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第210話『自分勝手《セト side》』

 ラミエルが去ったバルコニーで、俺は一人呆然と立ち尽くし……己の過ちを心の底から悔いていた。


 ラミエルは決して、追放の件を乗り越えた訳じゃなかった……ただ立ち直ることが、出来ただけ。

それを俺は勝手に勘違いして……!ラミエルを深く傷つけた……!


 今思えば、俺と再会した当初のラミエルは酷く怯えているように見えた。

本当に過去を乗り越えていたなら、あんな表情(かお)しないだろう。


「はぁ……俺は冷静に考えてみれば分かることにも気づけず、ラミエルを逆恨みしていたのか……そりゃあ、ラミエルも怒る訳だ」


 青々と広がる空を見上げ、俺は己を嘲笑った。


 無意味にラミエルを『サムヒーロー』から追放した挙句、自分の勝手な勘違いでラミエルを傷つけるなんて……本当に大馬鹿者だな。

ラミエルの言う通り、俺には彼女を羨む権利なんてないと思う。

だって、俺は一度ならず二度もラミエルを傷つけたから。


「一度ちゃんとラミエルに謝らなきゃな……」


 そうすれば、きっと────優しいラミエルは俺を許してくれる。


 とは言わずに、歩き出す。

ラミエルの後を追うために。

でも────


「やあ、セトくん、また会ったね〜?」


 ────首筋に冷たい何か……暗器を宛てがわれ、俺は反射的に足を止める。

穴という穴から冷や汗が滲み出てくる中、俺はカタカタと小さく震えた。


 聞き覚えのある声、特徴的な喋り方、そして暗殺者が愛用する暗器という武器……間違いない。この人は────“影の疾走者”だ。


 相手が誰か分かったことにより、俺は更に恐怖心を駆り立てられる。

喉が渇いていく感覚に襲われながら、震える唇を何とか動かした。


「……お、俺に何の用だ……?」


 か細い声でそう尋ねると、“影の疾走者”はクスリと笑みを漏らした。


「ふふっ。セトくんは本当に察しが悪いね〜?」


「す、すみません……」


「別に謝る必要はないよ〜。それにしても、今日は随分と大人しいね〜?以前のセトくんなら、ここで生意気な発言をしていたのに〜。もしかして、レオンくんの説教が効いたのかな〜?」


「そ、それは……」


「あぁ、それとも────」


 そこでわざと言葉を切ると、“影の疾走者”は笑みを引っ込めた。

かと思えば、後ろからゆっくり身を乗り出して俺の耳元に唇を寄せる。

おかげで、彼の息遣いが耳を通して直に伝わってきた。

それすらも怖いだなんて……俺はかなりの臆病者のようだ。


「────ラーちゃんに真実を聞かされて、自分の過ちに気づいちゃった〜?」


「っ……!!」


「あはっ!図星なんだ〜?君って、本当に分かりやすいね〜」


 “影の疾走者”は密着していた体をゆっくり離すと、俺に暗器を向けたままニッコリ微笑む。

表情は確かに笑顔なのに、その漆黒の瞳には隠し切れない怒りと憎悪が宿っていた。


 この人は恐らく、もう全部知っている……俺の過ちも後悔も全部……知った上で俺を責めているんだ。


 暗器が宛てがわれていた首筋に触れながら、俺は恐る恐る顔を上げる。


「……俺はラミエルに謝りたい。もう何もかも遅いかもしれないけど、謝罪くらいは……」


「優しいラーちゃんなら許してくれるって、思っていながら〜?」


 『全てお見通しだ』とでも言うように、“影の疾走者”は俺の本音を暴いた。

さっきとはまた違う意味で冷や汗を流す俺に、彼はスッと目を細める。


「君は許されたい一心で、ラーちゃんに謝罪しようとしているんでしょ〜?罪悪感や後悔を払拭する上で、最も簡単な方法は被害者から許してもらうことだもんね〜?」


「っ……!!」


「結局、君は自分のためにしか動けないってことか〜。まあ、誰でも自分が一番だよね〜」


 『うんうん』と納得したように頷く彼は、再びケラケラと笑うと────突風と共に、俺の目の前までやってきた。

そして、俺の首筋に再度暗器を宛てがう。


 は、はやっ……!?全く動きが見えなかった……いや、それよりもこれは一体!?

お、俺は今ここで殺されるのか……!?


 現状に理解が追いついた瞬間、俺はカタカタと身を震わせた。

今にも膝から崩れ落ちそうになりなから、何とか口を開く。


「あ、あの……俺はっ……」


「────喋るな、クズ」


「ひっ……!」


 トップランカーからの殺気を真正面から受け、俺は怯えるしかなかった。

目尻に涙を浮かべ、ひたすら助かることを願う。


「あ、ぁ……お、れは……」


「何度も言わせるな。黙れ」


 殺気を乗せた声で抑圧してくる彼に、俺はコクコクと頷いた。


 もう勝手に喋らない!!喋らないから、殺すのだけは勘弁してくれ……!!俺はまだ死にたくないんだ……!!


「自分勝手な君に一つ忠告しておこうか。許されるためだけに(自分のためだけに)ラーちゃんに謝ろうとしたら────()はお前を斬る」


「っ……!!」


「だから、よく考えて行動しろ」


 忠告という名の脅迫を突きつけ、“影の疾走者”はそっと暗器を下ろす。

『話は以上だ』とでも言うように。


「んじゃ、俺っちはこれで失礼するよ〜。ラーちゃんが俺っちのことを探している頃だからね〜」


 『バイバ〜イ』と言って手を振る“影の疾走者”は、軽い足取りでバルコニーを出ていく。

いつものようにヘラヘラ笑いながら。

あっという間に消えた彼の後ろ姿を前に、俺はケホケホと咳き込む。

夢中になって酸素を吸い込み、ガクッとその場に膝をついた。


「し、死ぬかと思った……」


 彼の見せた殺気は間違いなく、本物だった。遊び半分で出せるようなものじゃない……。

恐らく、俺が彼の意にそぐわない行動を取れば即座に斬り捨てられていただろう……。


 俺は生きていることを確認するように、己の胸に手を押し当てる。

そしていつもより速い鼓動を感じ取り、安堵の息を吐いた。


 大丈夫……俺は生きている。


 そう自分に言い聞かせ、俺は落ち着くまでずっと蹲っていた。

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