第202話『オーバーラインポーション《アヤ side》』
「ほな、報告を始めるで〜。主な報告内容は三つや。まず、一つ目────イーストダンジョンのクリア報酬は“限界突破ポーション”やった」
そう言って、ファルコさんはテーブルの上に一本の小瓶を置いた。
透明な瓶の中には、七色に輝く綺麗な液体が入っている。
どこか神秘的に感じるソレは、見るからに普通のポーションじゃなかった。
「効果は名前の通りや。これを飲めば、強制的にレベルがマックスになり、条件を満たさなくても限界突破出来る。要するにこれを使えば、簡単に強くなれるっちゅー訳や。まあ、このポーションは一本しかないから、使用者は慎重に決めなあかんけどな」
ツンツンと指先で小瓶をつつくファルコさんは、『こんなんで強くなっても嬉しくないけどな』と大きな独り言を零す。
そんな彼の周りで、同盟メンバーはざわつき始めた。
「限界突破ポーションなんて、凄いじゃないか!」
「さすがはイーストダンジョンのクリア報酬!」
「これがあれば、レベル1の奴でも簡単に強くなれるぞ!」
「でも、問題は誰に飲ませるかだが……」
彼らは顔を見合わせると、『う〜ん〜』と唸り声を上げて黙り込む。
普段の彼らなら率先して『俺が飲みたい!』と名乗り出るところだが、これからの事をきちんと考えているのか、そんな自己中な発言はしない。
────まあ、極一名ほど後先考えずポーションを欲する方が居るが……。
「────何を迷う必要がある!その限界突破ポーションは勇者である俺が、飲むべきだろう!凡人のお前らが飲んでも、大して戦力にならないからなぁ!」
両腕を組み、偉そうにふんぞり返っている『サムヒーロー』のパーティーリーダー カインさんは当たり前のように小瓶へ手を伸ばした。
が、ファルコさんに叩き落とされる。
「まだお前が飲んでいいとは決まっとらん!同盟なんやから、きちんと周りの意見も聞け!それでも勇者か!?」
「はっ?鳥ごときが、この俺に意見するつもりか?ちょっとレベルが高いからって、調子に乗るなよ?」
「調子に乗ってんのは、どっちや!?勇者やからって、何でも許されると思うなよ!」
「はぁ……これだから、鳥類は……」
やれやれといった様子で頭を振り、カインさんは大袈裟に溜め息を零した。
「よく考えてみろ。このポーションを飲むとしたら、俺しか居ないだろ?だって、俺は勇者だぞ?魔王と対の存在である勇者の俺が、飲むのがベストに決まっているだろ」
カインさんはグッと親指で自分を指さし、『俺こそがそのポーションを飲むに相応しい人物だ』と力説する。
少々強引な気もするが、彼の言い分は決して間違ったものじゃなかった。
確かに結果が期待できないプレイヤーに飲ませるより、勇者のカインさんに飲んでもらった方が良いと思う。
でも……自分勝手で協調性のない彼に限界突破ポーションを託していいものなのか、分からない。
仮に限界突破したとして……彼の自尊心を増長させるだけじゃないのか?
今以上に調子に乗って、『俺が同盟のトップだ!』とか言い出さないだろうか?
「とりあえず、この話は後にしましょう。今は誰が限界突破ポーションを飲むかより、イーストダンジョン攻略の成果報告を聞く方が……」
「────うるさいぞ!ラミエルもどき!」
キッとこちらを睨みつけてくるカインさんに、私は一瞬体が強ばった。
さすがは勇者……まだ我々よりレベルが低いとはいえ、実力は本物みたいですね。
「私は『紅蓮の夜叉』の幹部を務めるアヤです。『ラミエルもどき』ではありません。それから、うるさいのは貴方の方です。これ以上会議の進行を邪魔するなら、退室してもらいま……」
「────だから、うるさいって言っているだろ!俺に指図するな!」
とてつもなく短気なカインさんは見事逆上し、護身用のナイフを私に投げつけてきた。
ヒュンッと風を切って近づいてくるナイフを前に、私は慌てて結界を展開しようとする。
────が、その必要はなかった。
何故なら、
「────アヤ、怪我はないか?」
我らが主ヘスティアさんが、投げつけられたナイフをキャッチしてくれから。
手に持ったナイフをポイッとそこら辺に捨て、彼女はこちらを見た。
『よし、怪我はなさそうだな』と満足げに微笑む彼女に、私は頭を下げる。
「ありがとうございます。そして、ヘスティアさんのお手を煩わせてしまい、大変申し訳ありません」
「はっはっはっ!気にするな!仲間の身を守るのも、私の役目だからな!それより────」
ヘスティアさんはそこで言葉を切ると、陽気な笑顔から一転……無名さんのような冷たい無表情になってしまった。
それにより、一瞬で彼女の……いや、この部屋の空気が変わる。
『これはかなり怒っているな……』と思案する中、ヘスティアさんは感情の窺えない無機質な瞳でカインさんを見つめた。
「────カイン、今回の件に関してはさすがに看過出来ないぞ。もう少し自重しろ」
「はっ?何で俺が怒られなきゃいけないんだ?俺はただ、うるさい奴を黙らせようとしただけなのに。大体、そいつが……いや、お前らが黙ってそのポーションを渡してくれれば、何もしなかった」
ヘスティアさんの纏う殺気に気づいていないのか、気づいた上でこんな態度を取っているのかは分からないが、カインさんは己の言動を改めようとしない。
自分が正しいと信じ込んで、自分勝手な言い分を振りかざした。
自分は勇者だから、貴重なアイテムを貰うのは当たり前とでも思っているんでしょうね。
自分の力で取ってきた物でもないのに……ここまでワガママだと、いっそ清々しいです。
やれやれと肩を竦める私の横で、ヘスティアさんはファルコさんの方へ視線を向ける。
そして、彼の手にある小瓶を数秒見つめると、大きく息を吐いた。
「……分かった。そこまで言うなら、限界突破ポーションはお前にやる。ただし、次のダンジョン攻略では最前線に立ってもらうぞ。勇者の力を見せてみろ」
「「「!?」」」
『ふざけるな』とカインさんの言い分を跳ね返すのかと思いきや……まさかの承諾ですか!?
ヘスティアさんは一体、何を考えて……!?
予想外とも言うべきヘスティアさんの行動に、私達攻略メンバーは目を剥く。
『正気か!?』と言いたくなるのを必死に抑えながら。
「へ、ヘスティアさん!差し出がましいことを言うようですが、彼に限界突破ポーションを渡すのは反対です!第一、これはヘスティアさんの一存で決められることではありません!同盟メンバーの皆さんからも賛同を得ら……」
「────俺はヘスティアの決定に賛成する」
『得られないと!』と続ける筈だった言葉を遮ったのは────今まで沈黙を守ってきた無名さんだった。
相変わらずのポーカーフェイスを保つ彼は、何を考えているのかさっぱり分からない。
何故、彼がこんな馬鹿げたことに賛成を……!?
この場の誰よりもカインさんを憎んでいる筈なのに……!
狙いは一体、何……!?




