第203話『オーバーラインした勇者《アヤ side》』
まさかの展開に困惑していると、無名さんはこう言葉を続ける。
「ただし、一つ条件がある。次のダンジョン攻略でお前ら『サムヒーロー』が、めぼしい結果を出せなければ────この同盟から抜けてもらいたい。限界突破ポーションを渡しても活躍出来ない奴なんて、ただの足手まといでしかないからな」
「「「!!」」」
なるほど……無名さんはここで『サムヒーロー』を見極めるつもりなんですね。
彼が今まで『サムヒーロー』の存在を無視して来たのはゲームを攻略し、現実世界へ帰るため。
もちろんラミエルさんの意思もあるんでしょうが、今最も優先すべきことは現実世界へ帰ることだから。
「……ワイも無名サンと同じ意見や。その条件を呑めるなら、限界突破ポーションを渡してやってもいい」
「私も同じ意見なのです〜。『サムヒーロー』の皆さんは正直微妙な立ち位置でしたし、いい加減立場をハッキリさせたいのですよ〜」
「私は同盟に加わったばかりで『サムヒーロー』のことはよく分からんが、実力のないプレイヤーに用はない。君達が本当に凄いプレイヤーなら、それを結果で示してほしい」
「お、俺も同意見だ」
「わ、私も……」
ファルコさん、アスタルテさん、ニールさんの三人がそれぞれ賛成の声を上げれば、おずおずといった様子で他のメンバーも賛成し始める。
不思議なことに、反対者は出なかった。
「────という訳だ、カイン。無名が提示した条件を呑む気はあるか?」
そう問い掛けるヘスティアさんに、カインさんはニヤリと笑った。
「ああ、呑んでやる!まあ、結果なんて分かりきっているがな!勇者の俺様が全く役に立たないなんてことは、有り得ない!」
「……そうか。分かった。では、約束通り限界突破ポーションは貴様にやろう────ファルコ」
『渡してやれ』とでも言うように首を動かすヘスティアさんに、ファルコさんは小さく頷いた。
かと思えば、手に持った小瓶をカインさんに差し出す。
金髪碧眼の美青年はソレをひったくるように奪い取り、満足そうに微笑んだ。
どこか得意げに顎を反らし、その場で小瓶の蓋を開ける。
「お前達!俺が限界突破するところをしっかり見ていろよ!?そして、この素晴らしい場面に立ち会えることに深く感謝しろ!」
『歴史的瞬間だぞ!』と力説し、カインさんは誇らしげな表情を浮かべた。
周りの白けた反応に気づいていないのか、意気揚々と小瓶の縁に口をつける。
そして、躊躇うことなく一気に飲み干した。
警戒心皆無ですね。それは初めて入手したアイテムだと言うのに……もしかしたら、『箱庭』がイタズラ半分で妙な仕掛けをしているかもしれませんよ?
大胆とも無鉄砲とも言える行動に呆れ返っていれば、カインさんの体は突然────輝き始める。
あまりの眩しさに直視することが出来ず、私は思わず目を逸らした。
い、一体何が……!?何故、体が光って……!?シムナさんとヴィエラさんが限界突破した時は、何も起こらなかったのに……!
