤な炎を刀で切り裂く黒衣の忍びは興味深そうに奴を観察している。

珍しく大はしゃぎする徳正さんを一瞥し、ふと後ろを振り向けば────いつぞやの黄色いクマの着ぐるみが目に入った。

『巨大ゴーレム討伐イベント』のときに見た黄色いクマの着ぐるみは何故かデスサイズではなく、避雷針を手に持っている。


 『またこの人は意味不明な格好を……』と呆れ返っていれば、タートルの炎を避雷針で打ち返すクマの着ぐるみが目に映った。

向かい風に煽られた炎はそのまま真っ直ぐ戻っていき、タートルの口内に入っていく。

炎が逆流した巨大な亀は呻き声を上げ、ボンッと爆発した。

光の粒子に戻っていくタートルを見つめながら、『いや、炎耐性ないんかい!』と一人ツッコミを入れる。


 炎を野球ボールみたいに打ち返すラルカさんもラルカさんだけど、自分の魔法で殺られるタートルもタートルだよ!格好悪いことこの上ない!ていうか、炎耐性くらい持っておきなよ!一応、炎系の魔物(モンスター)でしょう!?


 ツッコミどころ満載の討伐劇に頭を抱えていると、列の先頭に立つニールさんと不意に目が合う。

申し訳なさそうな表情を浮かべる彼はポリポリと頬を掻き、口パクで『頼めるか?』と言ってきた。

さすがのニールさんも、火力の壁を乗り超えることは出来なかったらしい。


 どんなに効率よくダメージを与えても、防御特化のタートル相手じゃ、時間が掛かっちゃうもんね。


 苦笑を浮かべる私はニールさんに『任せて下さい』と口パクで伝え、パーティーメンバーに声を掛けた。


「ニールさんから、応援要請が来ました。バランス型の『蒼天のソレーユ』ではタートルを短時間でちょっと倒すのは難しいようです。なので、我々の火力で一気に片付けましょう」


 出番が回ってきたと伝えれば、彼らは文句を言わずに頷いた。

さすがの彼らも『これは効率が悪い』と思っているらしい。


「役割分担はどうするの〜?短時間で討伐するなら、俺っちが出るけど〜」


『なら、僕はラミエルの護衛に回ろう』


「じゃあ、俺と徳正が前線か」


「では、そうしましょうか」


 こちらが指示する前に役割分担を終えた彼らはそれぞれ武器を構える。

まあ、一人だけ武器が避雷針なのだが……。


「んじゃ、行ってくるよ〜。ラーちゃんはそこで待っててね〜」


「ラルカ、ラミエルのことを頼むぞ」


 ヒラヒラと手を振る徳正さんと無表情で背を向けるリーダーに、『あとはお願いします』と声をかける。

前線組の二人は軽い跳躍で攻略メンバーの上空を飛び越えると、それぞれ左右に散っていった。

圧倒的火力を誇る精鋭達が目にも止まらぬ速さでタートルを光の粒子に変えていく。

ただでさえ、動きが鈍いタートルは彼らの姿を目視することも出来ないようだ。

 私の近くに居るタートルから片付けているせいか、こちらに奴の攻撃が飛んでくることはない。


『どうやら、僕の出番はなさそうだな』


「そうみたいですね。まあ、用心するに越したことはありませんが」


 カニスの悪足掻きで痛い目に遭ったので、ラルカさんは素直に頷く。

我々の視線の先では、気持ちいいほどの快進撃を繰り広げる徳正さんとリーダーが居た。

彼らの実力を目の当たりにした攻略メンバーは畏怖を覚えると共に感銘を受けているようだ。


 そう言えば、ニールさん以外の『蒼天のソレーユ』のメンバーは私達の戦いぶりをあんまり見たことがなかったもんね。

我々『虐殺の紅月』はボス戦以外、全然前線に出ないから……。


 多くのプレイヤーから尊敬の眼差しを向けられる黒衣の忍びと銀髪の美丈夫は最後の一体に刃を向ける。

剣と刀を構える彼らはほぼ同時に攻撃を仕掛け、タートルの甲羅と首を斬り落とした。

圧倒的硬さを誇る甲羅を意図も容易く真っ二つにしたリーダーと、確実に仕留めるため首を撥ねた徳正さんは軽い跳躍と共にこちらへ戻ってくる。

息一つ乱さず、中層魔物(モンスター)を片付けた彼らにあちこちから賞賛の声が上がった。


「凄い……!傷をつけるので精一杯だった甲羅をあんな風に切り捨てるなんて!」


「火炎魔法を恐れもせず、首を撥ねに行くなんて、すげぇ!!」


 ライブ会場のように沸き立つ攻略メンバーだったが……当の本人たちには『凄いことをした』という自覚がない。

剣を鞘に収めるリーダーと徳正さんは詰まらなさそうに欠伸をした。


「止まっている魔物(モンスター)を倒しているみたいで詰まんなかった〜」


「ほとんど作業ゲーだったな。まあ、あの甲羅はまあまあ硬かったが……」


 各々好きな感想を述べる彼らは自然な動作で、私の周りを固める。

まるで、それが当たり前かのように……。


「お二人共、お疲れ様でした。素晴らしい戦いぶりでしたよ」


 労いの言葉と共に賞賛の言葉を添えれば、徳正さんは嬉しそうに微笑み、リーダーは僅かに頬を緩める。

普段と変わらない穏やかな雰囲気が流れる中、ニールさんの号令と共に私達は行進を再開するのだった。

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