第1話『PK』
────それから、一ヶ月後。
私はある有名なプレイヤーがリーダーを務めるパーティーに勧誘され、そこで毎日────PKを行っていた。
PKとはPlayer Killの略で、その名の通りプレイヤーを倒すことを指す。
PKは害悪行為としてプレイヤーに広まっているが、FROでは禁止されていない。
自由を尊ぶのが、運営の方針だから。
まあ、それでもPKを進んでやるプレイヤーは少ないけどね。
プレイヤーは当然人間。PKされれば怒るに決まっている。
なので、面倒事の種となりうる行為は皆、極力控えていた。
だが、今私の所属しているパーティー────『虐殺の紅月』は違う。
PKを専門とするパーティーで、周囲からは『害悪』と蔑まれていた。
でも、ここまで有名になったのにはもう一つ理由があって……それはズバリ、パーティーメンバーだ。
私も合わせて七人しか居ない『虐殺の紅月』だが、皆とにかく個性が強い。おまけに実力もある。
正直、大型ギルドやパーティーに居てもおかしくない。
特にリーダーは、底が見えないほどの力を有している。
なので、勧誘された当初は驚いた……というか、ビビったものだ。
まあ、さすがに『入らなかったらPK』などと脅されることはなかったが。
でも、リーダーが気に入ったプレイヤーしか入れないあの『虐殺の紅月』に入ることになるとは思わなかった。
そして、現在────私は『虐殺の紅月』のメンバーである徳正さんと一緒にイーストダンジョンの出口付近で、ダンジョン帰りのプレイヤーを待ち伏せしていた。
洞窟が見える茂みに身を隠しながら。
「いやぁ、なかなか出てこないね〜。暇だし、ラミエルのおパンツ見せ……」
「ません!ほら、洞窟をしっかり見ててください」
「はいはい〜。相変わらず、ラーちゃんはつれないなぁ〜」
緩い口調でセクハラしてくる彼こそ、『虐殺の紅月』のメンバーであり、私の教育係でもある徳正さん。
全身を真っ黒な布で包み込み、草履を履いた彼はまさに忍者。
鼻から下を布で覆い隠すほどの徹底ぶり。
そのため目元しか見えず、瞳がセレンディバイトを彷彿とさせる黒目ってことしか分からない。
そして、言うまでもなく彼の職業は暗殺者だ。
戦闘を苦手とする私を気遣って、自ら護衛兼教育係を申し出てくれた面倒見の良い人である。
まあ、場を和ませるジョークなのか分からないが、下ネタを連発されて時々困るけど……。
それさえなければ、尊敬出来る凄い人だ。
腕は確かだし、私がピンチになった時は直ぐに助けてくれるし……。
おかげで『虐殺の紅月』に加入してから、神殿送りになったことは一度もない。
毎日のように神殿送りに遭っていた、あの頃が嘘のようだ。
「おっ?出てきたみたいだね〜。人数は五人か〜。ま、ラーちゃんと俺っちなら行けるでしょ〜。俺っち達のナイスコンビネーションを見せる時だね、ラーちゃん〜」
「そうですね。頑張りましょう。ということで、行ってきてください。後ろから、サポートしますので」
「はいはい〜。相変わらず、ラーちゃんは冷たいなぁ〜。もう少し、乗ってくれても良かったのに〜。ま、良いや〜。行ってきま〜す」
ゆらりと立ち上がった徳正さんは、茂みから出ていった。
かと思えば、ダンジョン帰りの五人の元へフラフラとした足取りで近づいていく。
念のため言っておくが、徳正さんは体調不良でもなければ、酔っている訳でもない。
自分の中にあるスイッチを入れるために、わざとフラついるだけだ。
今回もまた私の出番はないんだろうなぁ……。
だって────徳正さんに勝てるプレイヤーなんて、そうそう居ないから。
「ねぇねぇ、君達〜」
「?……なんですか?ていうか、あんた誰?」
突然話し掛けてきた怪しい男に、五人は訝しむような視線を向ける。
