第221話『リグリアの討伐方法』
いや、何で白鳥の頭付きのバレリーナ衣装を……?リグリアの元ネタから連想して、その衣装にしたんだろうけど……それはどうなの?
バレリーナ衣装を着たクマの着ぐるみとか、意味不明すぎるんだけど……。
『どうだ、ラミエル。美しいだろう?』
「そ、そうですね……凄く美しいと思います」
『ふふんっ!そうだろう、そうだろう!ラミエルなら、そう言ってくれると信じていた』
グッと手を握り締めるラルカさんは誇らしげに胸を張っている。
彼が動く度、白鳥の頭が揺れるが……突っ込む気力すら失せていた。
もういいや……ラルカさんのことは放っておこう。それより、何か解決策を……。
白鳥の頭……じゃなくて、白いクマの着ぐるみから目を逸らそうとしたとき────視界の隅にリグリアの姿があった。
『また、私に攻撃を仕掛けに来たのか……』と呆れていると、奴は────私の横を駆け抜ける。
そして、奥に居るラルカさんに襲い掛かった。
えっ……!?あのリグリアがラルカさんに攻撃を……!?どうして……!?さっきまで私ばかり狙っていたのに……!
まさか、あの格好がリグリアには美しく見えたとか……?って、それはさすがにないか。
こいつを設定したのは人間なんだから。美的感覚がそこまでズレているとは考えにくい。
じゃあ、他に何か基準があるのかな……?
例えば────周りの反応とか。
私はさっき、確かにラルカさんの外見を褒めた。心の籠っていない賛辞だったが、AIが人間の心まで理解するとは思えない……。
つまり、何が言いたいのかと言うと─────リグリアは周りから美しいと認められたプレイヤーを集中的に狙うのではないか?
そう考えれば、私ばかり狙う理由にも納得が行く。
だって、うちのメンバーは……というか、徳正さんは四六時中、私を褒めまくるから!
「なるほど……そういうことだったんですね」
ボソッとそう呟いた私はニヤリと口端を吊り上げた。
向かってきたリグリアを難なく処理したラルカさんを見つめ、ニッコリ微笑む。
こっちに向かってきたリグリアを処理する分には、誰にも文句を言われない筈だ。
だから────ラルカさんには囮になってもらおう。
「ラルカさんって、本当にお綺麗ですよね!そのバレリーナ衣装も凄くお似合いです!美しいと思います!」
パチパチと手を叩いて、ラルカさんの外見を褒めちぎれば、彼は満更でもない様子で胸を逸らした。
自慢げに腰を前に突き出し、白鳥の頭を強調するクマの着ぐるみはどこか誇らしげだ。
『ふふん!そうだろう、そうだろう!ラミエルはよく分かっているな!』
嬉しそうに文字が書き込まれたホワイトボードを掲げるクマの着ぐるみに、黒衣の忍びは『げっ!』と顔を顰める。
こちらの意図を全く理解していない徳正さんは『有り得ない』とでも言うように首を左右に振った。
「え〜?ラーちゃんってば、こんなのがいいの〜?クマの着ぐるみにバレリーナの衣装とか、めちゃくちゃセンス悪……いたっ!?」
徳正さんの言葉を遮るように、横腹に肘をめり込ませれば、彼は横腹を押さえて蹲った。
『いた〜い!』と嘆く黒衣の忍びを放置し、ラルカさんと向き合う。
ごめんなさい、徳正さん……貴方の言っていることは間違っていないけど、今は黙ってて!作戦が台無しになっちゃう!
