第214話『連携』
「さあ、私達の連携力を見せる時が来た────生意気な狼たちを片っ端から蹴散らせ!」
ニールさんの力強い号令と共に『蒼天のソレーユ』のギルドメンバーは沸き立ち、出発当初の勢いを取り戻すかのように動き始めた。
攻撃・防御・サポート・回復の四つに分かれて、各々自分の役割を果たしていく。
さっきまでの劣勢が嘘のように彼らは次々とブラックウルフを狩り殺して行った。
凄い……皆、息ピッタリだ。
プレイヤー同士の肩がぶつかったり、一人の怪我人に複数人の回復師が魔法を掛けたりなどのトラブルが全くない。
それだけじゃない……皆、お互いの動きを把握しているかのように完璧な位置取りと交代を繰り返している。
これだけの人数のプレイヤーが細かい指示なしに、連携を取るのは非常に難しい……。
なのに、『蒼天のソレーユ』は……ニールさんはそれを可能にさせている。
何故、彼が『戦場の支配者』と呼ばれているのか……その所以がよく分かった。
「……ニールさんみたいな人が『虐殺の紅月』にも居れば、連携面で悩むことはなさそうですね」
「え〜?俺っちは嫌だよ〜?この胸がザワつく感じ、気持ち悪いんだも〜ん」
眉間に皺を寄せる徳正さんは『吐き気がする』と言わんばかりに胸元をさする。
スキル所有者であるニールさんの前でやることではないが……違和感が凄いのは事実なので、苦笑いするしかなかった。
とりあえず、報告は済んだし、さっさと最後尾に戻りましょう。
あまり長居をすると、ニールさんに迷惑を掛けてしまうし。
それにここに居たところで、私達に出来ることは何もない。
「徳正さん、もうそろそろ持ち場に戻りましょう」
「ん。りょーかーい」
胸をさする手を止め、黒衣の忍者は軽々と私を抱き上げる。
徳正さんの左腕に座る形で抱っこされた私は上手くバランスを取りながら、今一度ニールさんと顔を合わせた。
「では、私達はこれで失礼致します」
「ああ、ご苦労だった」
ニールさんの労いの言葉に一つ頷き、徳正さんにアイコンタクトを送る。
察しのいい忍者はくるりと身を翻し、トンッと軽く地面を蹴り上げた。
すると、風を切る音と共に私達の体が宙に浮く。
天井スレスレの高さから、地上を見下ろした。
攻略メンバーがブラックウルフを完全に圧倒している……。
ブラックウルフが作り上げた包囲網は完全に崩れ、逆に奴らが攻略メンバーに包囲されている状態。
しかも、ブラックウルフの群れはいつの間にか分断されていて、こちらに有利な状況になっていた。
自分達がブラックウルフ同士を隔てる壁となり、一体一体を完全に孤立させる作戦か。
私達の最大の武器である、数の利がよく生かされている。
相手からすれば、ちょっと卑怯かもしれないが、利用出来るものは全部使わなくちゃね。
「イーストダンジョン攻略の時はシムナさんやヴィエラさんがほとんど魔物を倒していましたけど、今回はちょっと楽が出来そうですね」
「んー……だといいね〜。確かに連携は見事なものだけど、所詮はスキルによるものだし、この状態をずっと維持するのは難しいでしょ〜」
「それは……ちょっと否定出来ませんね。でも、今回は『紅蓮の夜叉』のメンバーも居ますし、私達頼りの攻略にはならないと思いますよ」
楽観的な考えを持つ私に、徳正さんは微妙な反応を見せるものの、とりあえず『そうだね』と言って頷く。
自分達以外は全員役立たずだと思っている彼は納得出来ない様子だった。
まあ、徳正さんから見れば一般プレイヤーのほとんどが雑魚だもんね。
そういう反応をしてしまうのも無理はない。
でも、これだけは断言出来る。
各班の班長や『虐殺の紅月』のメンバーに頼りっきりだったイーストダンジョン攻略よりは全然マシだ、と……。
ここにシムナさんやヴィエラさんが居れば、私の意見に大いに賛同してくれたことだろう。
お留守番している二人のことを思い浮かべながら、地上の様子を窺っていると────不意に誰かと目が合った。
その『誰か』は見覚えのある人物で……私と目が合うなり、パァッと表情を明るくさせる。
でも、私は今その人と……いや、その人の傍に居る紺髪の美丈夫と会いたくなかった。
────が、しかし……こちらの事情など知る由もない、『その人』はブンブンと大きく手を振った。
「────おお!ラミエル!久しぶりだね!僕のことを覚えているかい?」
明るい声で私に声をかけたのは『紅蓮の夜叉』の幹部候補である、リアムさんだった。
雪のように真っ白な髪を揺らし、ニコニコと機嫌よく笑っている。
戦場であろうと、笑顔を絶やさないところは以前と全く変わらなかった。
リアムさんは相変わらず、マイペースだな。
でも、今は……今だけは空気を読んで欲しかった!だって、リアムさんの傍には────セトが居るから!
昼食会の一件から、セトへの接し方を改めたとはいえ、出来ることなら関わりたくない……。
だって、凄く気まずいんだもん!
でも、知り合いを無視するのは私の良心が痛むし……。
「ラーちゃん、どうする〜?セトくんも近くに居るみたいだけど〜。降りる〜?それとも、無視する〜?俺っちはどっちでも良いよ〜」
「う〜ん……」
決断を委ねられた私は唸り声を上げながら、思い悩んだ。
その間に、リアムさんの保護者兼上司であるレオンさんが駆けつけ、彼の頭を殴る。
だが、当の本人はケロッとした顔で、私達にひたすら手を振っていた。
仲間だからダメージが入らないとはいえ、高レベル狂戦士の拳を受けても動じないなんて……さすがは『紅蓮の夜叉』のエースって感じね。
もし、殴られたのがセトだったら涙目になっていたと思う……。
「ラミエル、こいつのことは無視して持ち場に戻ってくれて構わない」
「えぇ!?何故だい?レオンさん。せっかく会えたんだから、少しくらい話をしたっていいじゃないか」
「今はゆっくり話が出来るような状況じゃないだろ。それにどうせ、また後で会えるんだから今は我慢しろ」
ムニッとリアムさんの頬をつまんだレオンさんは『早く行け』と言わんばかりにヒラヒラと手を振る。
恐らく、セトとの関係に悩んでいる私を気遣ってくれたのだろう。
これは後でレオンさんにお礼を言わなきゃ。
美味しいお酒でも奢ってあげよう。
私はギャーギャーと騒ぐ茶髪の美丈夫と白髪アシメの美男子を見つめ、頬を緩める。
が、しかし……居心地悪そうに俯くセトの姿を見て、すぐに表情を引き締めた。
「分かりました。では、また後でお会いしましょう」
レオンさんの厚意を素直に受け取り、私は徳正さんに目配せした。
すると、黒衣の忍びはそのままリアムさん達の頭上を飛び抜けていく。
後ろからリアムさんの残念そうな声が聞こえたが、知らんぷりをした。
リアムさん、ごめんなさい……この埋め合わせは必ずどこかでするから、許して!
────こうして、私はほんの少しの罪悪感に苛まれながら、列の最後尾へと戻るのだった。