「な、なんだ!?これは……!!どんどん力が漲ってくる!これが限界突破ポーションの力か……!!」
興奮気味に捲し立てるカインさんは、『おお!』と感嘆の声を漏らす。
────と、ここで直視出来ないほどの眩い光は収まった。
と同時に、私達は恐る恐る目を開ける。
見た目に変化は……なさそうですね。相変わらず、綺麗なお顔をしています。でも────
「────MPやATKの高さが、先程とは比べ物にもならない……」
いきなりレベルマックスになり限界突破した影響か、彼の体から溢れんばかりの力を感じ取った。
嫌でも危機感を煽られ、私は『これが限界突破した勇者の実力なのか』と感心する。
「はっはっはっ!これが限界突破か!実に気分がいい!今なら魔王すらも倒せそうだ!」
己の力を確かめるように手を握ったり開いたりするカインさんは、楽しそうに笑った。
「────盛り上がっているところ申し訳ないが、限界突破で得たスキルを教えてくれないか?情報共有は必要不可欠だからな」
そう言って、水を差したのはヘスティアさんだった。
彼女は限界突破したカインさんの実力など、どうでもいいのか無表情のままである。
全く動揺も興奮もしていない彼女に対し、カインさんは不満を露わにする。
が、なまじ機嫌がいいため、文句を言うことはなかった。
「スキル名は『仲間との絆』。効果は味方のMPやHPを取り込み、ATKへ変換することだ。まあ、早い話多くのMPやHPを集められれば、その分俺のATKが上がるって感じだな。ただ一撃でも攻撃を繰り出せば、その集めた力は失われてしまう」
「失われる……?味方の元に戻るのではなく?」
「ああ、そうだ。まあ、俺様の力になれるなら本望だろ」
限界突破したことで調子に乗っているのか、カインさんは完全に私達を見下していた。
フンッ!とこちらを小馬鹿にしたように笑い、腕を組む。
気分はすっかり王様だ。
こうなる事は分かっていたけど、実際“コレ”を目の当たりにすると……どうも、腹が立ちますね。
「情報提供、感謝する。では、限界突破ポーションの件が片付いたところで話を戻そう。ファルコ、引き続き報告を頼む」
「おう」
ヘスティアさんに話を振られたファルコさんはジロリとカインさんを睨んでから、こちらに視線を戻した。
「ほな、報告を続けるで〜。ちょうど今限界突破の話が出てたし、先にシムナとヴィエラのことについて報告するわ〜」
そこで一旦言葉を切ると、ファルコさんは
「なんと、シムナとヴィエラの二人も限界突破したんや!しかも、そのスキルが『未来眼』と『魔力無限』!ほんま、『虐殺の紅月』の人らには頭上がらんわ」
と、自慢げに語った。
まるで自分の事のように嬉しそうに。
もはやチートとも言える二つのレアスキルに、大半の者が『おおっ!』と感嘆の声を上げる。
ただ一人、カインさんだけは不満げな表情を浮かべているが。
限界突破しているのは自分と無名さんだけ、という事実をぶち壊されて怒っているのだろう。
だって、限界突破の獲得者が多くなればなるほど、その価値は下がっていくから……やっとの思いで限界突破ポーションを手に入れたと言うのに、これでは意味がない。
まあ、それでも限界突破を果たしている人はカインさんを入れても、まだ四人だけなんですけどね。
「『未来眼』と『魔力無限』なんて凄いじゃないか!味方に負担が掛かる『仲間との絆』なんかより、ずっと良い!」
「『虐殺の紅月』の限界突破獲得者は、これで三人目か。あそこは高レベルプレイヤーが多く在籍しているし、また限界突破獲得者が出るかもしれないな!」
「『虐殺の紅月』は、この同盟の希望だな!是非これからも仲良くして行きたいものだ!」
「もしかしたら、勇者なんて居なくても『虐殺の紅月』さえ居ればゲームがクリア出来るかもしれないわね!」
PK集団と恐れられていた『虐殺の紅月』の株が上がっていくほど、カインさんの価値は下がっていく……。
その現状を目の当たりにしたせいか、カインさんは顔を真っ赤にしてプルプル震えていた。
あの様子だと、いつ癇癪を起こしてもおかしくない。
「まあまあ、みんな一旦落ち着こうや。まだ報告は終わってへんからさ。それにこっから先は結構大事な話やから、お口チャックで頼むで?」
『勇者が癇癪を起こす前に』と止めに入ったファルコさんは、興奮状態のメンバーを宥める。
そのおかげで、最悪の事態は何とか回避出来た。
徐々にいつもの顔色へ戻っていくカインさんを他所に、ファルコさんはゆっくりと口を開く。
「ほんじゃ、三つ目……最後の報告や。これはワイらもイーストダンジョンを攻略した直後に知ったことなんやけどな、どうやら全ダンジョン攻略クエストには────制限時間があるらしいねん」




