第200話『生還』
なんか……頭の中が、ふわふわする。意識も凄く曖昧だ。
もしかして、私は────死んだんだろうか?
バハムートに蹴り飛ばされた直後は確かに息があった筈だけど……追加攻撃を受けたのかな?
もし、そうならここは死後の世界ということになるけど……。
今の状況について思考を巡らせる私は、ふと────仲間のことを考える。
私のことなんて、どうでもいい……だから、どうか皆が無事でありますように。
────と願った瞬間、私の意識は浮上した。
「ちょっと、シムナ〜!これって、どういうこと〜?何でラーちゃんが眠っている訳〜?まさか、敵の攻撃で倒れた訳じゃないよね〜?」
「……ダンジョンボスと戦った時、ラミエルが攻撃を受けて……それで……」
「はぁ〜!?有り得ないんだけど〜!?シムナが『僕が絶対、ラミエルを守ってみせる!』って言ったから、預けたのに〜!その結果がこれなの〜!?」
「……ごめん」
「『ごめん』で済む話じゃないでしょ〜。俺っち、これでも結構怒ってるんだけど〜」
あ、れ?何で徳正さんが……?というか、ここって……イーストダンジョンの中じゃない?
私の記憶が正しければ、ここはリユニオンタウンにある高級旅館だと思うけど……。
ぼんやりする視界の中、私は一先ず身を起こす。
と同時に、キョロキョロと辺りを見回した。
「ダンジョン攻略は一体、どうなって……?」
「「「!!」」」
ポツリと独り言を呟くと、仲間達は一斉にこちらを振り返った。
「ラーちゃん!!大丈夫!?痛いところとかない!?」
「え?えっと……大丈夫です。HPも満タンですし」
「の、ののののののの、喉乾いてませんか!?よ、良かったらお茶を淹れますよ!!」
「お気遣いありがとうございます。でも、今は大丈夫です」
『ダンジョンボスにいきなり蹴り飛ばされて、怖かっただろう。今はゆっくりしてるといい』
「いえ、もう全然平気なので気にしないでください。全く怖くなかったと言ったら嘘になりますが、トラウマレベルの恐怖心を抱いている訳ではないので」
私は徳正さん達を安心させるように、ニッコリと微笑んだ。
すると、少しだけ……本当に少しだけ、彼らの表情が和らぐ。
「ラーちゃんが無事で本当に良かったよ〜。シムナに抱き抱えられて帰ってきた時は、心臓が止まるかと思ったもん〜」
「ご心配をお掛けして、申し訳ありません」
「いやいや、謝らないで〜?仲間を心配するのは当然のことだし〜。それに────謝るべきなのはラーちゃんじゃなくて、シムナ達の方だし〜」
そう言って、徳正さんは申し訳なさそうに俯くシムナさんとヴィエラさんを睨みつけた。
さっきまでの優しい雰囲気は、微塵も残っていない。
「聞いたところ、ラーちゃんが窮地に陥ったのは一度や二度の話じゃないみたいだしね〜」
「「……」」
「二人なら大丈夫だと思って、ラーちゃんを託したのに……まさか、こんな結果になるなんてね〜。予想外も良いところだよ〜」
「ご、ごめん……」
「ラミエルちゃんを守り切れなかったのは、完全に私の落ち度よ……本当にごめんなさい」
素直に謝罪を口にする二人は、酷く落ち込んでいる様子だった。
これでもかというほど縮こまっている二人に、私は困惑する。
こういう時、なんて言えばいいんだろう?
『二人は悪くありません』って、馬鹿正直に言えばいいのかな?
それとも、何も言わずに沈黙するのがベスト?
────いや、違う。そうじゃない。私の今すべきことは多分……。
「シムナさん、ヴィエラさん」
怠い体に鞭を打ちゆっくり立ち上がると、私は二人の前まで行った。
が、二人とも俯いたままで……視線を合わせようとしない。
なので、シムナさんとヴィエラさんの頬に手を添えると、二人は弾かれたように顔を上げた。
「────私を守ってくれて、ありがとうございました」
二人の目をしっかり見て、私はお礼を口にした。
すると、二人は目を潤ませ────緊張の糸が切れたようにわんわん泣き始める。
「ごめん……!ごめんね、ラミエルー!何度も何度も危険な目に遭わせてー!」
「うぅ……!ごめんなさい、ラミエルちゃん!私がついていながら、こんなっ……!!ひっく」
「次は絶対に守るからーーーー!!もうラミエルに怖い思いなんて、させないからーーーー!!」
二人とも顔をグチャグチャにしながら、私にしがみつく。
「私達、もっと強くなるから……!ラミエルちゃんを守れるように!」
「だから、見捨てないでーーーー!」
「見捨てませんよ。シムナさんとヴィエラさんは、私の大切な仲間ですから。それに────」
そこで一度言葉を切ると、私は密着していた体を少しだけ離し、二人の顔を見る。
「────シムナさんとヴィエラさんが頑張って守ってくれたから、私は今ここに居るんです。お二人が守ってくれなかったら、私はバハムートに殺されていたでしょう。だから、今は『無事に帰って来れた』という事実だけで充分です」
そう言って二人の頬を撫でると、涙の勢いが更に増した。
彼らは何か言おうと口を開くが、言葉を発する前に嗚咽が漏れ出てしまう。
そんな二人を穏やかな目で見つめ、私はチラッと後ろを振り返った。
すると、そこには不満げに口先を尖らせる忍者が。
「何か言いたげな表情をしていますね」
「だって、ラーちゃんが甘過ぎるんだも〜ん。ちょっとくらい、怒ってもいいんだよ〜?」
「怒る理由がありませんから」
「いやいや、怒る理由なんて沢山あるでしょ〜。大体、ラーちゃんは自分のことに無頓着すぎるんだよ〜」
ムッとしたように顔を顰める徳正さんに、私は柔らかく微笑んだ。
「私は怒りませんよ。だって────徳正さんが私の分まで、怒ってくれましたから」
「!?」
「私のために怒ってくれてありがとうございます、徳正さん」
素直にお礼を口にすれば、徳正さんは僅かに目を見開き────『はぁ……』と深い溜め息をつく。
「……ラーちゃんって、本当狡いよね〜。そんなこと言われたら、俺っちはもう何も言えないよ〜」
徳正さんは呆れにも似た苦笑を漏らし、私の方へ手を伸ばす。
そして、いつものように抱き上げると、大泣きするシムナさんやヴィエラさんを放置して歩き出した。
「とりあえず、ラーちゃんはまだ病み上がりだから寝てようね〜。あんまり無理はしないで〜。俺っちの心臓が持たないから〜」
そう言って、徳正さんは布団の上に私を下ろす。
おまけに、布団まで掛けてくれた。
「俺っちがずっと傍に居るから、安心して寝ていいよ。おやすみ、ラーちゃん」
『夢の中で会おうね』なんて言いながら、徳正さんは私の目元をそっと覆う。
あ、れ……?なんだか、急に眠たくなって……さっきまで普通だったのに。
自分でも気づかない内に疲れを溜め込んでいたのか、私は直ぐに眠りについた。