最近は『虐殺の紅月』を真似て、PKするプレイヤーが増えてきたため、警戒しているのだろう。
基本的にパーティーメンバーやフレンド以外は、信用しない。それが今のFRO内の常識だ。
『ゲームの世界なのに物騒だよね』と苦笑いする中、相手プレイヤーの一人がウエストポーチから帰還玉を取り出す。
帰還玉とは、ビー玉くらいの大きさの玉で壊すと近くの街に転移するアイテムだ。
種類は小、中、大と三つあり、『小』が一人用、『中』が一人から五人用、『大』が一人から十人用になっている。
ちなみに今、彼が握っているのは『中』の帰還玉だ。
帰還玉を使う判断は正しいけど、今回は相手が悪い。出し惜しみなどせず、すぐに帰還玉を使うべきだった。
まあ、それでも────徳正さんのスピードには、敵わないかもしれないけど。
「まあまあ、そう警戒しないでよ〜。俺っちはただ道を聞きた……」
「!────こいつ、『虐殺の紅月』の徳正だ!ネットの掲示板で、“自分のことを『俺っち』呼びする忍者には気をつけろ。そいつは『虐殺の紅月』の徳正だから”って書いてあった!」
「なっ……!?今すぐ、帰還玉を使え!!」
あらら……徳正さんの口調と外見で、正体がバレちゃったか。
まあ、この人はPK歴も長いし、仕方ないか。
小さく肩を竦める私の目の前で、帰還玉を手にした少年は慌ててソレを地面に叩きつけようとする。
が、彼の手から離れた帰還玉が────地面に着くことはなかった。
「遅い遅い〜。そんなんじゃ、俺っちからは逃れられないよ〜?」
たった数秒……いや、一秒もしない間に彼らとの距離を詰めた徳正さんは手に持った帰還玉を見せつける。
オレンジ色のソレは、陽の光を受けてキラリと輝いた。
「な、なっ……!?は、早す……ぎ!?」
「ぐはっ……!!」
「うあっ……!?」
「かはっ……!!」
「ぐふっ……!!」
目にも止まらぬ速さで少年五人を日本刀で斬り捨て、徳正さんはスッと目を細めた。
────影の疾走者。
それが徳正さんの二つ名である。
恐らく、スピードだけなら彼の横に並ぶ者は居ないだろう。
だって、FRO内No.1プレイヤーの有力候補として名を馳せるくらいだから。
「お掃除完了、っと〜。よし、今日のところはこのくらいにしとこっか〜?ラーちゃん、もう眠たいでしょ〜?」
ここ最近ずっと一緒にゲームをしているせいか、徳正さんは完全に私の生活リズムを把握している。
なので、いつも時間に気を配ってくれていた。
本当に凄くいい人なんだよ、徳正さんって。
だからこそ、惜しいと思ってしまう……。
「あっ、そうだ!ラーちゃん、寝る前におパンツ見せ……」
「ません!」
このセクハラ発言さえなければ、完璧なのに……本当に残念な人だ。
『えー……ラーちゃんのけちぃ〜』と愚痴をこぼす徳正さんを無視し、私はゲーム内ディスプレイを開いた。
そして、画面の右上にある◎ボタンを……って、あれ?◎ボタンがない。
◎ボタンはゲームのログアウトを行うための装置。
これがないと、ゲーム世界から出ることは出来ない。
ちょっ……えっ!?何でないの!?
バグか何か!?運営に問い合わせたら、対応してくれるかな!?
ポチポチと画面をいじる私に、徳正さんは首を傾げる。
他人のゲーム内ディスプレイを見ることは出来ないから、何が起こっているのか分からないだろう。
「ラーちゃん、どうしたの〜?もしかして、アイテムの確認?心配しなくても、分配と交換は明日や……」
「ち、違うんです!ログアウトボタンがなくて、ログアウト出来ないんです!だから、今運営に問い合わせをしていて……」
「────えっ?ログアウト出来ない?」
普段はマイペースに、お気楽に、冷静に振る舞っている徳正さんが珍しく動揺を露わにした。