「いやぁ、本当にラルカさんはお美しいですね!ファッションセンスも抜群で、惚れ惚れしてしまいます!」
『そうだろう、そうだろう!クマファッションこそ、至高だからな!』
「え、ええ……そうですね!凄く素敵です!」
『ふふんっ!もっと褒めてくれてもいいぞ!』
調子づいてきたのか、ラルカさんはブリッジせんばかりの勢いで胸を逸らし、両腕を組んでいる。
すっかり天狗になったクマの着ぐるみを一瞥し、私はリグリア達の様子を窺った。
ラルカさんのリアクションが大袈裟だったからか、ほとんどのリグリアがこちらを見つめている。
よしよし……掴みはOKね。
あとはリグリアよりラルカさんの方が美しいと思い込ませるだけ……そうすれば、奴らは確実に餌に食いつくだろう。
餌の自覚がないラルカさんにはちょっと申し訳ないけど、そこは大目に見てもらおう。
私はリグリア達の姿を横目で捉えつつ、バレリーナ姿の着ぐるみと目を合わせた。
白鳥のように真っ白なクマの着ぐるみを前に、子供のような無邪気な笑みを浮かべる。
「ラルカさんって、本当に────世界一美しいですね!」
遠くに居るリグリアにも聞こえるよう、大声でそう叫べば────奴らが目の色を変えて、こちらに突進してきた。
リグリア達の標的はもちろん、『世界一美しい』と絶賛されたラルカさんだ。
見事餌に食らいついたリグリア達はバサッと大きく羽を広げ、幻影魔法を発動させる。
奴らが完全に姿を消す中、クマの着ぐるみはホワイトボードに文字を書き込んでいた。
急接近して来ているリグリアの気配には多分気づいていると思うけど……凄く呑気ね。
まあ、ラルカさんからすれば、雑魚同然の魔物だし、気に留める必要性を感じないのだろう。
『世界一なんて、言い過ぎだ。気持ちは嬉しいが、僕より美しいクマさんはたくさん居る。それに美しいものや綺麗なものに順位をつける必要は無い。だから』
ラルカさんは不意にペンを止めると、何も無い筈の空中を蹴り飛ばした。
バキッと本来なら聞こえない筈の音が聞こえる。
それと同時に突然空間が歪み、首を折られたリグリアが姿を現す。
即死だったのか、光の粒子に変わる様子が目に入った。
作戦通り、リグリアはラルカさんに攻撃を仕掛けたみたいね。
まあ、人の気配や殺意に敏感な彼には通用しないけど。
『全く……せっかく、ラミエルと真剣な話をしていたのに、これでは台無しだ』
ラルカさんはやれやれとでも言うように首を振ると、ホワイトボードを一旦アイテムボックスの中に仕舞った。
その代わりとして、大鎌のデスサイズを取り出す。
────さあ、狩りの始まりだ。
クマの着ぐるみは慣れた様子で重そうな鎌を片手で奮い、姿が見えないリグリアを正確に……そして、簡単そうに斬り殺していく。
“惨殺の死神”の名に相応しい働きに、私は『凄い』と言うしかなかった。
気配や殺意に敏感とはいえ、あれだけの数のリグリアを正確に捌くなんて……普通は出来ない。
しかも、ラルカさんが扱っているのは長物だ。人が密集したこの空間で使うには少々難しい。最悪の場合、同士討ちになる可能性だってあった。
それなのに、ラルカさんは仲間の位置や動きを把握しながら、周りに被害が出ないよう、最小限の動きでリグリアを殺している。
これは誰にでも出来ることじゃない。
もし、これがシムナさんなら、周りへの被害なんて考えずに大暴れしていただろう。
ラルカさんを囮役に選んで正解だった。
自分の判断は間違っていなかったと安堵していれば、不意にラルカさんが動きを止める。
そして、デスサイズをアイテムボックスの中に戻し、ホワイトボードとペンを取り出した。
どうやら、リグリアの討伐が終わったらしい。
彼の周りにはリグリアの死体とも呼ぶべき、大量の光の粒子が漂っていた。
「お疲れ様でした、ラルカさん。お怪我はありませんでしたか?」
『ああ、大丈夫だ。心配してくれて、ありがとう』
ホワイトボード片手に、コクコクと頷くクマの着ぐるみにホッと胸を撫で下ろす。
ラルカさんのことだから大丈夫だとは思っていたが、やはり心配なものは心配なのだ。
とりあえず、作戦は大成功ね。
大きな損害もなくリグリアを討ち取れたし!まあ、それも全部ラルカさんのおかげなんだけど。
囮役にしたのはあとで謝っておこう。
ルンルン気分で白鳥の頭を揺らすラルカさんを横目に、私はこの胸に広がる達成感に身を委ねた。




