第216話『マーメード』
「────皆の者、静まれ!あいつの外見に惑わされるな!まずは己の役割を果たすんだ!」
自由奔放な私達の統率に動き出したニールさんは『さあ、行け!』と言わんばかりに半魚人……じゃなくて、人魚を指さす。
が、しかし……誰一人として動こうとしなかった。
「俺っち、あいつと戦いたくな〜い。だって、ヌルヌルネバネバなんだも〜ん。絶対、刀が汚れちゃう〜」
『見た目が醜いのは一向に構わんが、あの粘液はちょっとな……このモフモフボディがベトベトになったら、困る』
「……」
徳正さんとラルカさんはイヤイヤと首を振り、リーダーは無言で視線を逸らした。
さすがのリーダーも、あの気持ち悪い魔物と戦いたくはないらしい。
まあ、気持ちは分かるよ……?でもさ?これ、一応ボス戦なんだよね。
この不細工……じゃなくて、人魚を倒さないと、部屋から出れないんだよ。
だから、戦闘要員の三人には動いてもらわないと困るんだよね。
私は言うことを全く聞かない彼らに唖然とするニールさんを一瞥し、口を開いた。
「はぁ……駄々を捏ねないで下さい。一生ここに居るつもりですか?大体、三人の実力ならワンパンで終わるでしょう?ちょっと我慢すれば済む話です」
「ラーちゃんのお願いなら聞いてあげたいけど、あいつと戦うのだけは絶対イヤ〜!」
胸の前で腕をクロスし、大きな✕マークを作る徳正さんは全身全霊で拒絶を露わにしていた。
そんな彼に続くように、ラルカさんとリーダーも口を開く。
『悪いが、他を当たってくれ』
「戦闘要員なら、そっちにも居るだろ」
そう言って、リーダーは後ろの方で怯えまくるレオンさんを指さした。
突然指名された茶髪の美丈夫はブンブンと勢いよく首を振る。
レモンイエローの瞳は若干潤んでいるように見えた。
薄々勘づいてはいたけど……レオンさんって、ああいう系の魔物が苦手なんだ。
見た目は屈強な戦士にしか見えないのに、意外と可愛いところが……じゃなくて!このままじゃ、本当にこの部屋から出られない!だって、戦ってくれるプレイヤーが一人も居ないんだから!
やっぱり、ここはうちのパーティーメンバーを説得して、戦わせるのが一番だよね……。
でも、あの三人って、一度こうって決めたら頑固だからなぁ……説得するのに時間が掛かりそう。
だからといって、怯えきっているレオンさんを無理やり戦闘に参加させるのはちょっと可哀想だよね……。
はぁ……仕方ない。今回の戦いは─────。
「────私が前線に出ます」
「「『え”っ……!?』」」
消去法で導き出した結論に、リーダー達が過剰なほど反応を示した。
『え?本気?』と視線だけで問うてくる彼らを無視し、先程からキャッキャとはしゃいでいるリアムさんに近づく。
戦ってみないと分からないけど、恐らく回復師の私じゃ、大したダメージは与えられない。だから────。
「リアムさん、私が人魚の気を引いている隙に、弓で攻撃を仕掛けて貰えませんか?出来れば、スキルを使ってダメージ量を増やして頂けると助かります」
「それくらい、お安い御用さ☆僕に任せておくれ!」
「ありがとうございます。では、早速……」
『早速行きましょう』と言おうとした私だったが……何者かに言葉を遮られた。
「────ちょっ、ラーちゃんが前線に出るとか絶対ダメ!それなら、俺っち達が前線に出るよ!」
「ラミエルを危険な目に遭わせる訳にはいかない。お前はそこで大人しくしておけ」
『お頭の言う通りだ。ラミエルを守るためなら、モフモフボディだって捨てられる』
さすがに非戦闘要員である私を前線に出すのは気が引けるのか、徳正さん達が物凄い勢いで反発してきた。
黒衣の忍びとクマの着ぐるみに肩を掴まれ、銀髪の美丈夫に行く手を阻まれる。
今の彼らには妙な迫力があった。
陽動くらいなら、私でも出来るのに……そこまで過剰反応しなくても……。
ていうか、心変わり早過ぎない?さっきまで、あんなに嫌がってたのに……まあ、前線に出てくれるのは凄く助かるけど。
「分かりました。それじゃあ、前線は皆さんに任せます。私はサポートに回るので、ちゃちゃっと終わらせて来て下さい」
「おっけ〜!任せといて〜!」
『一瞬で終わらせてくる』
「そこで大人しくしておけ」
ヒヤヒラと軽く手を振る彼らに、私は何も言わずに頷いた。
『大人しくしてます』と言う代わりに両手を上げ、数歩後ろへ下がる。
すると、彼らは満足したように前を見すえた。
ボス戦開始からずっと動かなかった人魚がギョロリと目ん玉を動かす。
うわぁ……やっぱり、気持ち悪い……。
徳正さん達に前線を引き受けてもらって、本当に良かった。
「うへぇ〜!マジで気持ち悪いんだけど〜」
『まあ、そう言うな。よく見てみると、あの外見も愛嬌があって、意外と悪くない……こともなかったな』
「無駄話はそこら辺にしておけ。確実に一発で仕留めるために攻撃を同時に仕掛けるぞ」
顔を顰める徳正さんと口元を覆うラルカさんはリーダーの言葉に頷くと、それぞれ武器を構えた。
粘液まみれになるのが嫌なのか、今回はみんな予備の武器を使っている。
ラルカさんに関しては着ぐるみの上から、更に透明なレインコートを羽織っていた。
職業別ランキング一位のランカー達が粘液を恐れているなんて……他のプレイヤー達が知れば、爆笑するだろうなぁ……。
複雑な心境で彼らを見守る中、リーダーが覚悟を決めたように『ふぅー』と息を吐き出した。
「……じゃあ、行くぞ────走れ!!」
その言葉を合図に、我ら『虐殺の紅月』が誇る精鋭たちが一斉に走り出した。
目にも止まらぬ速さでフロア内を駆け回る彼らは棒立ちする人魚に急接近する。
そして、抵抗する隙も与えず、人魚のの体を切り刻む────筈だった。本来ならば……。
「えっ……?」
私は目の前に広がる異様な光景に思わず、息を呑んだ。
そして、現実かどうか確かめるように何度も何度も目を擦る。
だが、何度目を擦ろうと現実は変わらず────徳正さん達の転んだ姿が目に入った。




